第25話 エピローグ
そういうわけで、私は再びもといた世界に戻ってきた。
はや一年がたち、その間にもいろいろなことが起こった。私をビルから突き落とした尾崎はまだ刑務所の中。尾崎の妻に訴えられたが、裁判には私が勝った。それにプロの脚本家になったのだ。
今日はバレンタインの日。お家でみかんを食べながら「ビフォア・サンライズ」を鑑賞していた。
旅行中、ウィーンで出逢った男女が意気投合して、夜明けまでの時間を人生や哲学、恋愛など様々なことを率直に語り合う恋愛映画だ。ほとんどが会話で大した事件は起こらない。ウィーンの街並みももちろんキレイだ。が、主演女優のジュリー・デルピーは劇中のセリフにあるよう、まさに「ボッティチェリの天使」みたいな美しさだ。ルネサンス期の絵画の聖母マリアみたい……
ぼんやりと微笑んで画面に見入ってると、玄関がガチャリと開く音が聴こえた。ゆうまが来たのだ。みかんの酸っぱい匂いの充満しているリビングに入ってきて、ローテーブルにみかんの袋を置いた。
「ありがとう。みかんだ!」
私がはしゃいで言う。
「あの、しゃべってばっかりの映画みてるの?」
ゆうまの口調はちょっと不審げだ。
「唯一無二の傑作だよ。たしかに何も起こらないけれど……」
まあ、たしかに哲学とかの話が始まったら私だって退屈するし、わけわかめだけどさ。
二人で家を出た。デパートに行ってうっとりするようなチョコを買うのだ。街はハートやらチョコレートの広告やらで満ち満ちている。
お目当てのついでに、赤のこっくりとした色味のセーターを買った。
デパートであれやこれやのぞいていたら、いつの間にか日が暮れていた。手を繋いで、他愛のないことを話しながら歩く。カフェに入り、カプチーノを飲んだ。深夜のファミレスでハンバーグを食べ、安物のワインを飲む。
「今度詩集を出す」
ゆうまが言った。
「詩集?すごいじゃん。かいてるなんて知らなかった!」
不意に遠い昔の記憶がよみがえった。宮廷に吟遊詩人。それに私の、いや、クリステンが愛した夫。
すべて置いてきてしまった。特にエドワードのことを思うと、胸が苦しくなる。
この世界では関係ないのだ。私には恋人がいて、脚本家としての生活がある。それに、平凡であるが、化粧のしがいのある顔立ち。
結局これでよかったのだ。いつかエドワードとめぐりあうことがあるのかもしれない……
[完結]ペガサスとすみれ色の瞳の乙女 緑みどり @midoriryoku
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