第4話 メイド、黒猫になる
自分の報われない思いなんてどうでもいい。そこでヴェラは首を横にふると、顔をぐっとあげ、扉をノックした。
「どうぞ、開いてるわよ」
奥からくぐもった声が響き、ヴェラは扉を開けた。
玄関ホールに足を踏み入れると、どうしてか薬の匂いが漂っていた。
(……? 気のせいかしら)
「ごめんなさい、手がちょっと離せなくて――、いらっしゃい。お話はうかがっておりますわ」
部屋の奥から黒いドレスを着たあまりにも妖艶な姿の女性が出迎えてくれた。綺麗な栗色の髪に、紫色の瞳、そして口元の隣りにあるほくろが色っぽい。
(わっ、なんてお綺麗な……。カルヴァンはこんな人がタイプなんだ……!)
彼女との共通点は《平民》ということくらいか。
色っぽさも妖艶さもまったく太刀打ちできない。
一瞬でも自分も相手にしてくれたらいいのに、などと思ったヴェラは打ちのめされた。
「ローレル様のお使いですよね?」
「はい」
ハサウェイ夫人はにっこりと微笑んだ。
「ではお手紙をいただけます?」
ほっそりとした手を差し出されて、ヴェラは持っていた袋から封筒を取り出した。その封筒を渡そうと差し出したその時――。
「!?」
ばふっと煙が舞った。
目に煙が直撃して、強い痛みが襲って目を閉じた。思わず封筒を手から取り落とす。どうしてか刺すような痛みを全身を襲った。
(い、いたっ……! な、なにっ、これ……っ!)
おっとりとした声が響いた。
「あらやだ、私ったら……! 魔法の瓶を閉じておくのを忘れちゃったわ……!」
だがハサウェイ夫人はどうといった口調でもない。きっと有害なものではないはずだとパニックになりかけた心をなんとか落ち着ける。目を閉じたまま、ヴェラは口を開いた。
「ま、魔法の瓶? ……ごほっ」
煙を吸い込むと、咳き込んでしまった。
「ごめんなさいねぇ……少しだけ待ってくださる?」
ぱたぱたと軽やかな足がして、それからしばらくして煙がうっすらと消え始めた。それと同時に、全身を襲っていた痛みも和らいでいく。ようやく呼吸が楽になり始める。
(魔法なんて……? 今日は『聖人の日』だから何かそれらしいことをしていらっしゃるのかしら……)
「お待たせいたしました。私ったらうっかりして……あら?」
「……えっ?」
ヴェラは声をあげた。
視界はクリアになったが、今までとはまったく違う。何が違うかといえばそれは――。
目の前にハサウェイ夫人のドレスの裾の部分がある。おそるおそる見上げると、遥か彼方上に、彼女の顔がある。
(なんで、なんで、なんで!?)
「まぁ、私ったらやってしまったわ」
「えっ、えっ、えっ!?」
彼女が腰をかがめて、ひょいとヴェラを抱き上げた。それからカツカツと音をたてて歩き、玄関ホールにある姿見の前に立った。
そこには黒いドレスに身を包んだ夫人に抱かれた――黒い猫がいた。
「ごめんなさい、貴女を黒猫にしてしまったみたい」
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