Ⅳ 捜索
1
「それにしても、大金銀次はどうしておれにメールを送ったんだろう。愛矢に直接出した方が早いのに」
愛矢と並んで走りながら、武居が首をかしげた。
「おかげで一緒に来られたわけだけど、それが狙いだったなんてこともないだろうし」
「アドレス帳にわたしの名前がなかったんだよ」
愛矢は武居の顔をちらっと見てから言った。
「登録してないの?」
「わたし、携帯持ってないんだ。わたしが持っててもどうせすぐ壊れちゃうし、それに、必要もなかったから」
「そっか、お父さんとは心で会話が出来たんだ」
「うん。遠く離れることもなかったしね……今までは」
武居は愛矢のさびしげな横顔を見つめたが、すぐに視線を正面に戻し、表情を引きしめた。
「……ところで、どうやって笛吹をさがし出すんだ?」
愛矢はわずかに歩調をゆるめ、夜道に目をこらした。
「愛弓の通学路をたどってみよう。昨日の雨で地面がぬれてるから、足跡が残ってるかもしれない」
「なるほど。頭がいいんだな」
「愛弓とは大違い?」
武居は吹き出した。
「そうだな。大違いだな」
それから、愛矢を見て付け足した。
「元気出たな。愛矢は、そうやって笑ってる方が愛矢らしいよ」
愛矢は恥ずかしくなってうつむいた。
それから二人は、かがんで足下に注意を配りながら歩いた。
手がかりはすぐに見つかった。ぬかるんだ土の道に、くっきりとタイヤの跡が残っていたのだ。自転車ではない、自動車のタイヤの跡だ。
先に口を開いたのは武居だった。
「こんなせまい道に、車なんてめったに入って来ないはずだ」
「愛弓を、車に乗せて連れ去った?」
「きっとそうだよ。――あっちに向かってる」
タイヤの跡を目で追っていた武居は、愛矢がしゃがみ込んだままなのに気付き、声を掛けた。
「愛矢?」
「愛弓、こわい思いしてないかな」
「大丈夫だよ。あいつは図太いから、おれたちが行くまできっと頑張ってくれるさ」
「……うん。そうだね」
愛矢は顔を上げた。
――待っててね、愛弓。すぐに助けるから。
2
タイヤの跡を追い掛けて、二十分くらい走っただろうか。車が行き交う大通りに出ると、タイヤの跡は判別出来なくなった。
「どっちに行ったんだろう」
武居は大通りに目を走らせた。道は左右に伸びている。
愛矢は黙ったまま、じっと立ち尽くしていた。
どちらの方向にも、愛弓の気配は感じられない。愛弓がどこにいるか、さっぱりわからない。自分のちっぽけな力では、愛弓を助け出すことなど無理なのかもしれない。
――もっと力があれば……もっと強大な超能力があれば……。
「愛矢」
武居の声に、愛矢は我に返った。
「愛弓に呼び掛けてみろよ」
「えっ?」
「だいぶ近付いたはずだから、届くかもしれないだろう」
「心の会話はかぎられた相手としか出来ないって言ったじゃないか。父さんとも、何度も挑戦してやっと通じるようになったんだ。愛弓とは試したこともないし」
「出来るさ」
武居はきっぱりと言った。
「二人は双子なんだから。他の誰とも出来なくたって、愛弓とならきっと出来るはずだよ」
「双子……」
――そうだ、双子なんだ。
武居に言われて初めて、愛矢は愛弓と双子であるということを意識した。
わたしたちは双子の姉妹。きっと心はつながってる。
愛矢は武居を見た。武居がはげますように、大きくうなずく。
「わかった……やってみる」
幸い、近くに壊れて困るようなものはなさそうだった。大きく深呼吸してから、愛矢は目を閉じた。その方が集中出来るのだ。よけいなものは一切遮断し、愛弓のことだけを考える。
(愛弓、愛弓)
愛矢は心の中で、繰り返し呼んだ。
(愛弓、返事をして。愛矢だよ。愛弓)
答えは返らない。何の気配も感じない。それでも根気強く、愛矢は続けた。
(愛弓――愛弓――愛弓……)
そして、ついにかすかな声をとらえた。
(……愛矢)
愛矢ははっとした。
(愛弓?)
(愛矢なの?)
間違いない。愛弓の声だ。胸に熱いものが込み上げ、泣きそうになった。
(愛弓……愛弓、無事なんだね。愛矢だよ、わかる?)
(うん。愛矢が呼び掛けてるの? 心の中で思っただけなのに聞こえてるのね)
愛弓の声音からは、まごついている様子が伝わって来た。
(すぐ近くに聞こえるけど、近くにはいないんでしょ)
(一度つながってしまえば、電話よりよく聞こえるから。愛弓、今どこにいるの?)
はやる気持ちを抑えて、愛矢は尋ねた。
(わからない)
愛弓は心細げに答えた。
(誰かに突然口をふさがれて、気が付いたらここにいたのよ)
(そこはどんなところ? 出来るだけ詳しく教えて)
少しの間があってから、また愛弓の声が聞こえて来た。ゆっくりと、おぼつかない口調で説明し始める。
(ここは――物置みたいな、せまくて汚い部屋よ。明かりがないからよくわからないけど……。窓が一つあって、外に古い洋風の建物が見えるわ)
(あとは?)
