第15話 寝室の隠し扉

 エドワードとは夕食のときにしか顔を合わせない。それも義両親をまじえての食事だ。新婚の夫とは、まともな会話さえしていなかった。それってちょっと悲しい。


「この結婚を承諾したのは失敗だったかしら」

 ナターシャに髪をといてもらいながら、ぼやいてみる。


「どうとでもおっしゃってください」

 ナターシャはピシャリと言った。

「失敗かどうかなんて、関係なかったんですから。あのまま伯爵夫人の屋敷にいたら、また危ない目にあっていましたよ」


「エドワードは私を愛してないのよ」


「お嬢さまもですね」

 またまたナターシャのイヤミ。

「もう結婚はしてしまったんです。つべこべ言わないでください」


「ナターシャ、あなたってなんて優しいんでしょう!もう取り返しのつかないことをしてしまったってことはわかってるわ。それなのに追い討ちをかけるようなことを言うなんて!」



 真夜中、不意に目を覚ますと隣にエドワードはいなかった。体を起こして、正面の絵画を見つめる。馬に乗った男の人の肖像画だ。ちょっとナポレオンのあの肖像画に似ていた。昼間より絵がゆがんでかかって見えるのは気のせいだろうか。


 手燭しゅしょくをもって肖像画に近づいた。恐る恐る絵に触れる。肖像画がギーっという不気味な音を立てて動いた。


 なんと、肖像画が開いたのだ!

 肖像画が開く、なんておかしい表現だってわかっている。でも本当に開いたし、その先には明かりのともる廊下が続いていた。


 私は床下の宝箱を見つけたような気分になって、廊下を進んだ。

 薄暗い廊下を抜けた先には、しゃれた扉と部屋がある。わずかに開いた扉のすきまから、煌々と明かりがもれていた。部屋の中から男女の声がする。


 私は息をつめて廊下に立っていた……


「エドワード、こっちに来て。私の愛しい人」

 女の声が言った。

「疲れているのね。無理もないわ。あんな冷たい、傲慢な人が妻になったんだもの。可哀想なエドワード……。私が慰めてあげるわ」


 男が女にキスする。私は狼狽ろうばいして、ただ廊下に立ち尽くしていた。


「レベッカ。君を愛してるんだ。僕を信じてくれるね?君への愛に偽りはないんだ。クリステンとの結婚は僕らの絆を変えたりしない。彼女を抱いたことはないし、これからも抱かないつもりだ」


 視界がゆがむ。胸が苦しくなった。

 もちろん、これは予測できたことなのだ。エドワードが愛してるのはレベッカであって、私ではない。それにレベッカだってエドワードが他の女と結婚したからと言って、身を引くような女じゃないだろう。


 わかっていたことなのに、ショックだった。知りたくなかったし、レベッカの顔なんて二度と見たくない。


 肖像画は隠し扉だったのだ。こうして宮殿の建築以来、長い間、何人もの正妻たちの目を欺いてきたらしい。悲しいかな、私の目はあざむけなかったけれど。


 

 結局、レベッカと鉢合わせするのを防ぐことなんてできない。できるだけさりげない風を装ったけれど、レベッカは女の神経を逆撫でするのに長けていた。それに、夫と愛人の噂は風よりも早く広まり、宮廷の物笑いの種になってしまったのだ。


 私は質素な暮らしをし、孤児院や病院の設立にのめり込んでいった。貧困は深刻な問題だったし、あの人たちは私を必要としてくれている。エドワードや宮廷の人たちとは違った。


 レベッカはこれ見よがしに散財を始めた。ついに念願の私の持参金が手に入ったわけだ。悪趣味で、横暴ともいえるほどの散財ぶり。プールほどの大きさの牛乳風呂や、派手なパーティー、部屋いっぱいに積まれたドレス。

 レベッカが憎かった。


 ある朝、夫婦の寝室で着替えていると、不審な物音がした。ゴトゴトという騒々しい音、クスクス笑いに高笑い。肖像画が揺れてパカっと開いた。


 レベッカが部屋に下着姿で侵入してきた。アルコールのひどい匂いがする。酔っ払っているのだ。私もナターシャも呆気に取られて見つめていた。


「まあ、なんてこと」

 ナターシャの腕をつかんでつぶやく。


「なんてひどい」

 ナターシャも街角の浮浪者を見るかのようにレベッカを見ていた。


「レベッカ!」

 もう一人、肖像画から飛び出してくる。


 私の夫、エドワードだ。声を荒げ、走り回るレベッカの肩を無理やりつかんだ。


「レベッカ、君はなんて人だ!ここは夫婦の寝室なのに」


 それ以来、宮廷でレベッカの姿を見かける者はいなくなった。レベッカは私を侮辱しようとして敗北したのだ。

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