第6話

 そのまま、エレベーターの横にある階段へと向かう。ビニール袋が揺れて足にぶつかる。階段でいくことを選んだ今、こいつの存在が恨めしい。この場に投げ捨てるなんてこともできるが、それは同僚に投げつけることにするとしよう。

 この階の階段にも一階と同じようにガラス戸が設置されていた。棒状のドアノブの上にはつまみがあり、俺はそのつまみを回しながら、一緒にドアノブを下におろす。動くようになり、ゆっくり押すと静かにドアが開く。

 見た目とは裏腹に少し重いドアの向こうから、冷たい風が吹き込んでくる。はじめて階段を使うことになったが、こっちには空調が入っていないようだ。

「どうりでドアがあるわけだ……」

 冷たい空気を感じながらドアを通り抜ける。他のエレベーターに乗り換えることも今さら考えたが、勢いよく閉まったガラス戸にカギが回る音がして、諦めて階段をあがることにする。

 寒さで動けなくなることはないにしても、ずっといられるようなところじゃない。俺は階段を一段抜かしで登っていくことにした。足にアイスが何度もぶつかってくるが仕方がない。多少形が変わったところで食べられないことにはならないだろう。だったらさっさと登るに限る。

 たかが、三階分。二階分を登った頃には息が上がり始める。日ごろの運動不足が災いしていた。それで一段飛ばしを続けたのは俺の意地ってものだったのだろう。とにもかくにも目的の階に着いた。

「溶けてないんだから、文句言うなよ」

 俺はアイスを一瞥しながらつぶやく。外から見ても形が変わっているのがわかった。

 ガラス戸に近づくとガラス越しに温かな空気が伝わってくる。動いたから体は熱いはずなのになぜだか、手だけは少し震えていた。寒いのか、あるいは急な運動で疲れたのか。いずれにしてもドアノブの上のつまみをつまむことに成功する。回すとすんなりと回った音がした。今度はドアノブを下ろしながら手前に引く。さっきとは違い、軽さを感じガラス戸が開く。少し開いた時だった。後ろから冷たい風が吹き抜けていく。

 俺はガラス戸が勢いよく閉まらないように慎重に閉めた。中に入ると、どうやら体は冷えていたようで、中に入ると温かい空気で手や足の先が温かくなる感じがした。

 手に持つアイスをのぞき込む。足に当たりすぎて容器にへこみができているが、中身が出ている様子はない。

「食べれそうなら、あの人もとやかくはいわなねぇよな」

 同僚の占拠する部屋へと足をむける。エレベーターの前を横切ると、どのドアも閉まっていてそこを通り過ぎていく。

 あの女性はもう部屋に着いたのだろうか。

 彼女の笑顔とともにそんなことが頭によぎった。どの階のどの部屋の人かもわからないのだから、どうでもいいといえばどうでもいい。ただ、どうせならお近づきになりたいとも思う。

 階段を進むよりも足が速く動く。登りでもなく、寒くもない場所を歩いているからか、当たり前だな、と勝手に結論付ける。やがて部屋の前に到着する。

 とにかくさっさとこれを渡したい。そして、座りたい。ここにくるまでに妙に疲れた体からそんな訴えが出ていた。俺はそう感じながら部屋の呼び鈴を何度も鳴らす。まさに連打。同僚への嫌がらせも込めてだ。ドアのこちら側にまで聞こえてくるチャイムの音にきっとイラつきながら出てくるに違いない。

「…………」

 何の反応もなかった。声も、足音も何も聞こえない。

「まさか、寝てんのか?」

 怒りのあまり手を握りこむ。そのままドアを叩こうかと悩むが、騒いで顔も知らない隣の人に煙たがられるのも困る。と、足にアイスがくっつき冷たさがかけあがってくる。一気にイラ立ちがこみあがりドアを叩いていた。

「さっさと出てこいッ! こっちはさみぃんだ!」

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