第16話 謎のVRゲーム

 夜の街を必死に走り抜けた俺たちは、ようやく人目につかない場所にたどり着いた。廃ビルの地下。埃っぽい空気が、俺たちの荒い息遣いを包み込む。


「ここなら……しばらくは……大丈夫だろう」


 カズマが息を切らしながら言った。


 俺は無言で頷き、意識を失ったサクラを優しく床に寝かせた。彼女の顔には疲労の色が濃く出ているが、呼吸は安定している。キョーコを救うために【バイオシンセンス】を酷使した影響だ。


「サクラは大丈夫よ」


 マユが安堵の表情を浮かべる。


「ただ、能力の反動で深い眠りについているだけ。いずれ目を覚ますわ」


「よかった……」


 俺は少し肩の力を抜いた。


 「でも、今のままじゃまずいな。次の手を考えないと」


 ナナミが口を開いた。


「私たちの基地は襲撃されたわ。バベル・アカデミーも安全とは言えない。今は誰も信用できない」


 重苦しい沈黙が降りた。俺たちの選択肢は、どんどん狭まっているようだった。


 その時、カズマが突然立ち上がった。


「おい、みんな。こんなの見つけたぞ」


 彼は、自身の神経に直接接続された小型端末を操作し、ホログラム画面を展開した。そこに映し出されたのは、派手な色彩の広告だった。


「なになに……今すぐダウンロード!超話題のVRゲーム『サイバー・オデッセイ』……これがどうしたっていうんだ?」


俺は眉をひそめた。


「今はゲームをしている場合じゃないだろ」


 カズマは不敵な笑みを浮かべた。


「このゲーム、ZNSの開発チームが作ったっていう触れ込みだ。しかも、ゲームプロデューサーがリリースんときの会見で、『プロジェクト・オーバーサイト』の一環としてって発言したログがある。表向きは、このゲームを皮切りに複数のゲームを公開するってことにしちゃいるが、今んとこ続報らしい続報はない」


「『プロジェクト・オーバーサイト』?」


 俺は息を呑んだ。


「あの暗号化された謎のプロジェクトか?」


 ナナミが補足した。


「そう、暗号化のプロテクトが解除できていないからまだ詳細はわからないけど、『オムニサイエンス』の情報とともにあったことから、ZNSの次世代システムに関係していると思われるわ。このゲームがその一部だとすれば……」


「何か重要な情報が隠されているかもしれない」


 マユが言葉を続けた。


 俺は考え込んだ。


「ZNSの核心に迫れる可能性はあるな。もしかしたら、俺たちの追跡を振り切るヒントが見つかるかもしれない」


 カズマが頷いた。


「ああ、そうだ。それに、ゲームのコードを詳しく解析すれば、『プロジェクト・オーバーサイト』の目的についても何か見つかる可能性だってある」


俺は決意を固めた。


「よし、このゲームを調査してみよう。『オムニサイエンス』の狙いを知るチャンスかもしれない」


 しかし、ナナミが警告した。


「でも、気をつけて。このゲームがZNSの一環だとすれば、プレイヤーの行動や思考パターンを分析されている可能性もあるわ。私たちの正体がバレないよう、慎重に行動しないと」


「そうだな」


俺は頷いた。


「それに、今はまだ全員でゲームに没頭するわけにはいかない。まだ追跡されている可能性があるし、サクラの状態も気がかりだ」


 マユが提案した。


「そうね。役割分担をしましょう。リョータ、あなたがゲームに潜入して情報収集をしてみて。私とキョーコさん、ナナミで新しい安全な隠れ家を探すわ。カズマは、サクラとリョータの護衛を担当して」


 俺は頷いた。


「ありがとう。あ、そうだ。ナナミ、隠れ家が見つかったあとでいいんだけど、ゲームのコードも解析できる?」


 ナナミは自信ありげに答えた。


「もちろん。新しい隠れ家を探しながら、ゲームのデータを分析するわ。ゲームっていう成果物があるからね。リバースエンジニアリングで『プロジェクト・オーバーサイト』やZNSに関する手がかりを見つけられるはず」


