とある四十路の二人言

おひとりキャラバン隊

同窓会

「おう、高橋! お前、ぜんぜん変わらんなぁ!」

「え? あ、お前もしかして、藤田か?」


 大阪市内のとある居酒屋で、中学校の頃のクラスメイトが集まる同窓会が開かれていた。


 彼等は今年で40歳。


 成人式で顔を合わせた者も多いが、20年ぶりに再会するクラスメイトは皆、年相応に容姿の変化が起きており、男は毛髪がダイエットでもしたのかと思える程に頭頂部の皮膚が存在感を増している者もいれば、髪に白いものが混じっている者も多かった。


 女は化粧でその現実を覆い隠そうとしているが、目尻の小ジワやほうれい線など、隠しきれない年季を刻んでいるのが分かる。


 当時クラスで人気のあった女子、小林洋子などは、成人式で再開した時には既に結婚しており、1歳の子供までいたのを見て驚いたのを思い出す。


 当時のクラスは皆それなりに交流が盛んだったのだが、そんな中でも何故か女子にモテないダサ男というのは一定数いるもので、藤田と高橋などは、その最たる例とも言える二人だった。


 だからかどうか、せっかくの同窓会で当時のクラスメイトが男女共に大勢集ったというのに、藤田は当時の「同志」とも言える高橋に最初に声をかけていた。


「高橋、お前は中学ん時とぜんぜん変わらんから、すぐに分かったで」


「藤田は何か、貫禄があるよな。仕事とか、何してるん?」


「俺? 俺は5年前から自営業してて、中古車の販売とかしてるで」


「ええ? 社長なん!?」


「社長っていう程のもんやないけどな。社員二人しかおらんし。で、高橋は何の仕事してるん?」


「俺は普通のサラリーマンやで。運送会社の倉庫で、物流システムの管理とかしてるねん」


「へえ! けど、なんか高橋が物流とか、あんまりイメージ湧かんなぁ」


「藤田が社長やってるって方が、俺には驚きやけどな」


 他愛もないそんな会話をしながら、ハハハと笑いが漏れる。


 やはり同種の人間というのは、波長が合うのかも知れない。


 そんなこんなでいつの間にか幹事による乾杯の音頭がとられ、藤田と高橋もビールジョッキを手に、


「かんぱーい!」


 などと声を上げて、ジョッキをカチンと合わせ、一気にグビグビと半分くらい空けた。


 成人式で会ってから、これまで連絡を取り合う事も無かった二人だが、同志とはいえライバル意識も無意識のうちに持っていた様で、20年の間にどんな事をしてきたのかが気になる。


 特にうだつの上がらない中間管理職の高橋にしてみると、小さいとはいえ会社の社長をしている藤田に対し、ちょっとした劣等感を感じていた。


(何か、藤田にマウントとれる様な話は無いかな・・・)


 そんな事を考えていた高橋だったが、先に藤田がこんな事を言いだした。


「そういえば高橋、お前って結婚してるん?」


 独身の高橋にとって、この質問は「先手を取られた」という感覚でしかない。


「い、いや。まだ結婚してないで。藤田は結婚したん?」


「おお、結婚してるで。ちなみに、社員の一人は嫁さんやしな」

 と言ってケラケラと笑う。


(け、結婚してるんか・・・。俺なんか、まだ童貞やねんけど・・・)


「へ、へぇ・・・、じゃあ、子供とかもおるん?」


「いや、まだ子供はおらんねん。子作りは頑張ってるんやけど、なかなかうまくいかんのよなぁ」


「そうなんや・・・」


「高橋はどんな彼女と付き合ってるん?」


(ええ!? 彼女がおる前提で聞いてくるん!?)


「あ、えっと・・・、まぁ・・・、普通の彼女やで」


(あああ! 彼女なんか出来た事無いのに! 俺の口が勝手に・・・)


「へえ~、でもまあ、普通が一番やんな」


「う、うん。普通やで、ほんま」


(良かった・・・、この話題はこのまま終われそうやな)


「・・・で、どんな彼女なん?」


(えええ!? この話題、掘り下げるん!?)


「え? どんなって・・・、普通やで」


「いやいや、普通って言っても色々あるやん。高橋って全然女っ気無かったし、どんな彼女と付き合ってるんか気になるやん?」


「いやいや、女っ気が無かったのは藤田もやろ? っていうか、藤田の奥さんこそどんな感じなんよ?」


「俺の嫁さん? へへっ、実は8歳下で、まだ32歳やねん。ウチで車を買ってくれたお客さんやってんけどな。ぽっちゃりしてて可愛いなぁと思って色々サービスした事もあって、その後も色々連絡してくれるようになってな。で、いつの間にか付き合う様になって、3年前に結婚したんよ」


「へぇ・・・」


(8歳も年下なん? めっちゃええやん! ピチピチやん!)


