第6話 メイド、主人に見つかる
なんとかローレル邸に戻ったが、当たり前だがカルヴァンの部屋に行くことなんて出来やしない。
とりあえず自室に戻ることにした。母がカルヴァンの乳母だった関係で、ヴェラは生まれた時から家族で使用人の邸宅に住んでいた。ヴェラがカルヴァンの側使えの一人になるのと同時期に父と母は町中の家に戻ったので、今はヴェラだけが使用人の邸宅に残っている。
小さいけれど個室も与えられ、良い待遇をしてもらっている。そして今日ほど個室があることをありがたいと思ったことがない。
だが、自室の扉を開けるためになんどもドアノブに飛びかからなければならなかった。その度に人気のない廊下にちりんちりんと鈴が鳴り響き、誰かに聞きとがめられやしないかと心臓が乱れ打ちした。
幸いにも誰にも見咎められない内に部屋に入ると、全身で体当たりしてドアを閉めた。そこでようやくひとつ息を吐く。
とりあえず家には戻った。
だが何も解決していない。
心が定まらず、床をぐるぐると回り続けた。ちりりんちりりんと鈴が鳴って、我に返ってその場に座り込んだ。
(むりむり、ぜったいむり! ぜーったいにむり! カルヴァンにキスしてもらうなんてぜったいにむり! 天地が入れ替わってもむり! 死ねる!)
もちろんヴェラは未経験で、キスだって家族以外としたことがない。
それをカルヴァンにおねだりする……?
考えただけで、泣きそうだ。
一生猫のままでいたいわけじゃない。だが魔法を解いてもらう方法が、ハードルが高すぎて……。
(うえええ、カルヴァンに……?)
彼の側仕えをしているから、着替えを手伝ったことがないわけではない。さすがに全裸の姿を見たわけではないし、そのあたりは男性の使用人が手伝う。カルヴァンのしなやかな体躯を見て、自分を抱きしめる彼の姿を考えたことがないとは言わない。
だってずっと好きだったから。
けれどそれは彼が絶対に手が届かない人物だと知っているからこそ、自分に許している空想だった。
(それに、キ、キスして、欲しいなんて一切考えたことないものっ)
手を繋ぐ、抱きしめてもらう、それでも自分には十分な空想で――。
そこに至って、ヴェラははたと気づいた。
(カルヴァンが嫌だと言ったら、どうなるんだろう……?)
先ほどはあまりのことに、ハサウェイ夫人に言われるがままに家を出てきてしまったが、そのあたりのことを聞くのを忘れていた。
(もう一度ハサウェイ夫人の家に戻ろう。カルヴァンに頼むのは最終手段ということで――)
そこで、ヴェラの耳がぴくりと動く。猫だから遠くの物音を判別することができる。この足音は間違いなく。
(今は顔を合わせたくないっ、どうしよ、逃げる場所、逃げる場所は!!)
家具はベッドとテーブルと椅子以外なく、唯一逃げられそうなベッドの下には、衣類などの入った箱がつめられていた。要するにヴェラは絶体絶命なのであった。
(え、で、でも、今は今はまだ会いたくないけど、隠れる場所がな……い……)
あたふたしている間に、足音はどんどん近づいてきて、ヴェラの部屋の扉ががちゃりと開けられた。
「ヴェラ、帰ってきてる!? ――は、猫?」
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