第17話 デジタル世界への没入

 オデッセイ・タワーの周辺を慎重に探索し始めてから、どれくらいの時間が経っただろうか。あまり時間は経っていないと思うのだが、時間感覚が曖昧になってきている気がする。


「リョータ、大丈夫か?」


 カズマの声が聞こえてきた。


「もう3時間経ってるぞ。そろそろ休憩しろ」


「え?」


 思わず声が出た。


「3時間?たった15分くらいしか経ってない気がしたのに……」


 ナナミが割り込んできた。


「これはゲームの仕様かもしれないわ。プレイヤーの時間感覚を意図的に狂わせている可能性がある」


 その言葉を聞いて、俺は改めて周囲を見回した。確かに、街並みの様子が微妙に変化している。最初は単なるネオン輝く未来都市だと思っていたが、よく見ると建物の形状が不自然に歪んでいたり、空の色が刻一刻と変化していたりする。


「みんな、このゲーム世界、ただものじゃないぞ」


 俺は仲間たちに警告した。


「現実よりもはるかに……幻想的というか、超現実的な空間になってきてる。たぶんログインしてからの時間経過で少しずつ変化させているんだと思う」


 そう言いながら歩を進めると、突如として足元の地面が波打ち始めた。驚いて飛び退いたその瞬間、目の前の建物が花びらのように開いていく。中から現れたのは、光の筋で織り成された巨大な蝶。その羽の模様は、まるで銀河のように煌めいている。


「なんだ……これは……」


 言葉を失いかけた時、蝶は俺に向かって飛んできた。反射的に身を屈めたが、蝶は俺の体をすり抜け、背後へと消えていった。


 振り返ると、そこには新たな道が開かれていた。道の先には、オデッセイ・タワーへの入り口らしきものが見える。


「みんな、タワーへの道を見つけたかもしれない」


 俺は興奮気味に報告した。


 しかし、返事はない。


「おい、聞こえてるか?カズマ?ナナミ?」


 静寂。俺の声だけが、この幻想的な空間に虚しく響く。


 焦りが込み上げてきた。現実世界で何かあったのか?まさか、サクラの身に何かあったんじゃ?いや、そうだとしたらカズマかナナミが教えてくれるはずだ。


 判断に迷う俺は、AR/VRヘッドセットを外そうとした。しかし、手を上げても何も触れない。まるで、ヘッドセットそのものが消えてしまったかのようだ。


「そんな、まさか……」


 不安が増幅する中、カズマの声が聞こえてきた。だが、それは俺に向けられたものではなかった。


「ナナミ、リョータの反応がおかしい。声をかけても返事がないし、体の動きも不自然だ」


「わかったわ。ゲームのログを確認してみるわね」


 ナナミの声。


 彼らには俺の声が届いていないのか。俺は必死に叫んだ。


「おい!俺の声が聞こえないのか!?」


 しかし、返事はない。現実世界の自分の体は、もう俺の制御下にないようだ。


 その時、オデッセイ・タワーの扉がゆっくりと開き始めた。その向こうには、まばゆい光と深い闇が渦巻いている。


 一歩を踏み出すべきか、それとも別の道を模索するべきか。


「リョータの脳波パターンが急激に変化している!」


 ナナミの焦った声が聞こえる。


「これは一般的なゲームプレイではありえない反応よ!」


「くそっ、ヘッドセットを外してやる!」


 カズマが叫ぶ。


 その瞬間、背後から低い唸り声が聞こえてきた。振り返ると、先ほどの蝶とは打って変わって、禍々しい雰囲気を纏った巨大な影が迫っていた。


 選択の余地はなくなった。俺は迷わず、オデッセイ・タワーの中へと飛び込んだ。


「ダメだ!ヘッドセットが外れない!」


 カズマの必死の叫び声。


「まさか、リョータの意識がゲームに完全に取り込まれてるっていうの?……こんなことありえない!」


 ナナミの声には、明らかな動揺が含まれていた。


 扉が閉まっていく。俺はもう後戻りできない。


「すまない、みんな」


 心の中でつぶやいた。


「俺は、行くしかないんだ」


 完全に扉が閉じる直前、最後にカズマの声が聞こえた。


「リョータ!気をつけろ!必ず助けに行くからな!」


 扉の向こう側で何が待っているのか。仲間たちとの連絡は復活するのか。そして、このゲームの真の目的とは。


 答えを求めて、俺は光と闇の渦の中へと歩み出た。現実世界に戻る術を失った俺に、もう躊躇いはなかった。

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