第11話 悪役令息、運命を知る
幼い頃から、突然目の前に、三択の文字が浮かぶ時があった。
それは些細なことから始まった。自室で本を読もうとした時に、ぱこん、という音と共に三つの選択肢が浮かんだのだ。
一、童話(どうわ)
二、図鑑(ずかん)
三、王国の歴史書(おうこくのれきししょ)
(なにこれ?)
しばらくぼんやりと宙を眺めていたが、文字は一向に消えない。内心首を傾げつつ、カルヴァンは本棚から「童話」を手に取った。
すると、目の前の文字が形を変え、「好感度5%アップ、ヤンデレ度5%ダウン」とでたのである。
(????????)
訳が分からないカルヴァンは、気にしないことにした。
けれど、三択の文字はその後も頻繁に目の前に浮かぶ。しかもその選択肢の中の行動をしない限り、その文字が消えることはない。
いくら自分がしたくなくても、するしかないのだ。
時々ぼおっと宙を眺める彼を、使用人たちは気の毒そうに眺めていた。
――が。
ヴェラだけは違った。
自分は乳兄妹であるヴェラが大好きだった。可愛くて、元気がよくて、優しくて。同い年とは思えないくらい、おしゃまで。身体が小さくて、性格も大人しかった自分は彼女の背中を追うだけで必死だった。
ヴェラも自分のことを好いていてくれたと思う。
小さい頃に既に、将来ヴェラが自分の奥さんになってくれたらいいなと思っていた。幸いローレル家はそこまで格式が高いわけでもない。その上自分は次男で、跡取りは兄がいる。
更に大恋愛の末に周囲の反対を押し切って、元貴族とはいえ今は平民である母を娶った父が、異論を唱えるとも思えない。そもそもヴェラが自分の相手にふさわしくないと両親が判断していたら、いくら幼いとはいえ側に置いたりはしないだろう。
だからカルヴァンにとって、ヴェラと一緒にいる未来は当然のことだったのだ。
それに。
宙を眺めてぼんやりしているカルヴァンの背中をヴェラが叩くと、彼は我に返ることができる。
そして気づく――ヴェラがそうして声をかけてくれる時だけ、目の前の選択肢が消えてしまうことを。
(ヴェラは、すごいっ……!!!!)
ヴェラさえ側にいてくれれば、自分はよかった。それは当たり前のことで、疑う余地もない。
だが。
その“当たり前”に亀裂が入ったのは、ある時ヴェラがカルヴァンを守って大怪我をした日だ。暴走した犬が暴れて、周囲の子どもたちが一斉に逃げた。誰かに背中を押されて、転んでしまった。
その時、ピコン、と音を立てて目の前にいつもの三択が現れた。
(こ、こんな時にっ……!!)
一、ヒロインを守って犬に噛まれる
二、ヒロインを捨てて、逃げる
三、ヒロインの名前を呼ぶ
(……はっ……? ヒロイン……?)
そう思った瞬間、怒涛のように脳裏を様々な映像が押し寄せる。
(待って、カルヴァン=ローレル……、ぼ、僕ってば……、《ヤンデレ貴公子たちの黙示録》の、登場人物……!?)
同時に自分が21世紀の日本から転生したことを彼は知った。《ヤンデレ貴公子たちの黙示録》は、一世を風靡した乙女ゲームで、ヤンデレにつぐヤンデレが登場する分岐型ノベルゲームだった。彼自身はプレイをしたことはないが、彼の妹が大ファンで夢中になって話をしてくれていたのだった。
その中でもカルヴァンは、いわゆる悪役令息と呼ばれる立ち位置であり、大体のルートで闇落ちするキャラクターだった。
(そうだ、今日のこの……、お茶会に参加している……ヒロインをかばって犬に噛まれたあと、僕……ヤンデレ一直線になるんだ……!!)
ヒロインは、伯爵令嬢のミレーナ=バッキンレー。このゲームは、逆ハーレムを描く世界で、だからこそ登場人物たちは彼女の愛を得ようとどんどんヤンデレ化していくのだ。ミレーナとは顔見知りではあるが、特別な好意を持ったことなんてない。
(い、嫌だ! 僕は……ヴェラがいいのにっ!!)
目の前の三択を選んだら、ミレーナとのルートが始まってしまうのだろうか。そうしたらヴェラとの思い出も失ってしまうのだろうか。カルヴァンは絶対に選びたくなかった。
(選ぶくらいだったら、死んでもいい――!!)
だがその時。
「カルヴァンッ!!!」
ヴェラが彼に覆いかぶさり、そして犬にがぶりと肩を噛まれてしまった。
「―――ッ!」
あまりのことに、彼女が食いしばっている口元だけがクローズアップして見えた。
「ヴェラッ!!!」
「だいじょ、ぶ……っ」
息も絶え絶えでヴェラは答えたが、犬は依然として肩に噛みついている。
「や、やめろ、離れろ、ヴェラからっ……!」
カルヴァンは思わず拳で犬の頭を殴りつけた。それでも犬は離さず、やっとやってきた大人たちの手によって引き離された。
「ヴェラっ、ヴェラ……!! ごめん、ごめん、僕のせいで……っ!!」
ボロボロと涙を流しながら謝るカルヴァンに、ヴェラは微笑みかけてくれた。――そして意識を失った。ぐったりとしたヴェラが運ばれていく光景はきっと一生忘れられないだろう。
(――っ、ヴェラを……僕のせいで、僕の、せいで……っ)
「カルヴァン、そんなに泣いてたら、せっかく助けたのにってヴェラが悲しむわ」
「う、うん……」
家に帰っても尚、泣き続けるカルヴァンを、カルヴァンの両親はそう言って慰めてくれた。自分を責め続けるカルヴァンは、いつの間にか三択が目の前から消えていたことに気づく余裕もなかった。
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