第10話 クラッカーズ、結成

 俺は深呼吸をして、バベル・アカデミーの特殊訓練室のドアに手をかけた。ここ数日間、他の4人の特殊能力者たちと共に、この部屋で多くの時間を過ごしてきた。ドアを開ける前、一瞬躊躇した。


 両親の死、ZNSの真の目的、そして俺自身の特殊な能力【サイバーシンクロ】。これらすべてが、俺をこの場所へと導いた。でも、本当にこれで良いのだろうか?他の4人を巻き込んで良いのだろうか?


 首を振り、そんな思いを振り払った。今は迷っている場合じゃない。決意を新たに、ドアを開けた。


 訓練室の中では、既に他のメンバーたちが準備を始めていた。


 阿佐蔵マユは、瞑想でもしているかのように目を閉じ、静かに座っていた。彼女の特殊能力【クォンタムビジョン】は、集中力を要するものだと聞いている。


 黎嵜カズマは、ストレッチをしながら体を温めていた。【ナノマシンシフト】を最大限に活用するには、肉体も万全の状態でなければならないんだろう。


 水鳥河ナナミは、複数のホログラムスクリーンを操作しながら、何やら複雑なプログラムを走らせていた。【テクノパス】の能力を磨くため、常に最新のシステムと対話を続けているのかもしれない。


 華座間サクラは、小さな植物を手のひらで育てていた。【バイオシンセンス】の能力を、破壊だけでなく治療や創造にも使えることを、彼女は常に意識しているようだった。


「おはよう、みんな」


 俺が声をかけると、全員が俺の方を向いた。


「おはよう、リョータくん」


 マユが立ち上がり、微笑みかけてくれた。


「今日も頑張りましょう」


 カズマが軽くウインクした。


「今日こそ、完璧な連携プレーを見せてやるぜ」


 ナナミは少し戸惑ったように頷いただけだったが、サクラが優しく声をかけた。


「ナナミさん、今日も頼りにしてますわね」


 皆の様子を見て、俺は心の中で微笑んだ。最初は互いに警戒し合っていた俺たちが、こうして少しずつ打ち解けていく。それは、俺にとって大きな希望だった。


「よし、じゃあ今日のトレーニングを始めよう」


 俺が声をかけると、全員が真剣な表情になった。


 俺たちは円陣を組み、今日の訓練内容を確認し合う。目標は、ZNS管理下の施設への潜入と情報収集のシミュレーション。各自の能力を最大限に活用し、チームとして機能することが求められる。