「で? 高橋の彼女はどんな感じなん?」


(うわあ! 追撃してきた!)


「ああ、まあ、なんていうか・・・」


(どうする? どんな設定でいく? あんまり見栄を張って「会わせろ」とか言われても困るし、藤田が興味が無さそうな・・・)


「と、年上の彼女で・・・、ほっそりしてて・・・」

 と言いながら、高橋は会社の事務員の姿を思い出しながら、その容姿を説明するように、「ちょっと前歯が出てて、笑うと歯茎が見える感じかな」


(ど、どうや? ぽっちゃりした年下の奥さんが藤田の好みやねんから、これは興味無いタイプやろ?)


「・・・へえ、写真とか無いん?」


(いやいや、何でそんな興味持つん!? 写真とか持ってる訳無いやん! あ、でも会社の忘年会の時の写真があったかも知れんけど・・・)


「き、今日は写真持ってないけど、家にはあるで」


「そうなんや。でも、年上の彼女かぁ・・・、俺、年上と付き合った事無いけど、やっぱ色々教えてくれたりするん?」


「え? 色々って・・・」


(何で? 何でそんなに年上に興味持つん? だいたい「色々」って何? 夜のテクニック的な何か? エロ動画で見た女優のテクみたいなの想像してるん?)


「色々は色々やん。高橋って見た目も中学ん時とぜんぜん変わらんし、やっぱ年上の彼女やと色々してくれるからかなぁとか・・・違うん?」


「え? あ、うん。まぁ、そんな感じかな」


 いつしか額に玉の汗が噴き出していたのを、テーブルの紙ナプキンで拭き取りながら、高橋はハハハと作り笑いをしていた。


「そうかぁ、年上やと、色んなテクニック知ってそうやもんなぁ。ちょっと羨ましいわ」


「え? そうなん? 年下の奥さんの方が可愛いんじゃないん?」


「そりゃ可愛いけど、これまで年上と付き合った事無いから、やっぱ興味湧くやん?」


(湧くなよ! そんな興味! だけど今、藤田は「羨ましい」って言ったか?)


 もはや社会的なマウントを取られまくって身動きできない状態に陥っていた高橋は、そんな小さな優越感に、不思議な高揚感を感じていた。


「ま、まあ、そうやね。テクニシャンやね。色々なテクニックを駆使してくれるで」


 そう言って枝豆を口に含み、藤田の様子を伺う。


 すると藤田は目を輝かせながら、

「おお! やっぱそうか!」

 と鼻息を荒げて顔を近づけ、「で、どんなテクニックなん?」

 と下衆な笑みを浮かべながらそう訊いた。


(しまった・・・。 余計な事を言ったから、更に話が膨らんでしもた・・・)


 嘘を付けば、その嘘を隠す為に更に嘘をつかなければならなくなる。


 そんな負の連鎖に囚われそうになる自分の愚かさを理解はしつつ、それでもこの話題からどう解放されようかと思案を巡らせる高橋。


 しかし、こういう時ほど良案が出ないのが人生というものなのか、高橋は藤田の興味から逃れる術を知らなかった。


(仕方が無い、ここは、これまで見てきたエロ動画から得た知識で乗り切るしか無いか)


「た、例えば…、騎乗位が凄くて、腰使いがグリングリン激しくて、とかかな?」


「おお! めっちゃ生々しいな!」


(生々しい? これはいい評価なん? 悪い評価なん? もうちょっと激しくしてみるか?)


「で、イク時はガクンガクンするで」


 と高橋が言うのを聞いて、藤田は突如真顔になった。


「高橋…、それは言うたらアカンやろ」


「…え?」


(何で? さっきまで楽しそうに聞いてたやん! エロい話をしたかったんとちゃうん?)


 高橋が額に脂汗を浮かべながら呆気に取られていると、藤田は真顔のまま高橋の顔をまじまじと見つめ、


「高橋…、お前、もしかして童貞か?」


(な! 何でバレたん!? 何が悪かったん!?)


