第11話 初めての作戦会議

 バベル・アカデミーの作戦会議室。俺たちクラッカーズ5人が、大きな円卓を囲んでいる。壁一面に投影されたZNS中枢施設の3Dホログラムが、青白い光を放ち、その光が俺たちの表情を幻想的に照らしていた。


 俺は深呼吸をして、仲間たちの顔を見回した。マユの真剣な眼差し、カズマの自信に満ちた表情、サクラの穏やかな佇まい、そしてナナミの少し緊張した様子。この5人で、本当にZNSに立ち向かえるのだろうか。不安と期待が入り混じる中、俺の心臓が少し早く鼓動を打ち始めるのを感じた。


 会議室の空気が、俺たちの緊張感で満ちている。壁に掛けられた大きな時計の秒針の音が、異様に大きく聞こえる。俺は喉の渇きを感じ、テーブルの上に置かれた水差しから、グラスに水を注いだ。冷たい水が喉を通り、少し落ち着きを取り戻す。


 マユが立ち上がり、ホログラムを操作しながら説明を始めた。彼女の指先が空中で踊るように動く度に、ホログラムが変化していく。その姿は、まるで未来を織りなす織姫のようだ。


「まず、施設の概要よ」


 マユの声が、静かな会議室に響く。


「地上10階、地下5階の巨大建造物。セキュリティは5段階に分かれていて、最も厳重なのが地下5階よ」


 俺は思わず口を挟んだ。


「地下5階か...きっとそこに、俺たちが探してるものがあるんだろうな」


 両親の遺した情報、そして『プロジェクト・オーバーサイト』の謎。それらの答えが、その深層に眠っているはずだ。


 マユが頷く。


「ええ、おそらくね。でも、そこまで一気に潜入するのは難しいわ。段階的に進む必要があるわ」


 彼女の声には、冷静さの中にも微かな緊張が混ざっている。


 カズマが身を乗り出してきた。彼の椅子がキィと音を立て、全員の注目を集める。


「俺に任せろよ。警備員を演じて内部に潜入する。ナノマシンで変装だって簡単さ」


 彼の目が、挑戦への期待で輝いている。


 その提案に、俺は目を見開いた。確かにカズマの能力なら可能かもしれない。だが、リスクも高い。俺の脳裏に、失敗した時の最悪のシナリオが浮かび、背筋が少し冷たくなる。


 サクラが静かに意見を述べる。彼女の声は、まるで穏やかな春の風のようだ。


「ですが、カズマさん。長時間のナノマシン制御は危険です。体内の構造を変えるならともかく、外見を変えるなんて体に負担がかかりすぎますわ」


 彼女の眉間に、心配の色が浮かんでいる。


 ナナミが小さな声で付け加えた。彼女の声は、ほとんど囁くようだ。


「それに……ZNSの生体認証をバイパスするのは、わたくしの能力でも難しいかも」


 彼女の指先が、無意識のうちにタブレットの縁をなぞっている。


 俺は考え込んだ。机の上に置かれた作戦資料を見つめながら、頭の中で様々な可能性を巡らせる。確かに正面からの潜入は危険すぎる。他の方法はないだろうか。俺の目が、ホログラムの中のある一点に釘付けになる。


「なぁ、みんな」


 俺は思いついたアイデアを口にした。心臓の鼓動が、少し速くなるのを感じる。


「正面突破じゃなくて、裏口を作るのはどうだろう?」


 全員の視線が俺に集まる。その視線の重みを感じながら、俺は喉をクリアした。


「具体的には?」


 マユが興味深そうに尋ねた。彼女の目に、期待の光が宿る。


 俺はホログラムを操作しながら説明を始めた。指先が震えないように、意識的に力を込める。


「ここ、地下1階の配管システム。これはネットワークに繋がっている。たぶん、問題が起こったら遠隔で確認できるようにするためだと思う。これを利用して、ナナミさんの【テクノパス】で施設のネットワークに潜り込む。そして内部からセキュリティを少しずつ解除していくんだ」


 説明しながら、俺の中でもアイデアがどんどん具体化していく。頭の中で、作戦の成功シーンが鮮明に浮かび上がる。


 ナナミの目が輝いた。彼女の表情が、不安から希望に変わっていくのが見て取れる。


「そ、それなら……できそうですわ」


 彼女の声に、少し自信が混ざり始めた。


 マユが頷く。


「なるほど。リョータくんのサイバーシンクロと組み合わせれば、さらに効果的ね」


 彼女の頭の中で、既に次の手が組み立てられているのが分かる。


 カズマが肩をすくめた。彼の表情に、少し落胆の色が見える。


「俺はただ突っ立ってりゃいいのか?」


 サクラが優しく微笑んだ。彼女の笑顔は、まるでチームに太陽の光をもたらすかのようだ。


「いいえ、カズマさんにも仕事があるわ。もし何かあったときの緊急脱出路を確保するの。あなたの能力なら、壁だって突破できるでしょう?」


 カズマの顔が明るくなる。その表情の変化に、俺は内心でほっとした。


「任せとけって!」


 彼の声に、再び自信が満ちている。


 マユが再びホログラムを操作した。彼女の動きに合わせて、光の粒子が宙を舞う。


「じゃあ、こんな感じかしら。第一段階:ナナミとリョータくんによる内部ネットワークへの侵入。第二段階:サクラによる生体認証システムのかく乱。第三段階:カズマくんとリョータくんによる物理的侵入。そして最後に、私が全体の調整と不測の事態への対応を行う」


