Seq. 7
何度も人とぶつかりそうになりながら2人を探して歩き回る。
人の多いところに滅多に来ない僕なので、こういう状況での正しい対応というものが分からない。
「どこにいるんだろう……」
会場をぐるりと回って入口の方まで戻ってきた。
でも、そこにも2人の姿はなかった。
「うーん……」
手にしていた地図を見る。
「……? ここは……」
公園の中央のあたりに、まったく屋台がない空間があることに気がついた。
円形の広場になっているそこは休憩スペースになっているみたいだ。
「よしっ」
2人がそこにいるかもしれない。
そう考えて僕はまた会場の中へ足を踏み入れた。
◆◆◆
広場も混雑はしていたが、屋台の並んでいる場所ほどではなかった。
僕はベンチに座っている人の顔を一つひとつ確認していく。
数十人ほどで、見知った顔を見つけることができた。
「エリーっ」
僕は名前を呼びながら駆け寄る。
「あーっ! エクシイ先輩!」
エリーが飛び上がった。
「やっと見つけた……」
思わず安堵の声を漏らす。
「それはこっちのセリフですよ! その歳で迷子とか、ほんと勘弁してください!」
「え、いや迷子って」
まさかの言葉に面食らった。
「どう考えても迷子じゃないですか! なんで両手に持った花を投げ捨ててどっか行っちゃうんですか!! いったいどんな教育を受けてきたんですかっ!!!」
わけの分からないことをエリーがあまりにも大きな声で言うものだから、周りの人がこちらをチラチラ見てくる。
「えっと……」
僕は目を泳がせながら、話をそらすための話題を必死に探す。
ふと、あることに気がついた。
「ねっ、ねえ、エリー。ピアスは?」
「ピアス先輩なら、あなたを探しに行きましたよ!」
興奮冷めやらぬエリーはそう答えた。
「えっと、ということは……入れ違い?」
ようやく状況を把握することができた僕に、エリーがうなずく。
「そうです。さっき行ったばかりなので、しばらくは戻ってこないですね」
「なるほど……」
また入れ違いになるわけにもいかないし、ここで待つしかないか。
「……ちょうどいいか……」
「えっ?」
ぼんやり考え込んでいると何かのつぶやきが聞こえてきた。
「エリー? 何か言った?」
声の主に問いかける。
「エクシイ先輩――」
エリーの目がまっすぐに僕をとらえる。
「私と勝負してください」
「……? えっと……?」
言葉の意味を理解しようと考えを巡らせる。
「……試合をしてほしいの?」
試合、つまり湧能力同士のバトルを申し込まれたのだと解釈した。
「いやそんなことしたら私に勝ち目なんてないですよ」
あっさり否定されてしまった。
「なら、どうすればいいの?」
「そうですね……ここは三本勝負といきましょう。ピアス先輩にも協力してもらって、1人1つ種目を決めるという具合でどうでしょう」
その提案に僕はうなずいて同意する。
「それで、ですね……」
まだエリーが言葉を続ける。
「……私が勝ったらデートしてください」
「うん……?」
どうしたことだろう。今日のエリーはいつも以上に僕を戸惑わせてくる。
「どうして?」
「先輩のことが好きだからです」
……!?
勢いよく顔をそらしながら早口で言い切ったエリー。
「――なんっ……!?」
あまりにも突然すぎて何も言葉が出ない。
それでも、僕は急加速する鼓動に耐えきれず必死の思いで口を開く。
「えっ、その……。どうしてデートするしないを勝負で決めるのか聞きたかったんだけど……」
「あっ、えっ? えと……そっ、そういうことは先輩が勝ったら教えてあげます!」
エリーはそれ以上何も言おうとしなかった。
僕はどうするべきか?
