第13話 悪役令息、藁をも掴む

 それからカルヴァンはヴェラとの距離感に苦しんだ。確かにヴェラだけを贔屓するわけにはいかない。他の使用人に示しがつかない。いくらローレル家が使用人を大切にしている家だとしても、主人と使用人たちの間にははっきりとした線がある。その上、側仕えとして仕えるようになったヴェラはますますよそよそしくなり、カルヴァンはどうしたらいいのか分からなくなった。


 へらっとした笑顔を浮かべているヴェラを見る度に、どんなことをしてでもその笑みを崩して、自分だけのものにしたい、という衝動がわき起こる。

 自分の中にそんな衝動が――それも愛しいヴェラに抱くことに慄く。


(もしかしたら……僕、ヴェラに対してだけヤンデレになっちゃうのかも……)


 フラットな関係に戻るために側仕えを辞めさせることも考えた。だがそうなればヴェラはローレル家の使用人邸をでていき、彼女の両親と街で暮らすことになるだろう。

 そうしたら、自分の目の届かないところでカルヴァンよりもっと優しく逞しい男に出会ってしまうかもしれない。そもそもヴェラが側にいなくなることに自分が耐えられるわけもない。


 ――そう、カルヴァンは完璧に“拗らせていた”のだった。


 ただその拗らせに理由がないわけではなかった。

 目の前で、自分を庇ってぐったりしたヴェラを見てから、彼女を失うことへの極端な恐れがあるのだ。

 無自覚な恐れではあるが、ヴェラがいなくなることを思うと、息もままならなくなる。あまりにもヴェラへの思いが重すぎて、自分でも持て余すくらいで。


 カルヴァンはがんじがらめになっていた。

 

 そうこうしているうちにカルヴァンは社交界デビューを迎えた。これでようやく大人の仲間入りだ。

 ファーストダンスだけはどうしてもヴェラとしたくて、練習とうそぶいて彼女と家でワルツをした。それでなんとか溜飲を下げた。


 夜会に参加することには徐々に慣れていった。

 貴族の社交界に関してはきらびやかな世界だな、とは思うがただそれだけだ。自身に何くれとなく、まとわりつく令嬢たちの香水の香りが鼻につく。

 時折その中にミレーナが交じり、背筋をぞっとさせることとなる。三択が目の前にでたらどうしよう、と怯えながらも考えるのはヴェラのことばかりだ。


(ヴェラはこんな香水つけなくても、ちゃんと日向の良い香りがするぞ)


 そのヴェラは、カルヴァンと離れた壁際で俯いているばかりだ。


「なあ、カルヴァンっていつもあの使用人連れてくるよな」


 ある夜会で知り合いの貴族子息に話しかけられた。


「ああ。乳兄妹なんだ」

 

 そう答えてやると、相手が目を輝かせた。

 

「そうなのか? ということは貴族なのか? てっきり使用人だと思ったよ――だったら俺に紹介してくれよ。ちょっと見ないくらい清楚な感じがするよな」


 既に今まで何度も言われたことがあるカルヴァンはうんざりして首を横に振った。


「乳兄妹だが、彼女は貴族ではないよ。だから君に紹介は出来ない」


 あからさまに相手が落胆する。この知り合いは、使用人ならちょうどいい、遊びたいから紹介しろ、と言わないだけ常識人だ。父が指摘しなくても、使用人階級の人間を娶ることの難しさをカルヴァンも肌で感じている。


(僕はヴェラだけがいいから――でも、どうやって彼女を手に入れたらいいんだろう)


 明らかな距離ができてしまい、埋めることは不可能に近いように感じている。


(僕から言わないとならないが……だがどうやって?)


 そんな風に考えていたある夜会で、ハサウェイ夫人の噂を聞いた。曰く彼女はどんな魔法薬でも作ってくれるのだという。腕は確かで、秘密も守ってくれるらしい。ただし気まぐれで、依頼人や依頼内容が気に入らないと、相手がどんな高名な貴族でもばっさり断るのだとか。


 本当だったら信じがたいけれど、自分がゲームに転生したことに気づいているカルヴァンはさもありなん、と思った。ゲームの世界なら魔法だってあったっていいだろう。


(これだ!)


 もしかしたらハサウェイ夫人に依頼を断られるかもしれないが、もうこれしかない、と思った。


 それと前後して、両親にそろそろ婚約者を選べ、と言われたことも後押しした。


「僕の婚約者は、ヴェラがいいです」

「まぁ、ヴェラとついに……?」


 期待に満ちた両親の前で、カルヴァンは首を横に振った。

 特に母親には、まだヴェラに気持ちを告げていなかったのこの臆病者、という視線で見られた。


「でもこれを機に想いを告げます」


 両親の了解を得た後、ヴェラをハサウェイ夫人の元へ向かわせた。 

  

 手紙にはこう書いた。


 この手紙を持ってくる少女に自分は長年恋をしている。拗らせすぎて、どうやって想いを告げたらいいか分からない。だからどうか僕が素直になれる薬を作ってください。助けてください。


 と。


 自分で直接ではなく、ヴェラを向かわせたのは、万が一にでも他の女性の元に自分が通っているとヴェラに勘違いしてもらいたくなかったからだ。

 

 だがさすがのカルヴァンも、まさかヴェラが猫になるとは思っていなかった。

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