第19話 強敵、シンギュラリティ・ガーディアンズ

「よし、準備はいい?」


 ナナミの声に、俺は深く息を吸った。オデッセイ・タワーでの激闘から一夜明け、俺たちは再び『サイバー・オデッセイ』に挑もうとしていた。だが、メンバーの顔ぶれが揃っていない。キョーコとマユが新しい隠れ家を探しに出たまま戻ってこず、カズマとサクラが手分けして探しに行っている。


「ああ、いつでもいけるぜ」


 そう答えながらも、正直、不安がないわけじゃない。みんなの行方が気になるし、前回の経験は、まるで悪夢のようだった。でも、そこで見た光景、両親の姿、そして『プロジェクト・オーバーサイト』の情報。それらを確かめるためにも、もう一度潜る必要があるんだ。


「リョータ、本当に二人だけで大丈夫?」


 ナナミが心配そうに俺を見つめる。


「ああ、大丈夫だって。それより、カズマたちの方が心配だぜ」


「そうね……でも、今は私たちにできることをしないと」


 ナナミの決意に満ちた瞳を見て、俺は思わず微笑んでしまう。


「リョータ、なんで笑ってるの?」


 俺の表情を見て、ナナミが眉をひそめる。


「いや、別に……」


「こんな時に気が抜けてるなんて、さすがリョータね」


「はぁ!?誰が気抜いてるって!みんなのことなんか一瞬も忘れちゃいねぇよ!」


 俺の顔が熱くなるのを感じる。クソ、ナナミのやつ。


「もう、喧嘩してる場合じゃないでしょ!」


 ナナミが自分で言い出しておいて、俺を静止する。


「今は作戦に集中しましょう。みんなのことも気になるけど、まずはこの作戦を成功させないと」


 俺とナナミの視線がモニターに集まる。


「じゃあ、作戦の確認をするわね」


 ナナミが口を開く。


「今回の目的は、シンギュラリティ・ガーディアンズの正体を探ること。前回のデータ解析で、彼らがゲーム内に潜んでいることが分かったわ」


「シンギュラリティ・ガーディアンズ……か」


 俺は呟く。ZNSの最精鋭部隊。奴らの存在が、このゲームの本当の目的を物語っているのかもしれない。そして、もしかしたらキョーコたちの失踪とも関係があるかもしれない。