「よし、じゃあそうしよう」


 俺は周りを見回した。


「みんな、気をつけろよ。定期的に連絡を取り合おう」


 カズマが頷いた。


「了解だ。リョータ、お前が没入しすぎないよう見張っておく。何か異常があったらすぐに引き抜くからな」


 全員が同意したのを確認し、俺は自前の簡易的なAR/VRヘッドセットを手に取った。これから始まる冒険が、俺たちをどこへ導くのか。その先には、ZNSの真実が待っているのか、それとも新たな謎が潜んでいるのか。


 深呼吸をして、俺はヘッドセットを被り、ダウンロードしたゲームを起動した。目の前に広がったのは、ネオンに彩られた未来都市の風景。まるで本物のテクノ東京のようだった。


 街を歩き始めると、NPCたちが自然に話しかけてくる。その会話の自然さに、俺は現実世界との境界線を見失いそうになった。


「おい、リョータ!気をつけろ!」


 俺の挙動がおかしかったのだろう。カズマの声が聞こえる。


「ゲームに没入しすぎるなよ!」


「ああ、わかってる」と返事をしたが、その声はどこか遠くに感じられた。


 街角を曲がると、突如として風景が一変する。目の前に現れたのは、巨大な浮遊する城だった。その城壁には、『オデッセイ・タワー』という文字が輝いていた。


「なんだあれは……」


 俺は思わず呟いた。周囲のネオン街とは明らかに異質な、威圧的な存在感を放っている。


 ゲーム内のマップを確認すると、オデッセイ・タワーはこの仮想都市の中心に位置しているようだ。他のプレイヤーらしきアバターたちが、タワーの周りを興味深そうに歩き回っている。だが、誰もオデッセイ・タワーに入っていくそぶりは見せない。


「カズマ、ナナミ」


 俺は現実世界の仲間たちに呼びかけた。


「ゲーム内に『オデッセイ・タワー』っていう他とは雰囲気の違う建物があるんだ。何かわかるか?」


 ナナミの声が返ってきた。


「ゲームの公式情報によると、タワーは『プレイヤーの最終目的地』らしいわ。でも、具体的に何があるかは書かれていないわね」


「そうか……」


 俺は考え込んだ。最終目的地か。となると、ゲームの核心に関わる場所である可能性は高い。


 慎重に周囲を観察しながら、俺はタワーに少しずつ近づいていった。他のプレイヤーたちの行動も注意深く見ている。誰かが特別な動きをしていないか、タワーに入るための手がかりはないか。


 タワーの入り口らしき場所まであと数メートルというところで、突然激しい頭痛に襲われた。


「ぐっ!」


「リョータ!大丈夫か?」


 カズマの声が聞こえる。


「ああ……なんとか」


 痛みは去ったが、不吉な予感が胸に広がった。このゲームの中には、想像以上の何かが潜んでいるのかもしれない。


「みんな」


 俺は声を上げた。


「このオデッセイ・タワーってやつ、ただものじゃなさそうだ。ゲームの重要な要素が隠されている可能性が高い。でも、近づくだけで頭痛がする。何か防御システムでもあるのかもしれない」


 ナナミが返答した。


「了解よ、リョータ。私もゲームのコードを解析しているけど、タワーに関する部分は特に強力な暗号化がされているわ。これは間違いなく、ゲームの中で最も重要な場所ね」


 俺は深く息を吐いた。


「まずはタワーの周りをもっと調査してみる。直接突入するのは危険すぎるからな。他のプレイヤーの動きも観察して、何か手がかりを見つけ出すぞ」


 オデッセイ・タワーを見上げながら、俺は決意を新たにした。このタワーの謎を解くことが、ZNSの正体を暴き、俺たちの反撃の糸口になるかもしれない。そして何より、両親の死の真相にも繋がる可能性がある。


「行くぞ」


 俺は呟いた。


「慎重に、でも諦めずに真実に迫るんだ」


 そう言って、俺は未知なる冒険の探索を始めた。同時に、仲間たちも現実世界で新たな安全地帯を求めて動き出す。俺たちの運命は、この瞬間から大きく動き始めたのだ。

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