第18話 華麗なるハッキングバトル

 俺の意識が『サイバー・オデッセイ』の世界に完全に引き込まれた瞬間、現実世界との接続が切れたことを直感的に悟った。まるで全身の細胞が一斉にピリピリとした感覚。これは間違いなく、俺の中の【サイバーシンクロ】が警告を発しているんだ。


「おいおい、マジかよ……」


 目の前に広がるのは、まるで無限に続く巨大なデータの海。青や緑、赤といった様々な色のデータの流れが、まるで銀河のように広がっている。俺はその中心にいて、まるで宇宙遊泳をしているかのような感覚だった。


 現実世界のことが気になる。カズマは今頃、焦りまくってるんだろうな。ナナミは冷静に状況を分析してるはず。二人に心配かけちまって申し訳ない。でも、今は前を向くしかない。


「よし、やるしかないか」


 俺は意を決して、目の前のデータの流れに手を伸ばした。その瞬間、まるで電流が体中を駆け巡るような感覚。これが、【サイバーシンクロ】の本当の力なのか?


「うおおおっ!」


 俺の意識が、データの海に溶け込んでいく。そして次の瞬間、俺の目の前に巨大な要塞のような構造物が現れた。オデッセイ・タワーだ。


「なるほど、ここがこの世界の中枢か……」


 タワーの周囲には、無数のファイアウォールが幾重にも張り巡らされている。普通のハッカーなら、ここを突破するのに何日もかかるだろう。


 だが、俺には特別な力がある。


「さあて、ショータイムだ」


 俺は両手を広げ、意識を集中させる。すると、周囲のデータの流れが俺の意志に呼応するように動き始めた。


 突然、耳元でノイズが鳴り、そこからナナミの声が聞こえてきた。


「リョータ!聞こえる?私よ、ナナミ!」


 俺は驚いて周りを見回す。声の主は見当たらない。


「なんとかゲームのオーディオチャンネルに細工して、一方通行の通信リンクを確立できた。リョータの声は聞こえないけど、こっちからの情報は届けられるわ」


 なるほど、さすがナナミだ。俺は安堵のため息をつく。


「リョータ、気をつけて!」


 ナナミの声が緊急性を帯びて響く。


「タワーの防御システムが起動したわ!」


 その言葉通り、タワーから無数の赤いデータの矢が俺に向かって飛んでくる。


「くそっ!」


 俺は素早く身をかわし、同時にデータの流れを操作して盾を作り出す。赤い矢が盾に当たって消滅していく。


「へへっ、こんなもんか?」


 俺は得意げに呟くが、ナナミには聞こえていないはずだ。少し寂しい気もするが、今は目の前の戦いに集中しなければ。


 少し余裕が出てきた俺は、反撃に出る。指先から青い光線を放ち、ファイアウォールに向けて撃ち込む。


「どりゃあああっ!」


 ファイアウォールに穴が開き、その隙間から俺は滑り込む。だが、そこにはさらなる防御システムが待ち構えていた。


「こりゃ、面白くなってきたな」


 俺は薄く笑みを浮かべる。この感覚、まるでゲームをしているようで、でも同時に命がけの戦いをしているような、不思議な高揚感がある。


 現実世界では、カズマが俺の体を必死で守ってくれてるはずだ。そう思うと、なんだか心強い。


「カズマ、ありがとうな」


 心の中でつぶやく。


 その時、タワーの中心から強力な電磁パルスのようなものが放たれた。


「うわっ!」


 俺の作り出した防御がみるみる崩れていく。


「リョータ!」


 ナナミの焦った声。


「あのパルス、ZNSの中枢技術そのものよ!気をつけて!」


「りょ、了解!」


 俺は思わず声に出して返事をするが、ナナミには届いていないことを思い出し、歯噛みする。


 俺は必死で踏ん張る。だが、このままではジリ貧だ。何か、突破口はないか。


 そのとき、俺の脳裏に閃きが走った。


「そうか……これって、ゲームなんだ」


 俺は口角を上げる。ゲームには必ずルールがある。そして、ルールがあるということは、それを利用する方法もあるはずだ。


「よーし、いくぜ!」


 俺は意識を集中し、周囲のデータの流れを読み取っていく。そこには、このゲーム世界を構成するコードの断片が見えた。


「これだ!」


 俺は素早く指を動かし、コードの一部を書き換える。すると、驚くべきことが起こった。タワーから放たれていたパルスが、まるでスローモーションのように遅くなったのだ。


「やったぜ!」


 俺は勢いに乗って、さらにコードを書き換えていく。タワーの防御システムが次々と機能を停止していく。


「す、すごいわ、リョータ!」


 ナナミが驚きの声を上げる。


「あなた、ゲームのコードそのものを書き換えてる!」


「へへっ、こんなもんさ」


 俺は少し得意げに返すが、やはりナナミには聞こえていない。もどかしさを感じつつも、内心では自分の力に驚いていた。【サイバーシンクロ】が、ここまで進化していたなんて。


