Seq. 12
「おはようございます」
週明け最初の日、学園の正門をくぐったところに声を掛けられる。
「あっ……」
「おはよう、エリーちゃん」
僕が口ごもる横でピアスは挨拶を返す。
「あの、エクシイ先輩。何か私の顔に付いてますか?」
「ごめん、何でもない……」
特に違和感のない態度が、今まで通りでいたいというエリーなりのメッセージなのだろう。
あれ、今まで通り……?
「いや違和感大ありじゃないか!」
「おぉっ、ビックリした……。いきなりどうしたんですか」
「す、すいません」
思わず大声を出してしまい頭を下げる。
いつもなら平気で死角から突き飛ばしてくるエリーが普通に挨拶をしている。それにようやく気がついた。
これからは僕とはこのくらいの距離を保ってくれるのだろうか。
「まあいいですけど。私はこれで失礼しますね」
そのままエリーは校舎の方へ去っていった。
なんにせよ、エリーとまだ友だちでいられることに僕は安心していた。
◆◆◆
昇降口まで行くと今度は別の人物とバッタリと出会った。
「あれ。おはよう、ミロ」
「エクシイじゃない。ごきげよう」
ちょうどよかった、とミロがこちらに寄ってくる。
「さきほど申請を提出してきたわ。今日の午後には話がいくと思うけれど、試合よろしくお願いするわね」
ミロの言う試合とは、湧能力を使った殴り合いに近い戦いをして優劣を競うものだ。
ここ最近のミロは1人での鍛錬に励んでいたみたいだけど、ようやく準備が整ったらしい。
「はは、了解だよ」
久しぶりの試合ということで、自身の内からあふれ出す昂ぶりを噛みしめる。
ミロが相手なら湧能力の全力が出せるのでいい特訓になるんだ。
それに、試合なら命のやり取りもないというところも救われる。
「エクシイには悪いけれど、今回ばかりは勝たせてもらうわ」
「望むところだよ。僕も負けるつもりなんてないからね」
2人でコツンと拳を合わせたあと、ミロは階段を上っていった。
「嬉しそう、エクシイ」
後ろで様子をうかがっていたピアスがほほ笑みかけてくれる。
「そうだね。ミロとは戦うたびにお互いが強くなっていることを実感できるから」
「ちょっとうらやましいな」
どうして? 僕はそう聞きたかったけれど、その前にピアスが階段に足をかけて言った。
「ほら、早く教室に行こ?」
「そうだね、行こう」
階段に上る間際、ピアスの表情が曇って見えたのは勘違いだったかもしれない。
◆◆◆
午後の湧者教練の開始時刻が少し過ぎた頃、正門前にやる気を微塵も感じられない声が響く。
「うーし。竜殺し部、出席確認すっぞー」
相変わらずぼさぼさの髪に手を突っ込みながら出席簿片手にコルム先生がやってきた。
「ちゃんといますよ」
「はいよ、エクシイ出席っと」
いつもならそこで終わりになるけれど、今日はまだ話が続く。
「そんで、練習試合の申請が届いてるみたいだな。相手は……まあシワード嬢だろうな」
申請用紙を取り出して先生が内容を確認する。
「試合日は明後日、場所は第三グランドだ。問題ないか」
「はい、承認でお願いします」
「そんじゃこの話は終いだ」
話が終わったので学園の散歩に向かおうとする。
「おい待て、どこ行くつもりだ」
「えっ?」
まさか、今呼び止められた?
「まだ話があるんですか?」
「お前、前に強くなりたいって言ってたよな。その理由を教えろ」
たしか入学して最初の湧者教練の時にそんなことを話した記憶がある。
でもその時この人は心底興味がなさそうにしていたと思うのだけど……。
「どういう風の吹き回しですか?」
「いいから教えろ」
始めてみるコルム先生の気迫に気おされながらも頭の中で言葉をまとめる。
「……強さを証明したい人がいる。それだけです」
ウソは言わず、細かい部分はぼかした回答を返した。
「それがグラームズ嬢か」
「…………ッ!?」
その名を突然告げられた驚きを必死で隠す。
「……ピアスは関係ありませんよ」
あくまでも冷静を意識して口を開く。
「お前が口でどう言おうが知らねぇよ。ただな、1つ忠告しておいてやる」
まるでこちらの心を覗いているかのような口ぶりだ。
「あいつは化物だ。一緒にいたいなら相応の覚悟を持っておけ」
コルム先生がピアスを見たのは昨日の一瞬だけだ。それで何がわかるというのか。
「いきなり幼馴染を化物呼ばわりなんて心外ですよ」
胸の内にうずまく感情の中でも、その怒りだけは抑えられなかった。
「そいつは悪かった。だがな、あいつはとんでもねえものを背負っている。それはよく覚えておけ」
言いたいことを言って満足したのか、先生は帰っていった。
いったい何だったんだ。とんでもないというと、ピアスの湧能力についての話だったのだろうか?
そうだとして、なぜそれをあの人が知っているのか。
コルム先生……つくづく理解のできない人だ。
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