Seq. 10

 最悪の目覚めだ。


 ひどい夢を見た。昔の夢だった。

 身体を起こし、ベッドに腰掛けて考える。


 どうしてこんな夢を見たんだろうか。理由はおそらく、昨日エリーと話したことだ。


――ピアスが僕を、対等な相手だと思っていないから、かな


 夢のことを思い返す。

 あの時、僕は遭遇した魔物——ティターンベアーの爪に貫かれ、死んだはずだった。

 でも僕はピアスの背中の上で目を覚ました。

 ピアスにおぶられて森から出たところだった。


――夢でも見てたんじゃないかな?


 何が起こったのか問い詰める僕にピアスはそう言った。


――森の奥まで行ったけど、結局何も見つからなくて。エクシイ、疲れて寝ちゃったんだよ?


 そんなハズはない。

 夢にしては記憶がはハッキリとし過ぎている。

 生々しい、と言いかえてもいい。

 

 その考えは後日、確信に変わる。

 ティターンベアーの亡骸が森で見つかったのだ。右の爪には何かの血がべっとりとついていたらしい。

 けれど僕はピアスを問い詰めなかった。

 それ以来、この出来事はできる限り思い出さないようにしている。


「でも……」


 服をまくり上げてつぶやく。


「……おかしいんだよね」


 爪に貫かれた左胸、そこには傷跡一つないキレイな肌が残っていた。

 よっぽど強力な救命系の湧能力でもなければ、ここまで治すことはできない。


 なら、ピアスの湧能力はそれなのか?


 違う。そうだとしたらティターンベアーを倒したのは誰になる。

 あの場にいたのはピアスと僕の2人だけだった。

 僕のあとを追ってきたピアスが倒したハズなんだ。


 ティターンベアーを1人で倒せるほどの、圧倒的な湧能力か……。


 つまり、1人に1つしか持ちえない湧能力を、ピアスは「燭台」も合わせて最低3つは扱えることになる。


「僕が最強だなんてバカバカしい」


 ピアスの方がずっと強いじゃないか。


「……だから僕はここへ来たんだ」


――わたしの本当の湧能力を明かしてしまうと、エクシイが最強でなくなってしまう


 優しいピアスのことだから、きっとそう考えているんだろう。

 僕が最強でいられるように気を使っているに違いない。


 それなら僕がもっと強くなればいい。ピアスの気遣いなんて必要ないくらい、強く。

 

 本当の最強になれば、ピアスは隠している湧能力を教えてくれる。それは僕が認められることを意味する。

 そうして対等になった時に初めて自分の気持ちを伝えられる資格が僕に与えられるんだ。


「だからヘカティアに、ベクマス学園に来ることを選んだ」


 もう一度、自分を鼓舞するためにつぶやいた。

 そこで思考が途切れる。

 思えば朝からずいぶんと頭を使っていた。


「すぅ――――ふぅー」


 気持ちを切り替えようと深呼吸をする。


――ガチャリ


 突然部屋のドアが開かれ、驚きで跳ね上がる。


「…………あれ、エクシイ、もう起きてたんだ?」


 静かに部屋へ入ってきたピアスが僕を見てそう言った。


「うん、ちょっと目が覚めちゃって」


 ただ穏やかに答えた。

 それの何が引っかかったのか、ピアスは黙って僕をじっと見てくる。


「大丈夫? すごい汗だけど……」

「え?」


 その言葉で初めてひどく不愉快な肌のべたつきを自覚した。


「ちょっと待ってね」


 グラスに水を入れてきたピアスがそれを手渡してくれる。


「はい、どうぞ」

「ありがとう……」


 一気に飲み干す。

 身体を降りていく潤いが、乾ききっていた喉のことを教えてくれた。


「何かあった?」


 心配そうな顔を向けてくるピアス。


「ううん、少し嫌な夢を見ただけだよ」

「そっか、そうだったんだ」


 暗かった表情に明るさが戻ってくる。


「さあ、支度を済ませようかな」


 僕は立ち上がって大きく伸びをした。

 それから洗面所へと歩いていく。


「今日は学園で特訓するんだよね」


 ベッドの方からピアスが呼びかけてくる。


「そのつもりだよ。用事とかなかったかな?」

「それは大丈夫。それで、ね……」


 何か言いたげなピアスだった。


「なにかあったの?」


 今度は僕が心配している。

 支度を済ませて部屋へ戻ってくると、ピアスは上目がちに口を開いた。


「お昼に……お弁当、作ったから。どうかな?」

「えっ! いいの!?」


 大きな声が出てしまった。

 前のめりになった僕にピアスは驚いて、それから口に手をあてて笑い出した。

 

「ふっ……ふふ、そんなに嬉しかったんだ?」


 急に熱くなった顔を背ける。

 なんとなく悔しくなって、わざとらしい声を出した。


「もちろんだよ。あー、楽しみだなぁ」


 今日という日の始まりは最悪だったけれど、その分いい一日になりそうな予感がする。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る