パンツの神様

「お、パンツ見えたで」


「おお、そやな」


 青木と横田は同じ会社の同僚で、今年で40歳になる。しかも二人は同じ中学校の同窓生でもあった。


 今日は会社の慰安旅行の契約の為に旅行代理店の窓口に来ていた。


 カウンターに並んで座っていた青木と横田は、カウンターの奥のオフィスで担当のOLが旅行のパンフレットや契約書などをキャビネットから取り出しているのを眺めていたのだった。


 キャビネットの下の方にある資料を取り出そうとしたのか、会社の制服を着た担当OLが膝を曲げて、揃えた膝をこちらに向けた時に、少しバランスを崩して両ひざの間に隙間が出来た時に見えた、白っぽい下着を瞼に焼き付けながら、二人はそう声を上げたのだった。


 下着が見えたのは一瞬の事だったが、二人はどこかの知らない神様に、心の中で手を合わせて感謝しておいた。


「お待たせしました」


 と資料を持ってきた担当OLが、カウンターで二人と向かい合う様に座り、旅行プランの説明をしてくれた。


 その後何事も無く契約を済ませた二人は店舗を出ると、大通りでタクシーを拾って、会社のある東大阪まで戻る事にした。


 タクシーの中で二人は何となく窓の外の流れる景色を見ていたが、中央環状線に近づくにつれて道路が混雑してきて、タクシーの進みが悪くなってきた。


 そんな中、青木が窓の外に女子高生の集団を見つけた。


「なあ横田、あの女子高生らのスカート、めちゃ短くない?」


「どれ? ・・・ああ、ほんまやな」


「あんな短いと、学校の階段とかでパンツ見放題なんやろな。今の男子高生が羨ましいで」


「・・・青木、お前、女子高生のパンツ見たいんか?」


「いや、別に見たいって事も無いけど、見えたら見えたで『ラッキー』ってなるやん?」


「ああ・・・、それは分かるわ」


「せやろ? 女児であろうとお婆ちゃんであろうと、パンツが見えたら見てまうよな」


「いや、女児とかお婆ちゃんのパンツ見えても嬉しくないやろ」


「別に嬉しくないけど、むしろお婆ちゃんのパンツとか見えても残念な気持ちにしかならんけど・・・、けど見てまうやろ?」


「・・・まあ、分からんでもないかな」


「せやろ。何でか分からんけど、パンチラって見てまうよな」


「・・・まあ、見てまうわな」


「で、何でか分からんけど、若い子のパンツ見えたら、心の中で神様に感謝してまうよな」


「それはそう・・・、っていうか、青木も神様に感謝してたんか」


「そらそうやろ。ええもん見せてもろたんやから、感謝せなあかんで」


「まあ・・・、確かにな」


 横田がそう言った後、青木はノロノロ走るタクシーと同じペースで歩く女子高生の集団を見ながら、

「パンツ見えへんかなぁ・・・」

 と呟いていた。


「青木お前、やっぱり女子高生のパンツ見たいんやないか」


「いや、見たいんちゃうで。俺は神様に感謝したいだけやで」


「何やそれ。っていうか、俺らはパンツ見た後、どこの神様に感謝してるんや?」


「・・・そら、パンツの神様とかとちゃうか?」


「パンツの神様って、どんな神様やねん」


「さあ・・・、パンツ被ってる神様とかちゃうんか?」


「何やそれ。ただの変態やないか」


「・・・確かにな。俺らはいつも、変態の神様に感謝してたんかも知れんな」


「・・・まあ、そうかも知れんな」


 しばらくすると、工事現場で車線規制をしているのが見えてきた。


「ああ、渋滞の原因はこれか」

 そう言いながら青木は、「結局、女子高生のパンツは見えんかったな」

 と残念そうにため息をついた。


「青木、女子高生はカワイイと思って短いスカート履いてるだけで、パンツ見えそうなスリルを楽しむ為に履いてるんやないと思うぞ」


「そうか・・・、まあ、そうかもな」


 やがてタクシーは車線を規制していた工事現場を抜けて、ぐんぐんと加速していった。


「そう言えばさあ・・・」

 と青木が何かを思い出した様に口を開いた。


「何?」


「いや、中学生の時ってさぁ、何でもエロいものに見える事無かった?」


「どういう事や?」


「いや、だから・・・、例えば、アルファベットのWxYを縦に並べて書いたら、女の身体に見えたりとかさぁ」


「あ~、そう言えばそういうのあったなぁ」


「あったやろ? 職員室の窓際に飾ってた植木鉢の、あのちっちゃい木とかもそうやん? あれ、何やったっけ?」


「ああ、ガジュマルな。確かにあれはエロかったわ」


「せやろ? しかも俺、野球部やったやん? 部活の時、いっつもホームベースがパンツに見えてしゃーなかったんよな」


「・・・いや、お前それはおかしいやろ」


「え? いやいや、おかしくないやろ? 横田もホームベース見て『しずかちゃんのパンツ~』とか言うてたやん!」


「いやいや、そんなん言うた事無いし、考えた事も無いで。しかも俺、バスケ部やってんぞ? 一体誰と間違えとんねん?」


「あれ? そやったか・・・、自分の記憶力に自信無くすわ・・・。 もう歳なんかな」


「何言うとんねん。俺らまだ40やぞ」


「そうか・・・、じゃあ誰やったんかな。『しずかちゃんのパンツ~』とかいうアホなセリフが吐けるヤツなんか、そうはおらんと思うんやけど・・・」


「青木お前、そのアホが俺やと思ってたんか? 勘弁してくれよ。俺はもっとマトモな中学生やったと自負してるで」


「そうか・・・、まあ、そう言われるとそうやった気もするな。横田は勉強も出来たしな」


「おう、そうやで。俺をそんなアホと一緒にせんといてくれよ」


「ああ、スマンな・・・」


 しばらく沈黙が続くうちに、窓の外が見慣れた景色になってきたのを感じていた。


「・・・そう言えばさあ」

 とまた、青木が何かを思い出した様に口を開き、「どっかのクラスのアホが、職員室のガジュマルにパンツ履かせてたの知ってる?」

 と言い出した。


 横田はまたも青木がバカな事を言いだしたとため息をついたが、横田の頭の記憶中枢に、ジワリと痺れる様な感覚があるのに気付いた。


(何やこれ、何かの記憶が蘇ってくる感じがするな・・・)


 横田は青木の顔を見返しながらしばらく押し黙っていたが、脳裏に映る、手作りの白いパンツを履いたガジュマルの姿が鮮明になって来るのを見て、自分自身で『記憶のタイムカプセル』を開けてしまった事に気付いた。


「その・・・」

 と横田は小さくつぶやいた後、「ガジュマルにパンツ履かせたの、俺やったわ」

 と言って、小さく笑った。


「え・・・?」


 それだけ言って絶句した青木は、「次の信号の手前で降りま~す」と運転手に声をかける横田の横顔を見て、


(もしかしたら、コイツこそがパンツの神様かも知れんな・・・)


 などと思っていたのだった・・・

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