最終話
ドアを叩きながら叫ぶがやはり返事はない。これ以上は叩き続けるのは無理かもしれない。
俺は一縷の望みをかけて、ドアノブに手をかける。するとドアノブは軽く下まで降りてドアが動いた。
「……はっ?」
手に抵抗を感じなかった。カギはかかっていない。
俺は反射的にドアノブを思いっきり引っ張る。
ドアは勢いよく開いた。
「は?」
一言しか言葉がでてこない。いったいどうなっているんだ。
部屋の奥以外、明かりのついていない中が見えるようになると腹の奥底から何かが爆発しそうな感覚がやってきていた。あの傷心様とやらは、カギもかけられないのか。
「てめぇッ! カギぐらいかけやがれ!」
俺は叫びながら室内へ入っていく。履いていたものを脱ぎすて、ズカズカとリビングまで音を立てて歩く。リビングだけが出て行った時と変わらず電気がついていた。ドアノブに触れた時、ふと何かが鼻に何かを感じた。が、そんなことは無視して勢いよくドアを開ける。
「おいッ! 返事しろよ!」
どんどん大きくなる声を抑えようがなかった。
「きいてんッ……」
リビングに入る。
出て行った時とほとんど変わらない。リビングのテーブルにはお菓子やジュースのペットボトルが飲み食いされたまま散らかっていた。テレビに映っている映像は変わっていた。俺としていたゲームの画面ではなく違うものになっている。その画面から妙に凝った曲が流れている。
一歩、リビングに足を踏み入れる。
俺は同僚に文句を言うつもりだった。言うつもりだったんだ。
そいつがリビングで寝ていた。床で大の字になって。
それも、天井を向いて、天井を見上げたまま。
それからそいつの胸にはあるはずのない黒いものが生えていた。よく見るものだ。特に料理をするのなら、使わないわけにはいかない。たいてい、黒色かステンレスとかの金属の色をしている、それ。ただ、生え方が変わっていた。よく目にするのは縦だが、今は横。
「お、お前?」
生えた部分から赤く変色していっている。その範囲が少しずつ大きくなっている。
ゴトン。
何かの音がした。
わずかな間が空き、俺の視界が一気に低くなる。
立たないといけない。でも、立てない。腰に、足に、力が全く入らない。どうして。なんで。体を動かそうとすればするほど力が抜けていく。
手だけが何度も床の上を滑る。座っているだけ、いいのかもしれない。
座り込んでいても同僚は見える。
仰向けのまま、胸から包丁の柄を横にはやしたまま、大の字のまま寝ている。
いや、多分、死んでる。
なんでだ。なんで、死んでる。いや、本当に死んでるのか。たちの悪い、悪ふざけなんじゃないのか。そうだ。きっとそうに違いない。ここから呼べば、あのイラつく声を出しながら笑い始めるはず。
「お、お前……じょ、冗談、き、きついぞ……」
口の中が渇いてうまくしゃべれない。口の粘膜と歯がはりついている。動かそうとするとペりぺりと嫌な音がする。動かせば舌を噛みそうになる。
見ていても同僚は動かない。
がちゃん。
俺の後ろで何かが音を立てた。リビングのドアが閉まったのか。でも、何で。ふと、甘い香りが鼻に届いた。
この匂いは、と思いながら、首だけを動かす。
「……遅かったですね……」
その言葉が耳に届いた時に、俺の視界は真っ暗になった。その暗闇の中、俺は自分の意識を手放した。
最後に見た。笑顔はひどく……。
ユガンデミエタ。
fin
大きな面倒? 小さな幸運? 黒メガネのウサギ @kuromeganenousagi
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