自分自身に問いかけた。
周りには今も大勢の人がいるはずなのに、ひどく静かに感じる。
「ごめんね、エリーちゃん。エクシイ、見つからなかったよ……。どこに行っちゃったんだろ」
ピアスが戻ってきた。
タイミングが悪い。僕らの沈黙を破るよう誰かに指示されたのかと疑うほどだ。
「あっ! エクシイいた!」
声は今の僕に届かない。
落ち着いて深呼吸し、気持ちを固める。
そしてエリーと向き合うことに集中する。
「わかった、勝負しよう」
「……??」
◆◆◆
――ラウンド1・マラソン対決――
最初の勝負が決まり、僕らは会場の入口に戻ってきた。
この三本勝負についてのピアスへの説明は道すがらに済ませてある。ただし、その勝敗にエリーと僕のデートがかかっていることは言っていない。
「ルールは簡単です。ここから同時にスタートして、会場の周りを一周して先に帰ってきたほうの勝利です」
マラソンを提案したエリーが言う。
「質問していいかな?」
僕が手を挙げた。
「はいどうぞ」
「湧能力は使っていいのかな?」
「自由に使ってオッケーです」
じゃあ僕の負けだ。
無限に全力疾走が可能な「無敵走」を持つエリーにかなうわけがない。
「そんな顔しないでくださいよ。どうやって力の差を埋めるかも勝負の醍醐味ってとこです」
「2人とも、頑張ってね」
エリーと僕がスタート位置に着いたところで、ピアスが声をかけてくれる。
「それじゃあピアス先輩、合図お願いします」
エリーの言葉にピアスはうなづいて右手をまっすぐ上げた。
「いくよ? よーい……」
手が下ろされると同時に声が響き渡る。
「スタートッ!」
~・~・~・
言うまでもなくマラソン対決はエリーの圧勝だった。
「おかえりなさい、先輩。遅かったですね」
スタート地点まで僕が戻ってくると、余裕に満ちた声でエリーに言われた。
「ッ、はぁっ……これでもっ、頑張ったほうだって……」
僕だって日ごろから鍛錬しているので体力には自信がある。
エリーが桁違い、というかこの種目に関して文字通り敵なしなだけだ。
「おつかれさま。どうぞ」
待っている間にどこかの屋台で買ってくれたのだろう、ピアスが飲み物の入った使い捨てのコップを手渡してくれる。
「あ……ありがとう」
受け取って一気に飲み干し、息を整える。
「ふぁあふういんふもふあんあえへふふぁあい」
「いやなに食べてるの」
エリーの手にあったのは、さっきローレルの屋台で買った僕のパンだ。
「迷子になった迷惑料ですよ」
口に詰め込んだパンを飲み込んでからエリーが言う。
「ほら、次の種目を決めるの先輩ですよ? 早く考えてください」
いたって平然と振舞っているエリーは、全然目を合わせられていない僕に気づいているのだろうか。
「難しいなぁ……」
わざとらしく口にする。
エリーが勝つために本気だということは分かった。
だったら僕も覚悟を決めなくちゃいけない。
◆◆◆
――ラウンド2・棒倒し対決――
「それで、ここで何するんですか?」
僕が思いついた勝負をするには、イベント会場だと都合が悪かったので別の場所に移動してきた。
駅から会場へ行く道にあった小さな空き地だ。
幸い、僕ら以外の誰もいない。
「先輩、聞いてますか?」
「聞こえてるよ」
ちょうど良いものがないか探していると、隅の方に捨てられている木の杭を見つけた。
何本かあった中から比較的キレイな2本だけ掴み上げる。
「それ、使うの?」
ピアスが不思議そうに尋ねてくる。
「それぞれこれを空き地の好きなところに立てて、先に相手の杭を倒した方が勝ちっていうのでどうかな?」
「ほほぅ……。長距離が無理なら短距離の速さで勝負……ってところですか」
杭を受け取ったエリーが空き地の端の方へ駆けていく。
僕の杭は中央に立てた。
「それじゃあ、ピアス。開始の合図と勝敗のジャッジは任せていい?」
エリーの杭が自立するのを確認して言う。
「うん。よーい……スタート!」
合図と同時に全力で走り出した。
途中、ちょうど2つの杭の中間点でエリーとすれ違う。
お互いが相手の杭にたどり着いたのはきっと同時だっただろう。
よし、あとは押し倒せば――。
「ぐぅ……っ!?」
杭に力を加える。しかし、ビクともしない。
かなり深くまで刺されている。
これだと一度引き抜いてからじゃないと倒せそうにない。
「ちょっせんぱっ、これ、能力使ってますよね!? 動かないんですけど!」
