夫婦水いらず

「なあ、小学生の時に女子の縦笛を舐めた男子がおったってホンマなん?」


「え? さぁ…、俺は知らんで」


 富田健治と妻の洋子は小学生の頃からの幼馴染で、小学5年生と6年生の時には同じクラスになった事もある。大学で別々になったものの、高校までは同じ学校に通っていた。


 そんな2人は同窓会での再会をきっかけに27歳の時に結婚し、翌年2人の子供を授かる事が出来た。


 生まれたのは双子の姉妹で、真理と多恵と名付けられた二人の娘は、恵まれた事にとても健康に成長する事が出来ている。


 時が経つのは早いもので、気が付けば娘達は小学6年生。


 今日は娘達が修学旅行で留守の為、久々に夫婦水いらずで平日のディナータイムを過ごす事が出来たのだった。


 そして食後に一息ついた時、洋子が唐突に健治にそんな事を訊いたのだった。


「いきなり何でそんな事訊くん?」


「別に理由は無いけど、何かいきなり思い出してん。そういえば小学校の頃、そんな噂があったわってな」


「ふぅん…、お、俺はそんな噂知らんかったけどな」


「どないしたん? いきなりどもるとか…、何か怪しいな〜」


「いや、別に怪しく無いで。ただ、真理と多恵がそんな被害にあったんちゃうかと思って、ちょっと焦ったんよ」


「あ〜、それは嫌やな〜」


「別にそんな被害に遭った訳とちゃうんやろ?」


「うん。そんな話は聞いた事無いで」


「ふう。ほんならエエんよ」


 ホッと肩を撫で下ろした健治は、洋子が冷蔵庫から出してくれた缶ビールの栓をプシッと音を立てて開けると、グビグビと音をたてて飲んだ。


 ゲフッとゲップをした健治は、宙を見ながら小学生の頃の洋子の姿を思い出していた。


「そういえば、洋子って小学校の頃から大人びてた気がするなぁ」


「どないしたん、いきなり?」


「いや、女子は男子よりも大人になるの早いってよう聞くけど、洋子もそうやった気がするなぁと思ってな」


「あ~、それ分かる気がするわ。けど、私はどうやったかな〜」


「何や、自覚無いんか」


「そんなん、当時は考えてへんかったと思うで。健治を子供っぽいとかも思った事無かったと思うし」


「へぇ…、そんなもんなんやな」


「けど、早い子は思春期に入ってたと思うし、女子の間では結構Hな話とかもしてたから、もしかしたら女子の方がマセるのが早いんかも知れんな」


「へぇ…、小学6年でもうHな話とかしてたんやな」


「男子はそんな話とか、全然せんの?」


「う~ん…、よう知らんけど、少なくとも俺はしてなかった気がするで」


「そうなんや…、でも、男子ってよくスカートめくりしてたやん?」


「あ~、そう言えばしてたな! 俺もめっちゃしてたわ!」


「そやで~、アンタ、女子の間では最悪な男子扱いやってんで! あんなん、女子からしたらセクハラでしか無いし。スカートまくられて泣いてる女子とかもおったのに、何で先生はあれを放置しとったんやろな」


「確かに…。っていうか、そもそも俺は、最悪な男子扱いやったんか…。ちょっとヘコむな。っていうか、当時の俺は、何であんなに真剣にスカートめくりしとったんやろ?」


「知らんわそんなん。けど、私はあんたにスカートめくられた記憶が無いんよな」


「…せやな。お前のスカートをめくらんかったのだけは覚えてるわ」


「へぇ、それって何でなん?」


「さぁ…、どやったかなぁ…。何か理由があった気もするけど…」


 そう言った健治の脳裏に、ふとその頃の記憶の断片がよぎった気がした。


(何やろう…。何か思い出しそうな気がするんやけど…)


 健治はそんな事を思いながら、缶ビールをもう一口グビリと飲んでいたが、その時再び脳裏に昔の記憶がフラッシュの様に瞬いた。


(…そうや! 思い出した!)


「そういえばお前、小学5年の時に一人で教室に残って泣いてた事あったやろ?」


「……、何で知ってるん? もしかして見てたん?」


「おお、放課後に教室に戻ったら、扉の窓からお前が泣いてるのが見えてな。なんか入りづらくて入らんかってんけどな」


「いつから見てたん?」


「いつからって…、よう分からんけど、お前が教室の床に座り込んで、椅子を掴んで泣いてたのを見ただけやで。それ見てから、何かイジメとかに遭ってるんちゃうかって思って、何となく俺の中で、スカートめくりのターゲットじゃなくなった気がするんよな」