「リョータ、今回はあんまり無茶しないでよ」


 ナナミが厳しい口調で言う。


「分かってるって。今回は慎重にいくさ。みんなも、きっと俺たちの活躍を期待してるはずだしな」


「ふーん、リョータが慎重?それって、カブトムシが空を飛ぶようなもんじゃない?」


 ナナミが冗談めかして言う。


「うるせぇな!俺だって状況は分かってるよ」


 二人の笑い声が部屋に響く。この空気が、妙に心地よい。でも同時に、他のメンバーがいない寂しさも感じる。


「よし、じゃあ行くぞ!」


 俺がAR/VRヘッドセットを装着すると、ナナミも同じように準備を始める。


「気をつけてね。みんなが戻ってくるまでに、何か手がかりを見つけないと」


 ナナミの声を合図に、俺たちの意識が『サイバー・オデッセイ』の世界へと飛び込んでいく。


 目を開けると、そこは前回と同じ、広大なデータの海だった。


「うわっ、やっぱりリアルだな」


 俺が自分の手を見つめながら言う。


「ゲームっていうより、もはや別世界って感じね」


 ナナミも感心したように周りを見回している。


 その時、突然、警告音が鳴り響いた。


「なっ……何だ!?」


 俺たちの周りのデータが激しく波打ち、そこから幾つもの影が現れ始める。


「来たわ!」


 ナナミが叫ぶ。


「シンギュラリティ・ガーディアンズよ!」


 銀色に輝くボディ、人間とも機械ともつかない姿。冷たい眼光が俺たちを捉える。


「くそっ、いきなりかよ!」


 俺が身構える。


「リョータ、気をつけて!」


 ナナミが叫ぶ。


「奴らは只者じゃない!」


 シンギュラリティ・ガーディアンズが一斉に動き出す。その動きは、まるで将棋の名人が次の十手先まで読んでいるかのよう。


「うわっ!」


 ナナミが放った攻撃が、いとも簡単に回避される。


「ナナミ!」


 俺は咄嗟にナナミをかばおうとするが、シンギュラリティ・ガーディアンズの攻撃は予想外の方向から飛んでくる。


「くっ!」


 かろうじて避けられたものの、デジタルの風圧で体が大きく揺らぐ。


「リョータ、大丈夫!?」


 ナナミの声が聞こえる。


「ああ、なんとか……」


 立て直そうとした瞬間、背後から新たな攻撃が襲いかかる。


「危ない!」


 ナナミの警告で、俺は咄嗟に身を捻る。光線が髪をかすめていく。


「くそっ、こいつら手強すぎるぜ……!」


 歯を食いしばりながら、俺は周囲を見回す。シンギュラリティ・ガーディアンズが、まるで猫が鼠を弄ぶように俺たちを取り囲んでいる。


「リョータ、こいつら……学習してる!」


ナナミの声に焦りが混じる。


「私たちの動きを分析して、どんどん効率的な攻撃パターンを生み出してるわ!」


「マジかよ……」


 俺は冷や汗を感じる。このままじゃ、ジリ貧だ。


「何か策はないのか?」


「ちょっと待って……」


 ナナミが目を閉じ、集中している。


「データを解析中……そうよ!リョータ、こいつらの動きには微妙な遅延があるわ。0.3秒くらいかな」


「0.3秒?それで何ができる?」


「それを利用するのよ!」


 ナナミの声が力強くなる。


「リョータ、私の指示通りに動いて!」


「分かった!信じるぜ、ナナミ!」


 俺たちは背中合わせの態勢を取る。シンギュラリティ・ガーディアンズが、さらに近づいてくる。


「今よ、リョータ!右に3歩、それから左に跳んで!」


 ナナミの指示に従って動く。すると、ガーディアンズの攻撃が空を切る。


「よしっ!」


「油断しないで!次は前方に走って、3秒後にしゃがんで!」


 俺は言われた通りに動く。ガーディアンズの攻撃が、また空を切る。


「すげぇ!ナナミ、お前天才か!?」


「そんな褒めても何も出ないわよ!」


 ナナミが少し照れた声で返す。


「とにかく、このパターンを続けましょう!」


 俺たちは、ナナミの指示に従って動き回る。少しずつだが、確実にガーディアンズを翻弄し始めている。


「よし、これならいける!」


 自信が湧いてきた矢先、突然、耳障りな音が鳴り響く。


「な……なに!?」


 シンギュラリティ・ガーディアンズの体が、まるで溶けるように変形し始める。


「リョータ、こいつら……融合してる!」


 ナナミの声に、俺は目を見開く。複数のガーディアンズが一つになり、巨大な人型の姿を形作っていく。


「冗談だろ……」


 俺の声が震える。融合したガーディアンズは、もはや巨人と呼べるほどの大きさだ。


「リョータ、この存在……ヤバいわ」


 ナナミの声に緊張が走る。


「データ量が桁違い。もはや、一つの独立したAIと言っていいレベルよ」


「……どういうことだ?」


「簡単に言えば」


 ナナミが深呼吸をする。


「私たちの動きを予測するのに、0.3秒どころか、もっと先まで読めるってこと」


「くそっ……」


 俺は拳を握りしめる。ここまで来て、諦めるわけにはいかない。


「ナナミ、まだ何か手はないのか?」


「ごめん、リョータ……今のところ、有効な対策が思いつかない」


 絶望的な状況の中、巨大化したガーディアンズが、ゆっくりと手を上げる。


「やばい、来るぞ!」


 俺は反射的にナナミを抱きかかえ、その場から跳び退く。直後、巨大な拳が地面を打ち付ける。衝撃波が広がり、周囲のデータが大きく歪む。


「うわっ!」


 バランスを崩し、俺とナナミは転がるように着地する。


「痛っ……大丈夫か、ナナミ?」


「あ、ありがとう……なんとか」


 立ち上がろうとした瞬間、俺の目に異変が映る。


「あれは……」


 巨大化したガーディアンズの胸元に、小さな光る点が見える。


「ナナミ、あれ見えるか?胸のところの……」


「ええ、見える……あれは、コアかもしれない」


「じゃあ、あそこを狙えば……!」


 話し終わる前に、再び巨大な拳が襲いかかる。


「くそっ!」


 何度も攻撃をかわすが、徐々に追い詰められていく。体力も限界に近づいている。


「リョータ、このままじゃマズいわ。撤退しましょう!」


「でも、あのコアさえ……!」


「無理よ!今の私たちじゃ届かない!」


 ナナミの言葉に、歯がゆさを感じながらも、俺は頷く。


「分かった……撤退だ!」


 二人で全力疾走を始める。しかし、巨大化したガーディアンズの動きも速い。


「このままじゃ追いつかれる...!」


 その時、突然、背後から強烈な光が放たれる。


「なっ……!?」


 振り返ると、巨大化したガーディアンズが、まるで内側から崩れるように形を歪ませている。


「何が起きてるんだ……?」


「分からない……でも、これはチャンスよ!」


 ナナミの声に、俺は我に返る。


「そうだな……行くぞ!」


 全力で駆け抜け、ようやく安全な場所まで逃げ切ることができた。


「はぁ……はぁ……なんとか、逃げられたな」


「ええ……でも、あの最後の瞬間、一体何が……」


 ナナミの言葉が途切れる。俺も同じことを考えていた。あの光、そして巨大化したガーディアンズの崩壊。あれは偶然なのか、それとも予想もつかないことが起きているのか。


「ねぇ、リョータ」


 ナナミの声が真剣味を帯びる。


「あの瞬間、私、見たの。データの流れの中に……」


「何を見たんだ?」


「マユとキョーコの痕跡よ」


 俺の目が大きく見開く。


「マジか!?じゃあ、あの二人が……」


「まだ断言はできないわ。でも、可能性はある」


 ナナミが頷く。


「二人も、このゲームの中にいるかもしれない」


 俺は拳を握りしめる。仲間たちの姿が、頭の中に浮かぶ。


「よし、分かった。次は必ず……」


 その言葉が、次の冒険への決意となった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る