Seq. 11

 ベクマス学園は休日でも学園生に向けて敷地が解放されている。だからいつでも気兼ねなく湧能力のトレーニングに取り組めるのだ。


「ふぅ……これくらいで十分かな」


 ピアスにも手伝ってもらい、学園中から集めてきた小石の山がグラウンドの隅にできる。


「石じゃなくでボールを貸してもらえばいいのに」


 無意味に石の山を整えているピアスが言った。


「学園の備品を使わせてもらうには事前の申請が必要で面倒なんだよ。それに万が一、リーゼで粉々にしてしまったら大変だからね」


 いくら湧者教育の最高水準を誇るベクマス学園といえど、備品を壊してしまえば厳しく叱られる。

 前科1件持ちである僕の言葉だ。


「でも毎回石を集めるの、大変じゃない?」

「いいや、それがいい準備運動になるんだ」


 言いながら石の山から距離を取る。

 それからリーゼを展開した。


「それじゃあ、お願いしていいかなー!」


 離れたピアスに聞こえるように大きな声を出す。


「はーい!」


 同じく大声で返事をしてくれる。


「すぅーーーっ……」


 深く息を吸って集中する。

 ピアスが小石を1つ取って振りかぶるのが見える。


――ヒュンッ


 お世辞にも速いとは言えない速度で向かってくる小石をリーゼでとらえる。

 一度空中に固定して勢いを殺し、そしてリーゼを解くことで小石はまっすぐ地面へと落下していく。

 

――ヒュンッ、ヒュンッ


 次々に投げられる小石をとらえてその場へ落とすことの繰り返しだ。


――ヒュンヒュンヒュンッ


 だんだんと飛んでくる間隔が短くなってくる。

 それでも焦らずに、冷静に小石をさばく。


――ヒュッヒュッヒュッヒュッヒュッ


「あっ」


 失敗した。そう思った瞬間、石がコツンと僕の額に命中する。


「いたた……」


 赤くなっているであろう額を手で押さえながら小さくなった小石の山へ歩いていく。


「大丈夫?」

「うん、いつものことだから。今回は何個だった?」


 僕がとらえきれた小石の個数をピアスに尋ねる。


「37個だね」

「自己ベストは更新か……でも目標は50個なんだよなぁ」


 最強クラスの湧能力と言われる「竜殺し」の弱点がこれだ。

 リーゼでとらえてさえしまえば何者でもかなわない。

 問題はその「とらえられるかどうか」というところだ。


「集中力が続かないんだよね……」


 なかなか改善されない原因を受け止めるのが辛くなる。


「それでもちゃんと良くなってるよ。去年の今頃は20個とかだったから」


 落ち込む僕にピアスが客観的な意見を与えてくれる。


「……うん、ピアスの言う通りだ。よし、もう一度お願い!」


 声を張り上げ、頬を両手で思いっきり叩いて気合を入れなおした。


「その前に石、集めなおさなきゃ」

「ピアスの言う通りだ……」


 そうして2人で散らばった小石を拾い集めていく。

 

 半分ほど回収できた頃、とても気が滅入る声が耳に届いた。


「あん……? お前何やってんだ?」


 この人に会うには心の準備がないと、どうしてかひどく憂鬱になるらしい。


「コルム先生ですか……」

「えっと……?」

「僕の教練担当のコルム先生だよ。いちおうだけど」


 初めて会うピアスに先生を紹介だけしておく。


「それで、何してたんだ」

「まあはい、自主練習ってやつです。先生こそ珍しいですね、休日なのに」

「バカヤロウ。お前らは休みでも俺は仕事があるんだっての」


 え……?


 まさかこの放任主義の口から仕事なんて言葉が出てくるなんて思いもしなかった。

 僕が驚いていると、コルム先生が顎を使ってピアスの方を指した。


「そっちは誰だ?」

「あの、はじめまして。ピアス・グラームズといいます」


 この先生にはもったいないくらい丁寧に頭を下げて挨拶をするピアス。


「あぁ、グラームズ嬢か。聞いたことはある」


 そう言いながら先生がじっとピアスの方を見る。

 睨みつけている、という言い方のほうが正しいかもしれない。


「なん……でしょうか?」

「いんや。お前は知ってるのか?」

「はい?」


 意味のわからない問いかけを向けられた僕は眉間にしわをつくってみせた。


「いやなんでもねぇ、忘れてくれ」


 結局答えを待つことはせず、先生は去っていた。


「ふしぎな方なんだね……」

「遠慮しないで変人って言ってもいいと思うよ」


◆◆◆


 コルム先生の邪魔が入ったあともトレーニングを何回か繰り返した。が、どれも自己ベストの更新には至らなかった。

 それから時間がほどよく昼食時になったので中庭まで移動することにした。


「はいどうぞ」


 ピアスからお弁当箱を受け取る。


「ありがとう。いただきます」


 中庭のテーブルに並んで座り、さっそく蓋を開ける。

 小さい箱に詰め込まれた色とりどりのおかずの中から、まずは黄金色の卵焼きを口に運ぶ。


「おいしい……。すごい、ピアスが料理がこんなに上手だなんて全然知らなかった」


 初めて食べるピアスの手料理に感動を隠せない。


「グラームズにいたころはサッパリだったんだけどね。こっちに来てからたまに叔母さんに教えてもらってるの」

「なるほど。ということはまだ1年ちょっとなんだ。間違いない、才能があるよ!」


 ピアスが照れて顔を真っ赤にするので、ついつい大げさになってしまう。

 いやウソはこれっぽっちも言っていないけれど。


「ご、午後からはどうしよう?」


 話をそらされてしまった。


「うーん……僕は自主練を続けたいけど、ピアスは他にやりたいことあるかな?」

「わたしは特にないよ。エクシイの特訓、最後まで付き合うから」


 そう言いながらピアスは自分の分のおかずを次々と口に詰めていく。


「それじゃあ今度は石を2、3個同時に投げてもらおっか」


 今日一日はそうしてずっとピアスに特訓を手伝ってもらった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る