「…そうなんや」


「っていうか、あれって、何で泣いてたん?」


「教えへん」


「え~? もう結婚しとるんやし、別にええやんか」


「結婚してても言いたくない事はあるやろ?」


「それはそうかも知れんけど、小学校の時の話やで? 別に教えてくれてもエエんちゃうん?」


「いやや。絶対に言わん」


「何なんそれ? 何か恥ずかしい事しとったん?」


「別に恥ずかしい事しとった訳やないけど…、いや、恥ずかしいわ。だから言わんで…、っていうか、これ以上聞こうとしたら、私あんたの事嫌いになるで」


「え…、あ、う…、もう、分かった分かった。もう聞かんわ」


「うん。許したるわ」


「許したるて…、お前が俺になんでスカートめくりせんかったかって聞いてきたからこんな話になったのに、なんで俺がこんな目に遭っとるんか、よう分からんわ」


「しゃーないやん。あんたが私が生理になった時の事しつこく聞いて来るから…、あっ…」


「…なるほど。そういう事か。別に恥ずかしがる様な事でもないと思うけどな」


「もう~…、あんたのせいで自爆してもうたやん!」


「知らんがな! 今の俺のせいか?」


「あんたのせいや。だから、あんたも何か恥ずかしい話しいや」


「俺の恥ずかしい話? 何でそんなんせなアカンねん?」


「せなアカンよ。それでおあいこやで」


「えぇ~…、まぁ、別にええけど。っつっても、何かあったっけなぁ…」


「何かあるやろ? 特に、女子にズタボロにされた話とかないん?」


「ズタボロにされた話て…、ああ、そういえば…、一つあるわ」


「何なに? どんな話なん?」


「いや、これは中学校の時の話やねんけどな」


「うんうん」


「学校で、身体測定とかで男女が分かれて各教室に分かれて移動する日があったん覚えてる?」


「ああ、そういえばあったなぁ」


「で、俺、理由は忘れてんけど、整列して体育館で反復横跳びとか垂直飛びとかした後に、身長とか体重とか測る場所に行かなアカンのに俺だけ列からはぐれてしもてな」


「うんうん」


「で、どこで身長とか測ればエエんか分からんかったから、近くにおった女子に訊いたんよ。そしたら保健室やでって教わったから、保健室に向かったんよな」


「あんた、もしかして…」


「せやねん。保健室に入ったら、上半身裸の女子の行列に遭遇してもうてな」


「うわ! 男子は別のとこで身長とか測ってたのに!」


「せやねん。俺、その事を知らんくてな。女子が身体測定しとる所に入ってもうたんよ」


「私も聞いた事あるでその話。あれってアンタの事やったんか…」


「せやで。あれのおかげで、俺の中学の時のあだ名が『勇者』になったからな」


「女子の間では『変態勇者』って呼ばれてたけどな」


「そんな呼ばれ方しとったんか…」


「せやで。まさかそれがアンタやったとは知らんかったけど」


「けど、変態って言われる程の事してない筈やねんけどなぁ…」


「いや、私が聞いた話では、男子が保健室に入って来て、みんなが悲鳴も上げれんくて呆気に取られてたのをいい事に、後ろ手に扉を閉めてその場に居座っとったって話やで」


「ああ…、確かに」


「ほな変態やんか! 普通、すぐに保健室出ていくやろ?」


「いや、目の前に女子のオッパイがいっぱい並んでたんやで? まだウブやった男子なら身動き取れずにその場に立ち尽くすのは当然やろ? むしろ、他の奴から見えん様に後ろ手に扉を閉めた事を褒めてほしいくらいやで」


「いやいや、アンタそれ頭おかしいて。私その場におったら悲鳴上げてたやろし、事件になってたかも知れんで」


「そうか…。けど、今思えば、俺がオッパイを好きになったのはあれがきっかけやったんかも知れんなぁ」


「何の話やねん。っていうか、私Bカップやのに、なんで私と結婚したん? もっとオッパイ大きい女の人と結婚したらええやん」


「いやいや、俺が見たんはそんな巨乳とかちゃうかったし」


「…アンタ、まさか私の胸が中学生くらいやったから好きになったんちゃうやろな?」


「違う違う! お前のオッパイ見る前から、俺はお前の事好きやんか!」


「ほんだら私のどこを好きになったんか言うてみ?」


「そらお前…、色々あるやろ」


「その色々をどれでもいいから言うてみ?」


「そりゃぁ…、まぁ、例えば、そやなぁ…」


「何でパッと出てこんねん! アンタほんまに私の事好きなん?」


「いやいや、好きやって!」


「ほんだら1個くらいすぐに出てくるやろ?」


「出てくるって! いっぱいあり過ぎて迷っただけやって! じゃぁ、えーと、まずは顔が好きやろ?」


「…まぁ、ええわ。で、次は?」


「えーと、服のセンスがええやろ?」


「…他は?」


「えーと…、他は、えーと…」


「いやいや、最初アンタ『大人っぽい』とか言うてたやん? それはいつ出てくるのん?」


「え? あ、それな! それもあるで勿論!」


「で、他には?」


「他は、えーと…、何か無いかな…」


「いやいや、さっきいっぱいあって迷ってたって言うてたやん? こんだけしか出て来んのに、いったいこれの何を迷ったん?」


「いや、だから…」


「っていうか、何か自分に自信無くすわ。私ってそんなもんなんや」


「いやいや、何を言うとんねん。お前はめっちゃエエ女やで。とにかく、フィーリングや。感じたんや。お前と俺とで幸せになれるって感じたんや。細かい理由なんかどうでもええねん」


「…そうなん?」


「そうや! 俺の全細胞がお前を好きやと思ったんやからしゃーないやろ?」


「…ふ、ふぅん。そうなんや…」


「そうや。オッパイが小さくてエエなってなったんはその後や」


「…え?」


「…え?」


「…やっぱり私の胸見て、小さい思てたんやな?」


「え? いや、でも…、それも好きな所なんやで?」


「じゃあ、私がブラのパット2枚入れてるの見て、どう思うてたん?」


「え? いや、そんなんせんでエエのになぁて思てたで?」


「じゃあ、同窓会で胸元の開いたドレス着てた私見て、どう思うてたん?」


「それは…、前かがみになったら胸元から乳首見えそうやなって」


「シバくぞお前」


「え? 何で?」


「やっぱり変態やったんやんか! 私、変態と結婚してもうたんやんか!」


「え? え? 何でそうなるん?」


「もうええ! 知らん!」


「えぇ?」


 ……夫婦水入らずのディナーの後、娘達が修学旅行から帰るまでの間、次の子作りを密かに目論んでいた洋子は、せっかく身に着けていたセクシー下着を恨めしく思いながら、健治の飲みかけの缶ビールを奪い取る様に飲み干したのだった…

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