後ろではリーゼで杭を固定していることに気づいたエリーが叫んでいる。
「ふっ! ……よしっと」
僕は構わずに引き抜いた杭を横にする。
「しょ、勝者……エクシイ……」
ピアスが困惑しながら僕の勝利を告げる。
大人げないと思われたかもしれない。
「騙されましたぁ! 短距離の勝負じゃないじゃないですか!」
それはエリーが早合点しただけなんだよ……。
こんな勝負を選んだことに心が痛んだけれど、謝ることはできなかった。
僕もエリーと同じように、真剣に考えた結果だからだ。
◆◆◆
――ラウンド3・???——
ここまではお互いに1勝ずつ。次が最後の勝負だ。
三本勝負の行方はピアスの手にゆだねられたと言っても大げさにならないと思う。
「ピアス先輩、できる限り公平な種目でお願いしますよ!」
「あ、はは……」
エリーに迫られるピアスが苦い笑い声を出す。
「湧能力で有利不利がでない勝負か」
空き地においてあった土管に座って僕も考えてみる。
それこそコイントスみたいな、運任せのものくらいしかなさそうだ。
「……いや、そもそも湧能力を禁止にすればいいだけじゃないか?」
「でもそれだと勝負の後で力を使った使ってないの水掛け論になりますよ? 私が負けたらそうします」
「そっかぁ」
僕の世紀の大発見は、エリーによって
「だったら……」
ピアスが僕の方をちらっと見る。
「迷子探し、とか?」
「はぁ、迷子ですか……? そう都合よくいますかね?」
「えっと……」
エリーの疑問を受けて、ピアスは丁寧に説明し始めた。
「今からわたしがイベント会場に行って迷子になります。しばらくした後、2人はわたしのことを探しにきてください」
なるほど、それなら湧能力による差は無いはずだ。
迷子と口にする前にこっちを見られたのは心外だけど……。
「うん、面白そうだね」
「エリーちゃん、どうかな?」
ピアスが問いかける。
「……はい。最後の勝負はそれでいきましょう」
エリーが答えた。
「先に会場に行っているから、2人は5分後くらいに来てね」
そう言ってピアスは空き地から離れていく。
その姿が見えなくなったところで僕はある重大なことに気づいた。
「エリー、時計って持ってるかな?」
「持ってないですね……」
~・~・~・
そのあと、体感時間でだいたい5分を過ごし、僕らは会場の雑踏へ飛び込んだ。
何も言葉を交わすことのないままエリーの姿が見えなくなる。
はぐれた僕を探すピアスもこんな感じだったのかな。
そんなことを考えながら、すれ違う一人ひとりの顔を眺めながら歩いていく。
――ぐうぅー……
「あー」
喧騒にかき消されそうなお腹の音だった。イベントに来てから何も食べられていないことを思い出す。
時計は見ていないけれど、とっくにお昼時は過ぎているだろう。
もしかするとピアスはどこかの屋台で空腹を満たしているのかもしれない。
「ご飯か……」
会場の地図に目を落とす。
求めていた文字は近くにあった。
自然と身体が引き寄せられていく。
「ピアス」
屋台で何かを受け取っている探し人に声を掛けた。
「あれっ、エクシイ!?」
僕を見たピアスが驚いた。
「……すぐ見つかっちゃったね」
「ピアス、さくらんぼが好きだったから」
ピアスの手には使い捨てのコップに詰められたさくらんぼがある。たった今買ったばかりのものだ。
「まさか屋台が出てるとは思わなかったけど」
「でも、買ったあとで別の場所に行っていたかもしれないよ?」
「ピアスなら全部食べ終えるまで近くのベンチとかに座っているかなって」
「さすが。そこまで、わかってたんだね」
そんな話をしながら歩く。そのうちに中央の広場まで来ていた。
「エリーちゃん、どこだろ?」
勝敗が決まったことでピアスはエリーと合流しようとする。
それが自然なことだ。
「さあ……」
でも僕の返答はそっけなくなってしまった。
覚悟を決めたはずなのに、まだ揺らいでいる自分が自分で情けなくなる。
「あっ……」
前にいた人が動いて、不意に正面に現れた女の子と視線が重なってしまった。
エリーだ……。
「あは、は……。負けちゃいましたね」
僕ら2人が並ぶ姿をとらえた目にうっすらと涙が浮かんでいくのがわかった。
「す、すいません、のど乾いちゃったんでなにか飲むもの買ってきますね!」
早足で離れていくエリーは、去り際にそう言った。
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