 俺は感心して頷いた。見事に各自の能力を活かした計画だ。チームの絆を感じ、胸が熱くなる。


「あとは細かい時間配分と」


 マユが言いかけたその時だった。


 突然、部屋の照明が明滅し、ホログラム画面がちらついた。一瞬の暗闇に、俺たちの息が止まる。


「なっ……何だ!?」


 俺が驚いて叫ぶ。心臓が喉元まで飛び出しそうだ。


 ナナミが慌てて端末を操作し始める。彼女の指が、まるでピアニストのように素早く動く。


「ちょっと待って……これは……」


 彼女の声に、焦りの色が混じる。


 俺たちの視線が、彼女に集中する。息をひそめて、ナナミの報告を待つ。ナナミの表情が徐々に曇っていく様子に、俺は不安を覚える。


「どうやら、ZNS中枢施設のセキュリティシステムが、つい先ほど大幅にアップグレードされたみたい……」


 ナナミの声が、静まり返った部屋に響く。


 マユが眉をひそめる。その表情に、俺たち全員の緊張が映し出されている。


「どの程度?」


 ナナミが画面を全員に見せながら説明を始める。


「従来のファイアウォールが強化されただけじゃなくて、新たな人工知能による監視システムが導入されたみたい。これじゃ、私たちが計画したような静かな侵入は難しくなるわ……」


 カズマが肩を落とす。その大きな体が、急に小さく見える。


「マジかよ……せっかく完璧な計画を立てたのに」


 彼の声に、落胆の色が濃い。


 サクラが静かに付け加えた。彼女の声が、緊張した空気を少し和らげる。


「きっと偶然よ。わたくしたちの計画を知られたわけじゃないはず」


 俺は深く息を吐き出した。確かに、俺たちの正体がバレたわけじゃない。でも、これは予想外の障害だ。せっかく立てた完璧な計画が、まだ実行する前から修正を迫られることになるなんて。俺の中で、焦りと冷静さが交錯する。


 しかし、この予期せぬ事態こそが、俺たちクラッカーズの真価が問われる瞬間なのかもしれない。そう思った瞬間、俺の中に決意が湧き上がる。俺は拳を握りしめ、仲間たちに向かって声を上げた。


「大丈夫だ、みんな。これくらいの障害、乗り越えられないはずがない。むしろ、こういう想定外の事態にどう対応できるかが、俺たちの本当の力を示すチャンスだ」


 俺の声が、自分でも驚くほど力強く響く。


 マユが頷いて続けた。彼女の目に、決意の光が宿る。


「そうね。計画を少し修正する必要があるけど、基本的な戦略は変えなくていいはず。ナナミ、その新しいAIの特性を分析できる?」


 ナナミが少し自信なさげに答える。彼女の声は小さいが、しっかりしている。


「や、やってみるわ。でも、時間がかかるかも……」


「大丈夫、焦る必要はないよ」


 俺は彼女を励ました。ナナミの肩に軽く手を置く。その温もりが、チームの絆を思い出させる。


「俺たちには時間がある。慎重に、でも諦めずに突破口を見つけよう」


 5人の目が、決意の光を宿して輝いた。初めての作戦会議は、思わぬ方向に転がり始めていたが、それでも俺たちの意志は揺るがない。俺は、この瞬間をしっかりと心に刻み込んだ。


 カズマが軽く肩をすくめながら言った。彼の声に、いつもの余裕が戻っている。


「まあ、簡単すぎたら面白くないしな。ちょっとしたハードル越えくらい、お茶の子さいさいってとこだろ?」


 サクラが優しく微笑んだ。その笑顔に、俺たち全員が救われる思いがした。


「そうね。みんなで力を合わせれば、きっと乗り越えられるわ」


 俺は仲間たちの顔を見回した。予想外の障害に直面しても、誰一人諦める様子はない。むしろ、挑戦への意欲が高まっているように見えた。俺の中に、これなら大丈夫だという確信が芽生える。


「よし、じゃあもう一度、最初から計画を見直そう」


 俺は声をかけた。テーブルに身を乗り出し、決意を新たにする。


「今度は、このセキュリティアップグレードも考慮に入れてな」


 こうして、俺たちの作戦会議は第二ラウンドに突入した。最初の障害を乗り越え、より強固な計画を立てるため、クラッカーズの頭脳戦が始まったのだ。部屋の空気が、緊張から期待へと変わっていくのを、俺ははっきりと感じ取ることができた。

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