第18話 白鳥と湖
夜寝る前に思うのは、どうしてエドワードはこんなにも完璧な寝顔なのか、ということ。朝起きていちばんに思うのは、どうして一人のベッドがこんなにも寂しく、身に
うぐいすの鳴き声がした。ベッドは広く、シルクのネグリジェは肌にやわらかい。テラスから爽やかな風が吹いている。素敵な朝だった。
ベッドの中でもぞもぞしていると、寝室の扉が開いてナターシャが入ってきた。ベッドごと吹き飛ばしてしまいそうな荒々しさだ。
「お嬢さま、早く起きてください!今日は王太子様の催し物ですよ」
ナターシャが毛布をひっぺがして言う。
「ああ、ナターシャ。平和な朝だったのに!」
ブツブツもんくを言いながらベッドを出た。やわらかな肌触りの毛布が恋しい。とても、ものすごく!
ナターシャはちょっと顔をゆがめ、口をすぼめた。何か皮肉を言いかけてやめてしまったらしい。ひとりぼっちで寝ている私に、あのナターシャが、あの皮肉屋のナターシャが同情してくれたのかもしれない。
「でもなんでエドワードは祝宴なんか開くのかしら?なんのお祝い?」
あくびを噛み殺しながら言う。
「お嬢さまの誕生日のお祝いですよ」
「へえ、それって変ね。私、夏に生まれた記憶はないのに。真冬の雪の降る日に生まれたのよ。道路なんか凍りついちゃってね。危うく自宅出産になるところだった……」
ネグリジェを脱いで、薄い生地の下着を着せられた。コルセットで胴をぎゅー、ぎゅーっと締め付けられる。一瞬、ナターシャに殺されるのではないかと思った。
コルセットは殺人的な道具だ。でも、効果だって素晴らしい。鏡を見ると、見事なくびれができているのだ。
「とにかく、お嬢さまの誕生日は今日なんです。遅刻は厳禁ですよ」
ナターシャが口うるさく言う。
宴は素晴らしかった。湖に、白鳥のひくボートを浮かべた水上パーティーだったのだ。夜になると花火が上がり、湖面が暗い洞窟の中の水晶のように輝く。私たちは召使いに舟を漕ぐのをまかせ、お互いを見つめ合っていた。ハープの音色が水面をすべってゆく。
彼と別居して独立しようとしていたことなど、忘れてしまいそうだった。
「白鳥と湖。素敵ね。うっとりしてしまうくらい……」
初めて会った日のことを思い出した。あのダンス、庭園でのエドワードの怒った顔。デズモンドと向かい合ったときの恐怖。それに彼がした質問!
あの日、好きな音楽を聞かれたので、彼に「白鳥の湖」と答えた。エドワードは覚えていたのだ。
気がつくと、私たちはキスをしていた。後悔しても遅い。
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