第4話 未来を見通す瞳

◇◇◇ マユ視点


 私の目の前で、世界が万華鏡のように歪み始めた。


【クォンタムビジョン】―― この力が目覚めてから、もう何年経っただろう。未来の可能性を垣間見るこの能力は、私にとって祝福でもあり、呪いでもあった。


 目の前にいる少年、砂羽叢さわむらリョータ。彼の未来が、私の脳裏に鮮明に浮かび上がる。


 まず見えたのは、リョータが巨大なホログラムスクリーンを操作している姿だった。その指先から、無数のデータが飛び出し、空間を埋め尽くしていく。彼の目は真剣そのもので、その集中力は尋常ではなかった。


 次の瞬間、景色が変わる。荒廃した街並み。崩壊寸前のビル群。その中を、リョータが必死に走っている。彼の背後には、無数のドローンと黒服の男たちが追いかけてくる。恐怖と決意が入り混じった表情が、はっきりと見て取れた。


 そして、最後の光景。リョータは巨大な球体のようなものの前に立っていた。それは何らかのコアのようだった。リョータの手には、何かのデバイスが握られている。その瞬間、彼の表情に迷いが浮かぶ。


 今まで何度も見せられたこれらの映像が、まるで高速で再生される映画のように私の脳裏を駆け抜けていく。そして、私は一つの確信に辿り着いた。


 リョータの未来には、人類の運命を左右するような重大な岐路がある。


 私は深く息を吐き出し、現実世界に意識を戻した。目の前には、困惑したような表情でこちらを見つめるリョータがいた。


「マユさん? 大丈夫?」


 彼の声に、私は小さく頷いた。


「ええ、大丈夫よ」


 リョータの顔色が優れないのに気づき、私は彼の腕を取った。


「まずは、あなたの怪我の治療をしましょう。ここなら安全よ」


 電脳クラブの奥にある小さな個室に彼を案内した。そこには簡易的な医療キットが用意されていた。


「電脳クラブの医務室?」


「バベル・アカデミーの隠れ家の一つよ。電脳クラブの中でも特に政府の監視の届かない場所なの」


 リョータの傷に医療用テープを貼りながら、私は静かに話し始めた。


「リョータくん、あなたには特別な力がある。そして、その力が必要とされる時が来るわ」


 リョータは眉をひそめた。


「特別な力? 僕に? 冗談、だよね?」


 私はリョータの目をまっすぐ見つめた。


「冗談なんかじゃないわ。あなたの未来には、とても重要な選択が待っている。その選択が、私たちの世界の運命を決めることになるの」


「それって……どういう意味……?」


 リョータの声が震えているのが分かった。彼の中に、恐れと好奇心が入り混じっているのが感じ取れる。


 私は慎重に言葉を選んだ。


「今は全てを話す時間はないわ。でも、一つだけ覚えておいて。あなたの選択が、私たちの未来を変えるの」


 見える限りの傷の治療を終え、リョータの具合を確認する。幸い、大きな怪我ではなかった。


「ありがとう、マユさん。でも、指名手配されている僕には、何もできない気がするよ」


 私は力なく笑う彼の肩に手を置いた。


「そんなことないわ。あなたの中には、大きな可能性が眠っているの。その力を、正しく使う時が来るわ」


 リョータは黙ったまま、私の言葉を受け止めていた。その表情には、まだ戸惑いが見えたが、同時に何かを決意したような強さも感じられた。


「僕に……何ができるんだろう」


 彼のつぶやきに、私は優しく微笑んだ。


「それは、これから一緒に見つけていくのよ。まずは、ここでしばらく休んで。そして、あなたの力に目覚める準備をしましょう」


 クラブの喧騒が壁越しに聞こえる中、私はリョータを簡易寝台に寝かせる。リョータの呼吸が落ち着き、寝息に変わるのを感じながら、私は彼の未来に思いを馳せた。


 この少年が、世界の運命を左右する。その重大な選択の時が、確実に近づいている。私たちの冒険は、ここから始まるのだ。

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