第24話 白い鹿を追って

 それから5年後、私とエドワードは晴れて国王と王妃になった。安心して。前王が崩御ほうぎょしたわけじゃないから。ディビッド国王はこれで息子に国を任せられる、と退位を決めたのだ。


 白い空の下、バルコニーに出ると歓声がわいた。私たちは大きなサファイアの王冠をかぶり、国民に手を振る。歓声がいっそう大きくなった。


「信じられないわ」

 私が満面の笑みを浮かべて言う。


 本当に信じられない。この私が王妃になるなんて。宮殿の庭園だって好きなように変えられるのだ。


 最近ハマっているのは庭園の一部を国民に開放して、ご馳走を並べること。豚の丸焼きや巨大なさくらんぼのプリン、泡立つビールやらなんやら。もちろん誰が食べてもいいのだ。国境をこえてやってきた行商人や乞食でも、高窓の令嬢でも!

 かかる費用も手間も莫大なものだけれど、かまわない。だって私は王妃で、それができるんですもの。


「こうしたら信じられる?」

 彼はそう言うがはやいが、私にキスしてきた。


「ええ、信じられる」

 にっこりして言う。

「そういえば、この近くの森に白い鹿が出たんですって。それもとっても大きいのが。信じられる?」


「この目で見て仕留めないと。もう狩猟の季節だ」

 目の奥に炎がともった。彼は狩りに目がないのだ。


「森の奥に入って姿を確かめるだけでいいわ。白い鹿の剥製を寝室に飾ろうなんて欲深いこと考えたら、ばちが当たるでしょう?」

 微笑んで、彼の腕に触れる。

「でも、狩猟には行きたいわね」


「今度行こう。ばちが当たるって?」


「鹿に手を下したら、代償が必要になるわ。白い鹿には森の精霊がついてるもの。あなたの大切な存在が消えてなくなってしまうわ」


 私たちはバルコニーからひんやりと涼しい室内に戻った。快適な部屋だ。薔薇の花もようの長椅子があり、果物やお酒ののったお盆があり、ベッドがある。ベッドの上には本が置いてあった。「よき王と民衆の声—よりよい世界とは何なのか」という題名だ。


「じゃあ狩りもやめよう。君がいない世界なんて考えられらないから」

 エドワードはそう言ってウィンクしてきた。


「ナターシャなら大喜びで賛成するわ。狩猟に参加するって言うたびに怒るんですもの」

 ふざけて言う。

「5年前の落馬事故のこと、まだ引き合いに出してくるのよ」


「あれは僕のせいだった。まあ、でもナターシャだって機嫌がいいから怒らないはずさ。なんたって新婚だもの」


 ナターシャはジミーと結婚したのだ。ジミーはエドワードの従者から騎士になっていた。

 いわゆる授かり婚らしい。


 私は二人のことを考えると、少し暗い気持ちになる。喜ぶべきなのに。


 結婚から5年もたつというのに、子どもができなかった。エドワードは前と変わらない態度で、子どもができなくてもかまわない、と言ってくれる。それよりも君を愛してるのだから、と。


 でも、私には不十分だった。彼に申し訳ない。エドワードは子どもをもってしかるべき人なのだ。私は彼を愛してた。だから余計苦しい。



 紅葉の秋、私たちは森の奥深くまで馬を走らせていた。赤やオレンジの葉をふみしだくのは心地いい。エドワードと私、周りには従者も宮廷の人たちもいなかった。白い鹿を追って遠くまで行き過ぎてしまったのだ。


「ああ、ツノが見えたわ!」


 木の間に鹿の白い毛並みが見える。私は夢中になって手綱を握りしめた。


「まるでツノを暖炉台に飾りそうないきおいだ!欲を出したのかい?」

 遅れをとったエドワードが後ろからからかってくる。彼は念願の白い鹿にであえたというのに、ひょうひょうとしていた。


「もうちょっと見ていたいの」

 私が叫ぶ。


 鹿は軽やかに前を走ってゆく。とびはねていた。いつまでも見ていたい。


「僕は鹿を寝室まで連れ帰るつもりさ!白い鹿に恋しちゃったんだよ!君ものったかい?」

 エドワードがおちゃらけた。


「いやよ。私をさしおいて寝室に連れ込むの?」


 視界の端に倒木があるのが見えた。馬と共に飛び越えようとする。


 が、我が愛馬は見事にバランスを崩し、私は地面に投げ出された。


「クリステン!」

 エドワードの声が聴こえる。


 頭がガンガンとした。きっと打ちつけたのだ。


「クリステン、大丈夫か?クリステン……」


 彼の声も視界も薄れてゆく……


 エドワードは必死になって私を起こそうとしたけれど、無駄だった。

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