Seq. 24

「先輩、いきますよー」


 放課後の武道場でリンが木剣を構えた。

 僕はすでにリーゼを展開している。


「いつでもいいよ」


 その合図で扇形の波動、「弧光刃」が放たれる。

 リーゼで迫りくる刃をとらえ、すぐに抹消する。

 矢継ぎ早に飛んでくる刃を一つひとつ確実にとらえて消し去る。


 これがアンドリューさんの「光一閃」対策だ。

 光弾は一度に1発しか撃てないので複数同時にとらえる必要は全くない。

 脅威となるのはその連射速度で、次々に撃ち込まれる光弾を瞬間的に処理しなければこちらの動く隙がなくなってしまう。

 だから、光弾をリーゼでとらえること、そして支配した光弾という湧能力を抹消すること、この流れを反射的に行えるように身体に覚えさせることが攻略の糸口になる。


 そのハズだった。


「ストップ」


 言いながら手を挙げてサインを送る。

 リンはすぐに止めてくれた。


「なんかマズかったです?」

「いや大丈夫。ほかに試したいことがあったから」


 正直あの光弾の速度は想定外だ。

 あんなものを連続で打たれたら秒で試合が終わりかねない。

 なんとかして速度に慣れておきたいところなのだけど。


「波動の速度って、もう少し上げることができないかな?」

「速度っすか? はい、ちょっとやってみます」


 試しにリンが弧光刃を何度か放つ。

 どうやら威力と連射性能を犠牲にすれば速くできるみたいだ。


「ほかはいいから速度だけを限界まで上げてみて」


 僕の指示通りに放たれた刃は、今朝の光弾と負けず劣らずな速さを出ていたと思う。


「うん、いい感じ。次からはそれでやってもらってもいいかな」


 そうして光弾を処理するための特訓を再開した。

 飛んでくる刃の威力はほどんどないので当たっても痛くないけれど、リーゼでとらえることは全くできていない。


 目で追うのは不可能だ。感覚をリーゼに集中させないと……。


 刃がリーゼに触れる感覚に意識を向けていく。

 うっすらだけどわかる。前方に広げているリーゼの中に刃が飛び込んでくる瞬間が。


「ここだ!」


 その感覚だけを頼りに捕捉を試みる。

 刃をとらえた手ごたえをたしかに感じた。


「できた……」


 不可能ではないことを証明できた安堵で足の力が抜けた。その場に尻もちをついてしまった。

 息をついたところで声をかけられる。


「よぉ、調子はどうだ?」


 やってきたのはコルム先生だった。


「まあぼちぼちって具合です……」

「そうか、で、勝算はどれくらいだ?」


 先生に問われて考える。


 反射的に光弾を抹消する癖はすでについてある。

 とんでもない速度をとらえる感覚も、あと3日あるなら身に着けるには十分だ。

 あとはこれらを実戦でどこまで扱えるかに掛かっているという感じか。


 光一閃には瞬間移動のような使い方もあるけれど、わざわざ僕の懐というリーゼの圏内に入るような真似はしないだろう。

 逃げに使われると厄介だけど、危険視するほどではない。


「楽観的に見て5割ってとこですかね」

「おいおい、そこはちゃんと10割にしねぇとダメだろぉよ」


 茶化されても心が乱れることはなかった。


「大丈夫ですよ。たとえ勝算がゼロだったとしても僕は勝ちます」


 もう決めたことだから。

 アンドリューさんに勝利し、僕が世界最強になるんだと。


「勝たなくちゃいけない理由ができたんです」

「ほぅ……」


 コルム先生が興味深そうに目を見開いて僕を見てくる。

 その目をただじっと見つめ返した。


「いいじゃねぇか。その意気や良し!」


 僕の胸に握りこぶしをそえて言葉を続ける。


「あいつに勝つために、俺が直々にアドバイスをしてやろう」

「は、え、いいんですか? 放任主義じゃないんですか」


 この人がこんなことを言い出したのが珍しすぎて驚いた。

 アドバイスだなんて初めてで、おかげで真剣な気持ちが引っ込んでしまう。


「あいつを負かすためなら話は別だ。その代わり、絶対に勝てよな」


 そう言って強く肩を叩かれた。

 なんだろう。アンドリューさんに恨みでもあるのだろうか……。


「お前のアレ……なんていったか、あのりゅーぜ? みたいなヤツ」

「たぶんリーゼですね」


 竜殺しと混じっていないかな、それ。


「あーそうそう、それだ。そのリーゼの使い方、お前はどこまで理解している?」


 リーゼは黒い靄で対象をとらえることでその対象を自在に支配する能力だ。


 記憶している内容をそのまま答えた。


「その『対象』ってなんだ」

「えっと、物体、人とか魔物……あと湧能力で生成されるエネルギー的なものもですね」


 最後のは「弧光刃」の刃や「光一閃」の光弾がそれにあたる。


「お前の惜しいのはそこなんだよ」


 先生が腕を組んで天を仰ぐ。

 絶妙に腹が立ちそうになる振る舞いだ。


「その『対象』の範囲をもう少し考えてみろ。それがわかればあいつにも勝てるはずだ」

「はぁ……」


 もっと詳しく話してくれてもいいと思うのに、それだけ言ってコルム先生は去っていってしまった。


「『対象』の範囲かあ……」


 自分でも同じように口にしてみる。

 役に立つような立たないような中途半端なアドバイスだったなぁ。

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