「じゃあ、いつもの準備運動から始めよう」


 俺の声に合わせ、5人で軽いストレッチを始めた。体を動かしながら、互いの調子を確認し合う。


「マユさん、昨日の予知能力の精度はどうだった?」


「うん、少しずつだけど、より鮮明に未来が見えるようになってきたわ」


「カズマ、ナノマシンの制御は?」


「完璧さ!今日はもっとすごいところを見せてやるよ」


「ナナミさん、システムとの対話は順調?」

「え、ええ……まあ、なんとか」


「サクラさん、バイオエネルギーの扱いは?」


「少しずつだけど、コントロールできるようになってきたわ」


 準備運動を終えると、いよいよ本格的なトレーニングが始まった。


 最初は個人の能力強化から。俺は【サイバーシンクロ】を使い、訓練室のシステムに潜入。そこでナナミと連携し、より高度なハッキングを試みた。


 個人トレーニングを1時間ほど続けた後、いよいよチーム連携の訓練が始まった。


「昨日はうまくいかなかった部分だ。今日は、昨日の反省点を生かしてやってみよう」


 俺の声に、全員が頷いた。ここ数日間、互いの能力を理解し、連携を深めるためのトレーニングを重ねてきた成果が、今ここで試されようとしていた。


 マユが一歩前に出て、静かに目を閉じる。彼女の特殊能力【クォンタムビジョン】が発動する瞬間、俺には彼女の周りに微かな空気の揺らぎが見えた気がした。


 数秒の沈黙の後、マユの目が開いた。その瞳に宿る凛とした光に、俺は未来を見通す者の威厳を感じた。


「30秒後、天井の通風口から警備ドローンが3機侵入。45秒後、メインドアがロックダウン」


 マユの声は冷静だったが、俺はその中に潜む緊迫感を感じ取った。


 そして、マユは即座に指示を出し始めた。


「カズマくんには、ドローンの迎撃を任せる。サクラ、ドアの確保に向かって。ナナミ、システムへの侵入経路をお願い」


 俺は、マユの的確な指示に感心した。それぞれのメンバーの能力を最大限に活かす指示は、まさにリーダーにふさわしいものだった。


「リョータくん、あなたはメインシステムへの直接アクセスを。私がバックアップする」


 マユからの指示に、俺は頷いて応えた。【サイバーシンクロ】の準備を始めながら、チームの動きを観察する。


 カズマが【ナノマシンシフト】を発動し、体を超人的に強化する様子が目に入った。彼が天井に向かってジャンプし、まるでアクロバットのように宙を舞いながらドローンを無力化していく姿に、俺は思わず見とれそうになった。


 一方で、サクラが【バイオシンセンス】により、ドアの生体認証をパス。ネットワーク的に独立したコントロールルームへの入り口を確保する。その入り口からコントロールルームに入ったナナミが目を閉じ、【テクノパス】を使っているのが分かった。


「お願い、私たちが入る道を作ってほしいの」


 ナナミの囁きが聞こえ、すぐさまコントロールルームのネットワーク切断が解除される音が響いた。俺は彼女の能力の凄さを改めて実感した。


 いよいよ俺の番だ。深呼吸し、【サイバーシンクロ】を発動させた。瞬間、意識はデジタル空間へと飛び込んだ。複雑に入り組んだデータの海の中を、自在に泳ぎ始める。


「右に曲がって。そこのファイアウォール、3秒後に隙が生まれる」


 マユの声が、まるでデジタル空間の中に直接響いてくるかのように聞こえた。言われた通りに動き、確かに3秒後に現れた隙をすり抜けてファイアウォールを突破した。


「ここだ!」


 中枢システムを発見し、シャットダウンのコマンドを入力した。現実世界に意識が戻ると同時に、訓練室の全システムが停止するのを確認する。


 想定時間を10秒以上短縮しての成功に、俺は思わず声を上げていた。チームメンバー全員が歓声を上げ、ハイタッチを交わす様子を見て、胸が熱くなるのを感じた。つい数日前まで初対面だった俺たちが、今や息の合ったチームとなっている。


 マユが満足げに微笑むのを見て、俺は彼女のリーダーシップに改めて感謝の念を抱いた。


「君たち、本当にすごいよ」


 鷲見谷わしみや キョーコの声が響く。バベル・アカデミーのリーダーである彼女が、満足気な表情で近づいてきた。


「これだけの連携プレーができるようになるなんて。期待以上の成果ね」


 俺たちは誇らしげな表情を浮かべる。しかし、キョーコの次の言葉で、全員の表情が引き締まった。


「さて、そろそろ本物の仕事に取り掛かってもらおうかしら」


 彼女はホログラム画面を立ち上げ、複雑な図面を表示させた。


「これは、ZNS中枢施設の設計図よ。そして、君たちのファーストミッションは――」


 俺たちは息を呑む。キョーコの口から告げられたミッションの内容は、俺たちの想像をはるかに超えるものだった。


「待ってくれ、それって……」


 俺の言葉が宙に浮く。脳裏に、両親の死と、つい先日知った『プロジェクト・オーバーサイト』のことが蘇る。そして、今告げられたミッションが、それらと深く関わっていることを直感的に悟った。


 キョーコは俺の動揺を見逃さなかった。


「そう、リョータ君。これは単なる任務じゃない。君たちの、そして人類の運命を左右するミッションになるわ」


 俺たち5人は、互いの顔を見合わせた。みんなの目には、不安と決意が入り混じっているのが見えた。


「さあ、クラッカーズ。準備はいい?」


 キョーコの問いかけに、俺は深く息を吐き出した。そして、仲間たちに向かって頷きかける。


「行こう、みんな。俺たちにしかできない仕事がある」


 こうして、世界の命運を左右することになる若き反逆者たちの物語が、本格的に動き出そうとしていた。俺には、この瞬間が長く記憶に残ることになるだろうと確信があった。

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