【3章】学園湧者会

Seq. 9

「見ていてね、ピアス」


 ぼくはそう言って、黒い靄を広げる。

 ピアスがリーゼと名付けてくれたものだ。


「それっ」


 ひも状に細長くしたリーゼを操って目の前に木に巻き付けていく。


「あとは……こうっ」


 砕け散らすようなイメージをリーゼに送る。

 そうすると、木の幹のリーゼに触れている表面の部分が粉々になった。


「ふう……」


 身体の力を抜くことでリーゼが消え去る。

 さっきまでリーゼを巻いていた木にはキレイならせん模様が浮かんでいた。


「すごいすごい! どんどん使い方が上手になってる!」


 それまで静かに見ていたピアスが跳ねて喜んでくれる。


「まあこれくらい、どうってことないよ」

「ねえ、もう一回! もう一回見せて!」


 ピアスがせがんでくるので別の木に同じことをした。


「すごーいっ! エクシイすごいよ!」


 大げさなくらい喜んでいるピアス。

 それを見ていると、言いたくなる言葉がある。


「当然。なんたって、ぼくは世界最強だからね」


 その一方で、ピアスは領主であるグラームズさんの娘だ。

 ぼくとピアスの2人が合わされば誰にも負けないコンビにだってなれると思う。


「みんなにも見せてあげたいなぁ」

「無理だよ。みんなはぼくのことを貧乏人だっていうんだから」


 ほかの子たちはぼくのことを突き放すけれど、ピアスだけは違っていた。

 だから毎日勉強が終わると、グラームズの街から少し離れた場所にあるこの森へやってきて2人で遊んでいる。


「うーん……どうすればみんなにエクシイのこと、すごいって知ってもらえるかな?」


 ピアスが言ったその時。


――ガサッガサッ


 何かが歩いている音がした。


「ピアス、静かに」

「うん……」


 ぼくらはその場にしゃがんだ。

 それからできるだけ音を立てないように、足音のする方へ移動する。


「あれだ……」


 足音の正体を茂みの先を指をさした。


「……魔物だね」


 あとを追ってきたピアスが小声で言った。

 そこにいたのは、丸みのある体が栗色の毛で覆われている四足歩行のマモノだった。

 大きさはしゃがんだぼくと同じくらいだ。


「ちょっと待っていてね」


 ぼくは後ろからそっとマモノに近づいていく。

 自分の身体の周りにはできる限りのリーゼを広げている。


「えいやっ……」


 小さな掛け声とともに栗色の全身を一気にリーゼで覆った。

 そうすることでマモノの動きが完全に止まる。

 

 じゃあね。


 心の中でそう言って、四本の足がぐったりと横たわる様子を頭の中に描く。

 そのままリーゼを解くとイメージ通りにマモノが倒れた。

 念のためそばに寄って息絶えていることを確認する。


「もう大丈夫だよ」


 ぼくが呼びかけるとピアスが歩いてくる。


「死んじゃったの?」

「そうだよ」


 どうして当たり前のことを聞いてくるんだろう。


「なんだかかわいそうだよね。この子、だれも襲ってないのに……」

「仕方ないよ。マモノなんだもん」


 今はまだ悪くなくても、大きくなったら誰かを襲うかもしれない。

 だからこれは必要なことなんだ。


「うん。そうだよね……」


 とても悲しそうな顔だった。

 ピアスは優しいから、弱いマモノを倒すことに心を痛めているんだと思う。


「それならさ――」


 ぼくはある提案をする。


「もっと森の奥へ行ってみない?」

「えっ?」


 どういうこと、とピアスが首を傾げた。


「奥に行けば人を襲うようなマモノもいるよね。それをぼくが倒しに行くんだよ!」


 強いマモノを倒せばピアスだって喜んでくれるはずだ。

 さらに言えば、ぼくが物足りなくなっていたというのもある。このあたりにいるマモノならもう何度も倒しているから。


「でも……お父さんが、森の奥は危ないから行っちゃだめって……」


 けれど、ピアスはあまり乗り気ではないみたい。


「大丈夫。ぼくとピアスの2人なら無敵だよ」


 ぼくはピアスの手を握る。


「ほんとかな……?」


 ピアスの表情が少し柔らかくなった。


「もちろんだよ! 行こう!」


 こうしてぼくらは森の奥へ足を踏み入れた。


 それからしばらく生い茂る草をかき分けて進んでいく。

 ピアスはぼくの後ろをピッタリとついてきている。


「全然いないね……」


 背後で声がした。


「待って」


――……ザッ……ズサッ


 ぼくが口を開いたのと同時に物音が聞こえた。


「こっちの方からだ……」


 草を踏み倒しながら音の出どころへ向かう。

 茂みの先に影が見えた。


「見つけた……!」


 興奮を押さえ、小さく声でつぶやく。


 間違いない。マモノだ。


 ぼくは走りだし茂みを飛び出した。


「え……?」


 途端に視界が暗くなる。

 目の前には黒い壁がそびえ立っていた。


「な……ぁ……」


 声が出なかった。


 2本の足で支えられた、大人たちよりもはるかに巨大な体。刃物のような爪、むき出しの牙。

 全身がかたい毛で覆われたその化物は、冷酷な目でぼくをとらえていた。


――ゴルルゥゥ……


 低い唸り声が響く。

 ぼくは必死にリーゼを絞り出した。


「ぅ……ふぅっ、ぅ……」


 息を震わせながら化物の方へリーゼを広げていく。


――グオオオゥ!


 巨体は咆哮を上げ、爪を振りかざす。


 動きを止めないと……。


「エクシイッ!!!」


 あとを追ってきたピアスが叫ぶ。

 化物の爪がぼくの左胸を貫いた。


「――――――ッ!!!」


 再び叫び声をあげるピアス。

 なんて言ったのかはわからなかった。

 ぼくは仰向けに倒れた。ドクドクと身体から暖かいものがあふれてくる。


 ピアス、逃げて。


 その言葉が声になることはない。


「……イッ……がい、し…………っ!」


 ピアスの声が遠い。

 身体を包んでいた暖かさはいつの間にか消え、代わりに寒さが襲ってきていた。


 いやだ……こんなの、いやだよ…………。 


 そのうちに思考までもが寒さに支配されていく。


 そうか……。これが、ぼくがずっと魔物にしてきたこと。

 これが「死」なんだ――――。

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