Track04 「寝かしつけてあげよう」
主人公、ベッドの上で横になっている。
幽霊、寝室にて主人公の隣で、横になった状態で囁くような声で言う。
「一目見たときから、思っていたんだ…………ずばり! キミには睡眠が足りないと!」
「キミも自覚しているだろうが、目の下にクマが浮かんでいるよ。幽霊の私が言うのもなんだが、キミの方が私なんかよりも幽霊らしいと言う人だっているかもしれないくらいだ」
「というわけで。しっかりと睡眠をとってくれ。その板——すまほ?は置く! というかそれがあるから眠れてないんじゃないか? ……まあそれはさておき、睡眠は本当に大切だよ」
「……たびたび、私が話に出している侍女がいるだろう? 彼女も目の下にすごいクマをつくっていたことがあってね。……まあ、それだけ悲しんでくれたというのは、嬉しくもあったのだけど……でも、その後、彼女は倒れてしまって…………」
幽霊、黙る。
「……と、いうわけで。きちんと睡眠はとったほうがいいよってお話でした! ああ、安心してほしい。彼女はその後回復して元気に退院していったから」
「ん? 亡くなったかと思ったかな? 大丈夫だよ。きっと今も、元気に年を重ねているさ。……まあ、私が最期を迎えた病院に入院してきた時は、因果なものを感じたけれどね」
「さて、それでなんだが……これは、その時にお医者さんが彼女に教えていたことでね。よく眠れる睡眠法だそうだ。自分で試したことはないが、彼女はよく眠れるようになったみたいだし、効果はあると思うよ」
「まずは、ゆっくりと深呼吸するんだ。すってぇーーー…………はいてぇ…………。すってぇーーーー………………はいてぇ…………」
「うん。良い感じだね。では、今度は息を吸うときに、全身の筋肉に力を込めてみよう。ぎゅっ……ぅぅぅううっと身体に力を入れるんだ。そうやって、筋肉を収縮させる」
「そして、息を吐くときに力を緩めていく。徐々に、徐々に。ゆっくりとね。全身の力を緩やかに抜いていくイメージが難しいときは、パーツごとに分けていくのも良いらしい」
「つまり、頭、顔の筋肉からはじめて、肩、腕、胸、お腹、脚……と身体の下の方へ意識を移していくんだ」
「では、ちょっとやってみようか。すってぇーーーーー……そう、身体にぎゅうっと力を込めてぇ……はいてぇ…………脱力。すってぇーーーーー……身体にぎゅううううっと力を込めてぇ……はいてぇ…………脱力」
「……どう、だろうか? リラックス、できているだろうか?」
「少し頭がぼんやりしてきた気がする? そうか。それはよかった……」
「では、もうしばらく続けてみようか」
「すってぇーーーーー……身体にぎゅうっと力を込めてぇ……はいてぇ…………脱力。すってぇーーーーー……身体にぎゅうっと力を込めてぇ……はいてぇ…………脱力」
「すってぇーーーーー……身体にぎゅうっと力を込めてぇ……はいてぇ…………脱力。すってぇーーーーー……身体にぎゅうっと力を込めてぇ……はいてぇ…………脱力」
「すってぇーーーーー……身体にぎゅうっと力を込めてぇ……はいてぇ…………脱力。すってぇーーーーー……身体にぎゅうっと力を込めてぇ……はいてぇ…………脱力」
「ん、その調子で続けて。そして、眠くなったら眠ってくれて構わない。私の言葉が何か聞こえても、聞き流すように」
「……そのお医者さんが言うには、眠れない人というのは布団の中に入ってもつい考えごとをしてしまうのだそうだ。だから、眠るには考えごとをしないようにするのが一番」
「この深呼吸はそのために行うものであり……同時にもうひとつ。考えごとをしなくてよくなる方法がある。それが、誰かの声を聞き続けること。情報を、取り込み続けること、だ」
「幼子に絵本を読んでやっていたら、話が終わる前に眠ってしまった、なんてことはありふれた話だと思うが、これはきっと絵本の読み聞かせで子供の脳が考え事をやめたからなんだと思うんだ」
「そう。つまり、これから語ることもそういったたぐいのものとして……もしまだ起きているのなら、どうか聞き流してほしい」
「いや、そうでなくとも、つまらなくて途中で眠ってしまうかもしれないね」
「これは、とある娘の話だ」
「彼女はお金持ちの家に生まれたんだ。使用人を雇う余裕があって、父親はいくつもの会社を経営していて、母親は品格と教養、そして美貌を兼ね備えた素敵な女性で。そんな二人のあいだに生まれた娘のお話」
「娘は、生まれつき身体が悪かった。しかも、それは当時、不治の病だった。どんなにお金を積んでも解決できない代物だったんだ」
「それでもなんとか生き永らえさせようと、周りの人々は必死だった」
「いつ発作を起こしてもよいようにと、その娘には専属の侍女がつけられた」
「食べられるものは限られていたため、シェフたちは毎日、その娘のためだけの料理を作り続けた」
「外に出られないならせめて家の中だけは、とその娘の欲しがるものはなんでも与えられた。図鑑も、小説も、テレビも」
「……そう。その娘は恵まれていたんだ。限りある命、子を
「みなが、私にあらゆるすべてを与えた。与えてくれた」
「病状が悪化すると、病院に入れられた。私専用の個室が与えられた。どうせすぐ死ぬのだから、そんなもの必要ないのにね」
「……ああでも、あれは富める者としての意地だったのかな? こんなにお金があるんだぞーという誇示。だとすれば、あの瞬間をもってようやく私は人の役に立てたと言えるのかもしれないが……」
「まあ、病院に入院したからって特に良くなるということもなく……私はそのまま、病室で最期の時を迎えたよ」
「けれど、その心は霊体となって病院に残留し続けた」
「未練があったのだろう。生前に果たせなかった思いが」
「——誰かの役に立ちたい。それが、きっとそうなのだと思っていた」
「ああ、だから外の世界を見たい、なんていうのはつまるところ言い訳でね。本当は誰かに、なにかをしてあげたかったんだ。そして、お礼を言ってほしかった」
「……キミは、今日こう言ってくれたね。『ありがとう』と。その言葉が私はとても……とても、嬉しかったよ」
「きっと、朝、君が目を覚ますころには私は消えているだろう。その時はどうか、私の存在は一夜のまぼろしだったと……そう、思ってくれ」
「真夏の夜の夢だったと」
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