「ど、ど、ど、ど、童貞ちゃうで!」


 高橋がしどろもどろにそう答えると、藤田は深いため息をついてジョッキのビールを飲み干した。


「ほんまに彼女がおる奴は、そんな生々し過ぎる話はせんやろ。お前の話は、なんかエロビデの話っぽいんよ」


(なっ! 何でそこまで分かるんや!? …けど、確かに、ほんまに彼女がおったら、彼女の痴態をベラベラ話すのは不自然か…)


「そうか…」


 高橋は観念した様に肩を落とし、俯いたままボソリとそう声を漏らした。


 それをしばらく見ていた藤田は、高橋の肩をポンと叩き、


「元気出せよ。世の中には童貞が好きな女もおるはずやで」


(何やでやねん! 処女はいわば「攻め込まれた事の無い城」や! 童貞は「攻め込んだ事の無い兵士」やぞ! 処女が好きな男はおるけど、童貞が好きな女なんかおるわけ無いやろ!)


 高橋は心の中でそう叫びながら、自分の身体がワナワナと震えるているのを感じていた。


(俺かて誰でもいいから抱いてみたいんや! けど、風俗とかお金かかるし一人で行くの恥ずかしいし、バレたら会社でバカにされそうやし…)


「なあ、高橋」


 という藤田の声で我に返った高橋は、ハッと顔を上げて藤田を見た。


(まだ何か言いたいんか? 俺より優れてる事をまだ見せつけたいんか?)


 そんな疑念を持って藤田を見ていた高橋だったが、藤田からの、


「今から一緒に風俗行かんか? 俺が奢ったるし」


 との言葉に、身体中が軽くなる気がした。


「え、ええの?」


「ええよ」


「…な、何で?」


「何でって…、親友が童貞で困ってるのに、放っておけんやろ。それとも、同窓会に来てる元クラスメイトの女子の方がええか?」


「い、いや…、それはちょっと…」


「せやろ? 俺かて、中学の時にハメ外してた連中には苦手意識あるからな。そもそも、俺の初体験も風俗やったしな。まずはプロのおねーさんにお世話になって、晴れ晴れした気持ちでリアルに彼女を作ればええと思うで」


(さ、さすが会社の社長をするだけの事はあるな。説得力がハンパ無い…)


「で、どうする?」


 という藤田の問いに、高橋はその場でテーブルにくっつく程に頭を下げて、


「連れて行って下さい」


 と言ったのだった。


 その後の事を高橋はあまり覚えていなかったが、同窓会の幹事に藤田が何かを話して、会費を2人分払い、俺を連れて店を出た事は何となく覚えていた。


 風俗では藤田と別々の部屋に通され、30歳位の風俗嬢に、めくるめくサービスをしてもらい、自分が童貞を卒業したのだという実感も湧かない内に、制限時間を迎えていた。


「どうやった?」


 という藤田の問いに、


「…うん。良かったけど、なんか…、ほんまに彼女が欲しくなった気がするわ」


(そう、確かに気持ち良かったけど、30分とか短か過ぎるわ。それに、セックスだけじゃなくて、もっと一緒に居たかった…)


 何となく身体中に残る女の体温や肌の感触が、高橋にそう思わせたのかも知れない。


 店の外の風俗街を歩きながら、藤田は高橋のスッキリしない横顔を見て口を開いた。


「現実社会は大変やけどな、それでもそれなりに幸せを感じれる事はあるもんや。俺らはまだ40歳。人生まだ半分しか生きて無いやろ。これから人生の後半戦や。後半の人生を楽しく出来たら、俺らは人生の勝ち組やろ」


「…人生の後半戦か。確かに…」


(そうや。まだ人生は半分しか生きて無い。残りの半分を楽しく出来ればええやんか)


「ありがとうな」


 高橋の口からは、そんな言葉が自然にこぼれていた。


「大した事あらへん。気にすんなや」


 そう言う藤田が、高橋にはとても大きな存在に見えた。


(これまでの20年でこんなに差がついたんや。残り40年あれば、俺もこれくらいにはなれる筈やな!)


「ああ、せやけど、やっぱり色々ありがとうな」


 そう言う高橋の顔は、どこか自信が満ちている様に見えた。


 藤田はそんな高橋を見て、頷きながら肩を叩いて笑った。


「おう、どういたしましてやで。また嫁に内緒で風俗行きたくなったら連絡するわ!」


「え、そんな理由で俺を誘ったん!?」


「そらそうやろ!」


 そうして二人はゲラゲラと笑いながら風俗街の出口に向かって歩いていたのだった。


(俺は藤田のおかげで童貞を卒業出来た。けど、そんな事よりもっと大切なものを貰った。それは、言葉であり、価値観であり、人生の道標や。)


「ほんまに、今日はありがとうやで」


 何度も感謝の言葉を述べる高橋に、藤田は、

(ほんまに童貞を捨てれた事が嬉しいんやろな…)


 と、高橋の想いとはぜんぜん違う事を思っていた。


 そんな四十路男が二人、夜の街から帰路につくのだった…

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