第12話 潜入!ZNS管理病院(前編)

 夜の帳が降りたテクノ東京の街並みを、俺は見下ろしていた。高層ビルの屋上に立ち、風に吹かれながら、深呼吸を繰り返す。目の前に広がる光の海。ネオンサインや無数のホログラム広告が織りなす幻想的な風景。その中に、ひときわ大きな建物が浮かび上がっている。今夜の目的地、ZNS管理下の中央病院だ。心臓が高鳴る。これが本当に正しい選択なのか、一瞬の迷いが頭をよぎった。


「準備はいい?」


 耳元で響いたマユの声に、俺は小さく頷いた。


「ああ、いつでも行ける」


 口では自信ありげに答えたが、内心では不安が渦巻いている。


 通信機を通じて聞こえてくる仲間たちの息遣い。カズマ、ナナミ、サクラ。全員が緊張しているのが伝わってくる。これが俺たちにとって初めての本格的なミッションだった。俺は自分が皆を危険に晒しているのではないかという罪悪感と、この作戦の成功への期待が心の中で綱引きをしているのを感じた。


 目を閉じ、もう一度作戦を頭の中で確認する。目的は病院の最深部にある機密サーバールームへの侵入と、そこに保管されているZNSの極秘データの奪取。そのために、まず病院のセキュリティシステムを無力化する必要がある。簡単な作戦じゃない。でも、ここで引き返すわけにはいかない。両親の真実のために、そして仲間たちのために。


「みんな、位置の最終確認を」


 マユの声が響く。


「カズマ、病院裏手の非常口前。準備OK」


「ナナミ、病院から500メートル地点の移動式ハッキングポイントに到着」


「サクラ、正面玄関前。患者に扮装完了」


 全員の準備が整った。俺は目を開け、夜風を全身に浴びる。緊張で手が少し震えているのを感じる。


「じゃあ、行くぞ」


 自分の声が少し掠れているのに気づいたが、今さら躊躇うわけにはいかない。


 屋上の端に歩み寄り、そしてためらうことなく飛び降りた。自由落下の感覚が全身を包む。風を切る音だけが耳に届く。恐怖と興奮が入り混じった感情が胸を締め付ける。そして、約10階分の高さまで落下したところで、右手首のデバイスを操作した。


 瞬間、背中から展開されたグライダーが風をとらえ、俺の落下速度を緩めた。病院の屋上を目指して滑空を始める。高所恐怖症じゃなくてよかった、と内心で冗談を言って自分を励ました。


「リョータ、気をつけて。10時の方向からパトロールドローンが接近中よ」


 ナナミの声が聞こえる。


 俺は素早く左にバンクし、ドローンの視界から逃れた。心臓が喉元まで出そうになる。病院の屋上まであと100メートル。


「ナナミ、頼む。セキュリティシステムを」


 声に緊張が滲んでいるのを自覚しつつ、仲間に頼った。


「任せて……30秒だけ時間をちょうだい」


 息を潜めながら、ゆっくりと病院屋上に近づいていく。あと50メートル、30メートル、時間が異常に遅く感じられる。


「やったわ!セキュリティシステム、30秒間の停止に成功」


 ナナミの声とともに、病院の屋上に設置された監視カメラが一斉に下を向いた。俺はその瞬間を逃さず、屋上へと着地する。足がわずかに震えているのを感じた。


「潜入成功。屋上制圧完了」


 小声で報告した。心の中では安堵と次の段階への緊張が入り混じっていた。


 急いで屋上のドアに近づき、電子ロックを解除しようとした。しかし、予想外の事態が起きる。


「リョータ、ダメ!」


 ナナミの悲鳴のような声が響く。


「そのドア、新しいタイプのバイオメトリクスロックよ!」


 俺の指がドアのパネルに触れた瞬間、けたたましいアラーム音が病院全体に鳴り響いた。


「くそっ」


 思わず呟いた。計画が早くも狂い始めている。冷や汗が背中を伝う。


 病院内部から急ぐ足音が聞こえてくる。咄嗟にドアの陰に身を隠した。心臓の鼓動が耳に響く。


「みんな、計画変更だ」


 冷静さを取り戻そうと深呼吸をする。頭の中は混乱していたが、仲間のために冷静を装わなければならない。


「カズマ、裏口からの突入を急いでくれ。サクラ、そのまま正面でおとりを。マユ、全体の状況を把握して」


「了解」


 全員から返事が返ってくる。仲間の声に少し勇気づけられる。


 目を閉じ、自身の特殊能力【サイバーシンクロ】に意識を集中させた。病院のネットワークに直接アクセスし、内部の状況を把握しようとする。


 意識が電子の海に飛び込んでいく感覚。データの流れが鮮明に見えてくる。


「これは……」


 思わず声を上げそうになった。驚きと恐怖が全身を駆け巡る。


 病院のネットワーク内に、想像を超える複雑な防御システムが張り巡らされているのが見えた。それは単なるファイアウォールだけではない。まるで生きているかのように、俺の侵入を察知し、対応しようとしている。これは普通の病院のシステムじゃない。何か、もっと大きなものが隠されている。


「みんな、状況が変わった」


 急いで仲間たちに伝える。声が少し震えているのを感じる。


「この病院、ただの病院じゃない。内部に、俺たちの想像を超えるものが隠されている」


 その時、屋上のドアが開く音がした。俺は身構える。全身の筋肉が緊張で硬くなる。


 ドアの向こうから現れたのは、全身を白いスーツで覆った人影だった。その姿は、明らかに普通の警備員のものではない。直感が警告を発している。


 人影はゆっくりと俺の方を向いた。そして、かすかに歪んだ声で言った。


「お待ちしていました、砂羽叢さわむら リョータさん」


 背筋に冷たいものが走る。どうして俺の名前を?恐怖と混乱が頭の中を駆け巡る。


 人影が右手を上げると、その掌から青白い光が放たれた。視界が真っ白に染まる。


 そして、意識が闇に沈んでいく中、俺は考えた。俺たちは、想像以上に大きな何かに足を踏み入れてしまったのかもしれない、と。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る