第14話 結婚するしかない
エドワードは私を馬車に乗せてジョージアナ・ハワードの屋敷を後にした。
長い旅路のあと、馬車は裏門から宮廷に入った。エドワードは何も言わずに私を宮廷の一室の、涼やかな部屋に連れていく。二人っきりだ。
使われていない客室のようだった。シンプルな木製のベッドに花柄の肘掛け椅子、白い麻のカーテン。銀の水差しはホコリをかぶっている。
彼は扉を閉めてこちらに向き直った。私は窓の前に腰かけた。段上になったそこには、クッションが置かれており、座れるようになっていたのだ。
「君の妹がレオ・カーンリーのところに嫁入りしたって?」
エドワードがたずねる。
「ええ、カーンリーの妻はみんな、結婚してから二ヶ月以内に死んでるわ。あの人に殺されてるの。本当のことなの。私のことを幽閉したりしないで」
力なく言った。
「デズモンドのことは?君と結婚しようとしたって本当か?」
エドワードは真剣な顔つきをしている。
「そうかもしれない……。領地の森の中で兄と一緒に彼と会う約束でした。でも、兄は私をデズモンド・ダンカレルのところに置き去りにしたんです。チェスターはデズモンドに借金を払うかわりに私を引き渡したのでしょう」
「クリステン、なぜ彼と会ったんだ?なぜチェスターを信用した?妹を妻殺しに売るような男なのに」
「私も兄と取り引きしていたのです。あなたとの婚約を解消してもらうよう、お願いしていました。でもあんなことになるなんて……」
沈黙が訪れた。また彼を怒らせてしまった。自分の方から婚約破棄するなんて、王太子にすることではない。
「今夜結婚しよう」
私はポカンとしてエドワードを見つめた。今夜結婚するなんて無茶だ。お互いのことだって知らない。王室の婚礼なんだから、もっと盛大に挙式しないといけないだろう。あまりに無茶だ。それにあんなにも憎んでいた彼が、なぜ私と結婚しようとしているのかわからない。
「クリステン、君は特別な人なんだ。デズモンドから身を守るには僕と結婚するしかない。アイザイヤの予言の書のことを聞いたことがあるかい?」
エドワードが言う。
彼は話し相手のマヌケ顔にもお構いなしに、話を進めようとしていた。
「知ってるわ。デズモンドから、と言うよりも、ナターシャから聞いたもの。私が予言の乙女だというのね?」
「そういうことだ。デズモンドはそう信じてる。君だってデズモンドに怖気付いてるはずだ」
「じゃあ、私の言うことを信じてくれるのね?」
「ああ、信じる」
結局、私にはエドワードが本当に信じてくれたのかはわからない。彼にも彼なりの思惑があるのだろう。とりあえず、花嫁を幽閉するなんてことはなさそうだけど。
婚礼は国王夫妻と新郎新婦、司祭、それから数人の参列者だけの質素なものになった。
国王もエドワードと私の落ち着いた様子に安心したようだ。王太子がクリステン・エスティアーナとの婚姻のことで、父親に反発していたのは周知の事実だった。
夫婦の寝室には二人だけで入るものと思っていた。でも違った。証人がやってきたのだ!なんの証人がというと、新婚の夫婦がちゃんの初夜を済ませたか、確認するものだ。彼は役人気質の几帳面そうな人だった。こんなの明らかに気まずいはずなのに、気まずいところなんか、おくびにも出さない。ベッドの薄いカーテンごしに私たちを見張っているらしい。
あんまりにワイルドだ。ワイルドすぎる。知らないおじさんに見張られながら、知らない相手と初夜を過ごすなんて。想像するだけで体が震えた。
「クリステン、初夜を偽装するんだ」
彼はベッドに入ると私の耳元でささやいた。
「偽装?」
小声で聞き返す。
「最後までする必要はない。あの役人さえだませたら」
きっとレベッカのためだ。彼女に忠実でいたいのだろう。でも、彼はそんなにも私のことを、抱けないほどに、私のことを……!
「ええ。これって悪趣味だもの」
私がそう言うとエドワードはニヤリと笑った。
目を閉じて、彼が服を脱がせるままにした。肌が触れ合った。裸の熱い肌が。彼の息遣いが聴こえる。彼が私の身体を愛撫した。ベッドに押し倒される。目をかたくつぶった……
翌朝起きると、彼はもう寝室にはいなかった。メイドがやってきて、水を飲ませてくれる。窓が開いて、薄いカーテンが揺れていた。一抹の寂しさが体の奥底に残っている……
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