第2話 乾いた壁

「(至って普通だな)」


 初めて入ったけれど、意外とちゃんとしている。一般的な銭湯に備わる設備は一通り揃っていた。とりあえず依頼にあった壁を探していく。シャワーのところには乾いた壁はなさそうだった。挙動不審に思われない程度に視線を細かく動かし、体を洗って湯船に近寄る。


「……!」


 湯船に足先をつけた時。斜めの方向から何かただならぬ気配を感じた。俺が浸かろうとしている湯船とは別の、端っこにある小さな湯だ。すぐに足を湯面から離して、俺はそっちに近寄った。別に俺は霊の類を感じられる体質ではない。なのに、この気配。絶対に何かがある。


 小さな湯船に建てられた看板を見れば、高めの温度の湯らしい。そこに足をつける。先ほど足をつけたお湯より確かに熱かった。


 しかしそれよりも興味が勝る。俺は壁に面した小さな湯船に肩まで浸かり、その壁を凝視した。


「あ」


 一際暗い壁の端っこに、手のひらほどのサイズの丸い模様を見つける。よく見ればそこだけ壁が乾いているようだ。

 噂通り。壁の一部が乾いている。偶然か、いや、どうだろうか。



 これが、カワギだというのか? 本当に?



 よくよく眺める。どう見てもそこだけ不自然に濡れていない。水を含んだ周りの壁から明らかに浮いている。


「…………」


 俺はゆっくりと息を吐いた。正直この浴場に来るまではきっとこれもただの噂だろうと軽く考えていたのだ。これまで調査したものもほぼ噂で、本物は滅多に引けない。

 だからこそ、久々の刺激に身震いする。たまたまかもしれない。まだ確証もない。だけどたった手のひらサイズの壁の渇きに俺は心を躍らせた。……面白いじゃないか。


 メールによれば、その渇きに気がついたらその壁を濡らす必要がある。そうしないとカワギが家にやってくるから。でも噂の真偽を確かめるために、俺はここで何もせずに立ち去らなければならない。きっとこの乾いた部分にお湯をかけても乾いたままなんだろう。……見たい。見たいけれどぐっとここは堪えることにした。


 家にカワギを呼んだら家の風呂の壁が一瞬で乾くのだから。それはそれで見てみたい。色々なことに好奇心が働いて止まらない。人知を超えた事柄はなぜこんなにも魅力的なのだろうか。


 写真を残すこともできないので、俺はその壁の様子を注意深く見てからその湯船を出た。ああ、これで家にカワギが訪れたらどうなるのだろう。楽しみになってきた。

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