(草がぼうぼうと生えているだけ。あとはわからない)
(そうか。必ず助けに行くからね、愛弓)
(待って。愛矢一人で? 大丈夫なの?)
(一人じゃない。武居もいる)
(ほんとに? 武居が?)
(うん。二人ですぐに助けに行くよ)
愛矢は微笑み、通話を切った。
「愛矢?」
顔を上げると、武居が心配そうに覗き込んでいた。
「ごめん。心で話している最中は、周りの声が聞こえないんだ」
「じゃ、通じたんだね。愛弓は無事なのか?」
「声の感じでは思ったより元気そうだった。必ず助けるって約束したんだ」
愛矢は武居に、愛弓との会話の内容を伝えた。武居は何度もうなずきながら聞いていたが、愛矢が話し終えると、腕組みをしてじっと考え込んだ。
「洋風の建物か。もしかして、お化け屋敷って呼ばれてるあの空き家かな。昔、ホテルか何かだったとかいう。確かあそこは、同じクラスの大金の家が――大金?」
武居は大きく目を見開いた。
「大金って、まさか……」
「武居のクラスに、大金って人がいるのか」
「大金満男だよ。大金銀次と関係がある?」
「多分、息子だ。大金はわたしに試して成功したら、自分の子供にも薬を投与するつもりだったらしいんだ。それで父さんが薬に関するデータを全部処分して姿を隠したから、大金はずっと父さんを追ってる」
「ひどい奴だな」
愛矢は表情を曇らせた。
「じゃあやっぱり、エッフェル塔はその人が……」
「え? エッフェル塔が何だって?」
「置物だよ、エッフェル塔の……。愛弓がクラスの子にもらって来たお土産。何だか怪しいと思って、調べようとしたら壊れちゃったんだけど。――盗聴器が仕込まれていたんじゃないかって思う」
武居は唖然としていた。
「まさか、大金がそんなことを……」
「愛弓たちもずっと見張られてたんだ」
愛弓たちもずっと、危険な環境にいた。母さんは今も監視されているのかもしれない。これからも、安全じゃないのかもしれない。愛矢は両手を握りしめた。こんなこと、もう終わらせなければ。早く……一刻も早く。
「武居」
「えっ?」
「その空き家があるのはどっちの方角?」
「確か――」
武居は向きを変えて、左の道を指差した。
「あっちだ」
「行こう。早く愛弓を助けなきゃ」
二人は駆けに駆けた。太陽はもう、山の向こうに沈みきっている。舗装された道路が砂利道に変わり、でこぼこして走りにくくなった。愛矢は体を浮かせ、武居も同じようにして持ち上げた。
武居はバランスをくずしそうになり、あわてて「自分で走るよ」と言ったが、その時にはもう、彼らは目的地に着いていた。
地面に着地すると、愛矢は武居を振り返った。
「武居……」
「ああ」
愛矢の指差す方向――行く手の闇に浮かび上がる建物を見やって、武居はうなずいた。
3
愛矢は丈の高い草に覆われた敷地を見回し、朽ち掛けた洋館の陰に隠れた小屋を指し示した。
「あそこだ」
武居もそちらを見た。
「あの中に愛弓が?」
愛矢はうなずき、辺りに目を走らせた。
「もう一度愛弓に呼び掛ける。中の様子を聞いて、それからそっと近付こう」
武居は息を殺してうなずいた。
愛矢は目を閉じた。
(愛弓、聞こえる?)
愛弓の声はすぐに返って来た。
(愛矢ね。聞こえるわ)
(良かった。一度つながってしまえば、次からは楽に通じるんだ)
(ずいぶん外が暗くなったわね。今何時なの?)
(わたしにもわからない。多分、七時ごろだと思うけど)
(そう)
(愛弓。もう少し待ってて。すぐに行くから。今そこに、誰かいる?)
(ううん。わたしだけよ)
(わかった。じゃ、今からそっちに行く。窓のそばに寄れる?)
(出来そうもない)
絶望したような声が答えた。
(言い忘れてたけど、柱にロープでしばり付けられちゃってるの。さっきからほどこうと頑張ってはいるんだけど、全然だめなのよ。……あっ!)
突然、愛弓の声の調子が変わった。
(待って! やっぱり来ちゃだめ! 引き返して。危ない――)
(愛弓?)
「愛矢? どうした?」
頭を抱えた愛矢の肩を、武居が揺すった。
「声が聞こえなくなった」
「え?」
「愛弓に何かあったのかもしれない! 行かなきゃ!」
「愛矢! 待てよ!」
武居の制止を無視して愛矢は疾走した。小屋が近付いて来る。しかし、あと一歩というところで、眼前に数人の男たちが立ちふさがった。
「愛矢!」
武居が追い付いたのと、男たちの一人がナイフを振り上げたのが同時だった。愛矢の前に走り込んだ武居の後頭部を、ナイフの柄が直撃した。
「武居!」
倒れ込む武居の体を支えながら、愛矢は叫んだ。
「武居――武居!」
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