第17話 犬とくじゃく

「それでクリステン、エドワードとはどうなの?」

 ソフィアは鏡の前に立って、お針子たちに服を仕立ててもらいながら、私にたずねた。


「エドワード様はそれは寛大で頭のよい方ですわ」

 堅苦しく答える。


 部屋は何十種類もの洋服の生地、色とりどりの靴で埋まっていた。まるい形をした、赤色の靴はなかなか可愛い。コロンとしたデザインがキャンディーみたいだ。それに十数個の髪飾り、すべてパステルカラーだ。これは私のために用意したものらしい。


「もちろんエドワードはそうでしょうよ。そうなるように教育したのですから。問題はあなたたちですよ。あなた達夫婦がどれくらい上手くやっているか、ということです」


 私は凍りついて、血も涙もないソフィア王妃を見ていた。この人は、私たちの寝室の中まで見通せるのだ。


 レベッカが去った後も、私たちには、そういうことは起こらなかった。


「エドワードはこの国の跡継ぎです。そういう人の妻となったのだから、あなたも義務は心得ているでしょう?もし夫婦仲が上手くいっていないのなら、何としてでもエドワードをその気にさせなければなりません」


 ソフィアの言葉は心にズシンと重くひびいた。私がなんとかしなければならない。だが、夫が私になんか興味がなくて振り向いてくれないのだとしたら、どうすればいいのだろう?エドワードは私に触れようともしないし、夜にはベッドから抜け出してどこかへ行ってしまう。


 宮廷での人づきあいは気が重かった。例えば、女同士、飼い犬に絹のガウンを着せ、ルビーのティアラをかぶせて散歩に出る。一面ピンクのダリアの咲く、庭園にだ。微笑んで、宮廷の女友達と肩を並べる。傍目はためには、心華やぐ素敵な午後の散歩に見えるはずだ。チワワのシェリーはとってもかわいいし。


 でもそんなのは見せかけだけ。私がその場を離れると、すぐ陰口が始まるのだ。


「今日のドレス見たかしら。まるで孔雀みたい。派手すぎるわ。たしかに美人だけど、あの人にはセンスってものがないのよ。レベッカは違ったわね。おしゃれで人を惹きたてる力があって。だから、エドワード様もクリステン様を嫌っているのよ。でしゃばりで、なんにもわかってないんですもの」

 

 これがさっきまで腕を組んでいた女友達のセリフだ。


「それに不感症なんですって。王太子様もお気の毒に」

 別の女友達が言う。


「不妊だっていう噂よ。ああいう髪の色の女はちゃんとした子どもを産めないの」


「あら不妊?銀髪だから?私の聞いた話じゃ、紫の目の女は魔女だそうよ」


「魔女な上に不妊?王妃様もとんでもない女を捕まえたものね」


「お金に目がくらんだのよ。あの一族は強欲だから」


 話は王太子妃の悪口から王妃の悪口へと変わった。これでやっと彼女たちのところへ戻れるのだ。


 

 一度、エドワードと話し合おうとしたこともあった。


「ねえ、この状況はよくないわ」

 お互いベッドに入ってから口を切った。


 エドワードが本を閉じてこちらを見る。


「どういうこと?」

 彼がたずねた。


「私たち夫婦の状況よ。つまり……」

 言おうとして言葉につまる。


 ちょっとセンシティブな内容だ。


「クリステン、わかってるよ。君にあのことを無理強いしたりしない」


 話はそれっきりになった。エドワードにうまい具合にはぐらかされて、気持ちがくじけてしまったのだ。


「ねえエドワード」

 私はベッドのなか、ものすごい眠気をおぼえて言った。


 エドワードがこちらを向く。おもしろそうな顔をしていた。


「宮廷に孔雀っていた?」

 くだらない質問をする。


「ああ、いるよ。庭でないてることもある」

 彼はまた、手に持っていた本を閉じた。


「朝、クェーって鳴いてるのは孔雀ね。あれってすごい鳴き声。けたたましくて、カラフルな羽なんか見せつけて。少なくとも、鳴き声には優美なところなんてないわね。喧嘩なんて強いでしょうけれど。あんな変な声が出るんですもの」

 クスクス笑いながら言う。


 眠りにつく直前、なんでも面白おかしく思えた。幸福で、心地よくて、もの悲しいような。


「そうだね。でも、どうして孔雀なんか気にし始めた?」


「宮廷の女性たちにそう言われたのよ。もちろん、悪い意味じゃなくて、私の服装を褒めてくれたの。お世辞でしょうけど」


「変だなぁ。そんなことで笑って」


 エドワードがそう言った時には、私はもう夢の中だった。



 だけど、夫婦の寝室でのことは笑い事ではなくなってきた。子どもを産むよう、プレッシャーがかかってくるのだ。私はもう一度、ソフィア王妃に呼び出されて脅された。それなのにエドワードと私は不毛そのものだ。


 不意に婚前契約のことが頭に浮かんだ。あの契約は立ち消えになってしまった。でもエドワードと話し合ったら、姑と私たちの不毛な寝室から逃げられるかもしれない。領地といくらかの自由。それさえあれば……


 だが、エドワードは私が宮廷から去ることも、私名義の領地も許可してくれなかった。


「どうして?そんなにも私が憎い?」

 私は思わずそう言った。彼をなじらずにいられなかったのだ。


「クリステン、これは君の義務なんだ。僕らの義務だ」

 エドワードが厳然として言う。


 でもエドワード、あなたは私を抱こうとしないじゃないの。ろくに顔を合わせることもない。それだって、あなたの義務なのに。


 彼のことが好きだった。だからこそ、遠く離れたところに行って、忘れてしまいたかったのに。

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