「よっしゃ!」


 最後の防御を突破し、俺はついにオデッセイ・タワーの中枢へと到達した。そこには、巨大なデータコアが浮かんでいる。


「ここか……ZNSの秘密が眠ってる場所は」


 俺は深く息を吸い、覚悟を決めてデータコアに手を伸ばした。


 その瞬間、世界が激しく揺れ動き、眩い光に包まれる。


「うおおおっ!」


 俺の意識が、さらに深いレベルへと引き込まれていく。ナナミの声が遠ざかっていくのを感じる。


「リョータ!リョー……」


 そして俺は気づいた。これは単なるゲームじゃない。ここには、もっと重大な何かが隠されている。


 俺たちの戦いは、まだ始まったばかりだった。


 眩い光に包まれた後、俺の意識は新たな空間へと到達した。ここは、オデッセイ・タワーの最深部……いや、もしかしたらZNSの中枢そのものかもしれない。


 周囲を見回すと、無数の光の糸が絡み合い、まるで巨大な脳神経のような構造を形作っている。その中心には、鼓動を打つように明滅する巨大なデータの塊がある。


「これが……ZNSの核心か」


 俺は息を呑む。ここには人類の全ての情報が集約されているのかもしれない。その規模と複雑さに、一瞬たじろいでしまう。


「リョータ!」


 突如、ナナミの声が響く。


「やっと繋がったわ。今どこにいるの?」


「ナナミか」


 心の中で安堵する。


「説明するのは難しいけど……ここはZNSの中枢みたいだ」


 もちろん、この言葉はナナミには届かない。俺は歯噛みしながら、何とか状況を伝える方法はないかと考える。


 その時、不意に周囲のデータが激しく波打ち始めた。


「なっ……!?」


 俺の目の前に、一つの映像が浮かび上がる。そこには、俺の両親の姿があった。


「父さん!?母さん!?」


 思わず声を上げる。両親は何かを必死に語りかけているように見える。だが、音声はない。唇の動きを必死に読み取ろうとするが、うまくいかない。


「クソッ……何を言ってるんだ?」


 焦りと苛立ちで、俺は映像に手を伸ばす。するとその瞬間、膨大な情報が俺の意識に流れ込んできた。


「うっ……ぐあああっ!」


 頭が割れるような痛みと共に、断片的なイメージが次々と浮かんでは消えていく。


 研究所……ZNS開発の極秘資料……オムニサイエンス……そして、両親の最期の瞬間。


「これは……両親の記憶!?」


 痛みをこらえながら、俺は必死でそれらの情報を把握しようとする。そこには、ZNSの真の目的と、両親がなぜ命を狙われたのかという真実が隠されているはずだ。


「リョータ!大丈夫!?」


 ナナミの声が聞こえる。


「バイタルサインが急激に乱れてるわ!」


 ナナミの声が遠のいていく。意識が朦朧としてくる中、最後の力を振り絞って情報を掴み取ろうとする。


「父さん……母さん……俺に何を伝えようとしてるんだ……?」


 その時、一つの画像が鮮明に浮かび上がった。それは、プロジェクト・オーバーサイトのロゴマークだった。


「これは……!」


 その瞬間、強烈な電撃が俺を襲う。


「ぐあああああっ!」


 意識が急速に現実世界へと引き戻されていく。最後の最後で、俺は必死に叫ぶ。


「ナナミ!『プロジェクト・オーバーサイト』のデータだ!絶対に解析を諦めるな!」


 光が消え、暗闇が訪れる。そして、俺の意識は完全に途切れた。


 …


 …


 …


「……ョータ!リョータ!しっかりしろ!」


 目を開けると、カズマの必死の形相が目に飛び込んできた。


「カ、カズマ……?」


「よかった……意識戻ったか」カズマはホッとため息をつく。


 俺はゆっくりと上体を起こす。見覚えのある部屋。そうか、ひとまずたどり着いた隠れ場所だ。


「何が……あったんだ?」


「お前がゲームに飲み込まれた後、突然激しい痙攣を始めてな」


カズマが説明する。


「必死でお前からVRヘッドセットを引き離そうとしたんだが、全然ダメでな……」


「そうか……」


俺は頭を抱える。


「どのくらい経った?」


「丸一日だ」


「えっ!?」


 驚いて周りを見回すと、疲れ切った顔のナナミとサクラの姿が目に入った。


「みんな……ごめん、心配かけて」


「良かった……本当に良かったわ」


サクラが安堵の表情を浮かべる。


 ナナミが一歩前に出る。


「リョータ、最後に『プロジェクト・オーバーサイトのデータ』って叫んでたわね。何か新しい情報を得たの?」


 その言葉で、俺の中で記憶が蘇る。


「ああ……両親の記憶の中に、『プロジェクト・オーバーサイト』のロゴマークが出てきたんだ。きっと、あのデータの中に重要な情報があるはずだ」


「そう……」


ナナミが真剣な表情で頷く。


「もちろん、あのデータの解析を続けてるわ。でも、予想以上に強力なプロテクトがかかってて……」


「そうか……」


 俺は歯噛みする。


「でも、絶対に諦めるな。あのデータこそが、ZNSの真の目的を明らかにする鍵なんだ」


「分かったわ」


 ナナミが決意を新たにする。


「新しい隠れ家に移動したら、本格的に解析に取り掛かるわ」


「ありがとう」


 俺は感謝の言葉を述べる。


「で、キョーコさんとマユは?新しい隠れ家は見つかったのか?」


 部屋の空気が一瞬、凍りついたように感じた。


「あー、それが……」


カズマが渋い顔で切り出す。


「二人とも、まだ戻ってこないんだ。予定の時間を大幅に過ぎてるのに……」


「何だって!?」


俺は跳ね起きようとするが、激しいめまいに襲われる。


「落ち着けって」


カズマが俺を押さえつける。


「俺たちが手分けして探す。必ず見つけ出す」


 俺は歯を食いしばる。せっかく重要な情報を手に入れたというのに、今度はキョーコとマユが……!


「くそっ……」


 俺は拳を握りしめる。


「二人を絶対に見つけ出す。そして、『プロジェクト・オーバーサイト』のデータを解析して、ZNSの真実も、両親の仇も……全て暴いてやる!」


 部屋の中に、決意と緊張が満ちる。俺たちの戦いは、新たな局面に突入しようとしていた。


 そして、俺は気づいていなかった。あの電脳空間で見た光景の中に、キョーコとマユの姿もあったことに……

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