Track06 「屋台料理を味わわせてくれ」
(人混み。喧騒。軽快な祭り囃子が鳴る)
幽霊、主人公の隣でキョロキョロしながら。
「……おお。夜だというのにこんなにも人がたくさん、この狭いところに。これがお祭りというやつか」
「花火? このあともうしばらくしたら、かい? へぇ、それはなんとも豪勢だね。うん、とても楽しそうだ」
幽霊、声を小さくして呟く。
「しかし、結局今日一日、色々私なりにがんばってはみたけれど、まさか少しも成果が出ないとはね……何か、間違っているのかな……」
「ん? ああごめんね。なんでもないよ。しかしまさか、私がいた病院の近くでこんなお祭りが行われていたとはね」
「ほら、あっちの方だろ? 私とキミが出会った廃病院って。……昨日、キミと出会うまでは想像すらしなかったよ。私が、こんな喧騒のただ中にいるだなんて」
「ああ、心配しなくても私はキミの側から離れないよ。なにせ私は、キミに取り憑く幽霊なんだから」
主人公、雑踏のなかを歩いてゆく。
幽霊、キョロキョロと屋台を見て。
「焼きそば、ベビーカステラ、煮イカ、フライドポテト、チョコバナナ、りんご飴、唐揚げに……ケバブ? ふうむ。耳慣れない料理の名もあるね」
「どれが食べてみたい……? 私のために、キミが何か買ってくれるのかい? なんだか申し訳ないな……もし、キミが苦手なものをおねだりしてしまったらと思うと……え? 好き嫌いもアレルギーもない? そう、か。それならばいいんだ」
「じゃあそうだな……やっぱりあれかな。あれ。ケバブ。まったくの未知の料理だ。とても興味が惹かれる」
主人公、ケバブの屋台へ行く。
主人公が注文し、支払いをする横で幽霊、においをかぐようにすぅっと息を吸う仕草。
「ん~~~。良い香りだ。香辛料の複雑かつ刺激的な香り……この世界にはこんなにもおいしそうなものがあったんだね」
「それに目を惹くのがあのお肉だ。一体なんなんだいあれは。お肉が串に刺さっているじゃないか。……ほう。ふむふむなるほど。このお肉を削いで、そしてそれを生地と野菜で包んで食べると」
「あの店主が最後にかけたソース。あれもまたおいしそうだ。……ああ、キミと同じ時代に生まれていたら、私は自分の口でこれを味わえたのに」
「おっといけない。それでは、あったかいうちに、どうかあったかいうちに召し上がってくれ。私はもう待ち切れなくて霊体よだれがくちから
主人公、ドネルケバブを一口。
「……むむっ! やはりというかなんというか、香辛料の刺激がよく効いてるね。ああ、うまい! 昨日の担々麺とはまた違ったカテゴリの刺激、辛さ?だね。お肉も野菜も良い感じだ。この複雑な味わいと暴力的な塩味の一体感……なんと素晴らしい……!」
「さあ、キミ! もっとだ。どうか一欠片も残さず食べてくれ!」
「……ああ、さっきは香辛料の刺激にばかり気が行ってしまっていたが、こうして食べ進めていくとわかる。生地もまたうまい! 塩っけが強いのに飽きがこないのは、この生地が中和してくれているから、でもあるのかもしれない。言うなれば縁の下の力持ち!」
「ふふっ。どうやらキミもこのケバブは大層気に入ったようだね。ぺろりと平らげてしまうとは」
「私も未知の料理を味わえて大満足だよ。……よし、では次に……ん?」
幽霊、違和感を覚えて自分の左手を見る。
手が他の箇所より薄れている。
「これは……まさか、消えかけている?」
幽霊、さっと左手を主人公から隠す。
「ん? ああいや、なんでもない。なんでもないよ。それよりほら、次の屋台へ行こう! 次は……そうだな。キミのオススメが知りたい」
「キミはどうやら、相当のお祭り経験者のようだ。ぜひとも、私に絶品屋台を教えてくれたまえ」
「……く、くれーぷ? それもまた、香辛料を使った? いや違う? ……ふむ。これがその屋台……甘い香りが漂ってきているが、つまりお菓子か?」
主人公が注文と支払いを済ませる横で幽霊は店頭に並ぶクレープを凝視する。
「生地は……さきほどのケバブよりもずっと薄いな。具は、これは……生クリーム、か? それにバナナと黒い……独特の芳醇な香りがするな。ふむ。チョコソースというのか。へえ、なるほど面白そうだ」
「うむ。ではいざ実食と参ろう!」
「……むむっ! これはまた……脳髄が蕩けるような甘味の暴力! さっきのケバブを塩気と香辛料の暴力とするならば、こちらはその真反対、対極に位置しているね」
「ああ、クレープのあたたかさが心地よい。そして頭がおかしくなりそうなほどに大量の生クリームと、それを抑制するほんの僅かな苦み。……なるほど、あのチョコソースが苦味の原因か。そこにバナナの味わいと食感が加わってもう……私は、幸せだ…………」
「ああ、ああまさか。これほどに美味なものに立て続けに出会えようとは……感動で、涙ぐんでしまったよ。幽霊でも泣けるんだねぇ……」
幽霊、両手で顔を抑える。
主人公、幽霊の透けている左手を見る。
「ん? どうしたんだい? そんな顔して。…………あ」
「そっか。キミから見てもやっぱり、透けているか。ああ、腕まで透けてるね。これはもう、隠しても無駄か。……うん。きっと、キミの想像する通りさ」
「私はもうじき、成仏するだろう」
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