Seq. 6

 昼休み。僕とピアスは一緒に食堂へ来ていた。

 ピアスがパスタを持って隣に座ったので、僕もサンドイッチを食べようとする。


「ごきげんよう」


 そこで僕と対面する位置の席に弁当箱が置かれた。

 声を掛けてきたのはミロだった。


「ここ、よろしいかしら?」


 ミロが聞いてくる。

 隣のピアスが頷くのを確認してから、僕が答える。


「うん、どうぞ。……珍しいね、ミロが食堂に来るなんて」


 僕とピアスは食堂でお昼を食べることが多いけれど、ここでミロの姿を見たことはあまりない。


「そうね。でも、今日はこちらに用事があったの」

「用事?」


 ミロの言葉に僕が疑問の声を上げた。

 その次にそっと口を開いたのはピアスだ。


「もしかして……わたしたちのことを探していました?」


 するとミロが顔をほころばせ、指で輪っかを作って言う。


「ご名答よ」

「えっと……?」


 つまり、ミロは僕たちに用事があるってことだろうか。


「面白いうわさ話を耳にしたのよ」


 はあ、うわさ話……。


 それとなく嫌な予感がした僕だったけれど、続くミロの言葉に静かに耳を傾ける。


「なんでも、今朝、『竜殺し』が1年生に土下座させていたとか……」

「ぶっ…………!」


 僕は吹き出した。

 今朝のことが広まっている……。いや、あれほどの衆目にさらされたのだから、当然ではあるのだけど。


「あの、ミロ、それは……」

「分かっているわ。エクシイはそんなことする人じゃないもの。尾ヒレのついた、ただのうわさだってことはみんなも理解しているわ」


 僕が釈明しようとするのを遮ってミロが言った。


「ミロさんの言う通りだと思う。エクシイのこと、変な目を向けてくる人なんていなかったし、本気にしている人はいないと思うな」


 隣のピアスも僕を元気づけてくれる。


「それで、この話は前置きでしかないの」

「前置き……?」


 声色を変えて話し出したミロに、ピアスが声を漏らした。

 ミロは居住まいを正して、じっと僕の方を見る。


「もう1つ、別のうわさが広がっているの」


 その言葉に僕の背筋が伸びる。


「『竜殺し』が襲われそうになった恋人をかばった、という話よ」

「…………」


 え? なんだって?


 ミロの言葉を理解しようと、自分の口で繰り返す。


「竜殺し、つまり僕が、恋人をかばった?」


 その恋人とは、僕の恋人ということで合っているだろうか。

 少なくとも、僕に恋人と呼べるような間柄の人がいたことはない。

 

「……他の誰かが、竜殺しを騙っているってことかな?」

「いや、どうしてそうなるんですか」


 僕は考えを口にするも、何者かに一蹴されてしまう。

 揚げ物とパンをのせたトレーを抱えている人がミロの隣に座った。


「ミロ先輩、お隣失礼いたします」

「あら、エレアノールさん。ごきげんよう」

「こんにちは、エリーちゃん」


 ミロとピアスが挨拶をする。


「それで……どういうこと?」


 僕は律儀に手を合わせているエリーに尋ねた。


「何がですか?」

「うわさについて、知っているんじゃないの?」

「そうですね。ピアス先輩にでも聞いてください」


 どうしてそこでピアスに振るんだろうか。

 そう思いつつ問いかけてみる。


「ピアス、何か知っている?」

「えっと、たぶんだけど、今朝正門前でエクシイがわたしを守ろうとしてくれたよね? それが、周りからは恋人をかばったように見えたんだと思う」

「ということは、ピアスが……僕の恋人だと勘違いされている?」


 僕の言葉にエリーが首を縦に振る。


「そういうことです」

「ね、面白いうわさでしょう?」


 口元を緩ませてミロが言った。


「……こんなこと、初めてよだね……」


 ピアスの困惑が伝わってくる。


「いや、むしろ今さらなくらいだと思いますよ? 休日でもずっと一緒にいるお2人ですからね」


 エリーの言葉を僕は否定した。


「休日でもって、さすがにそこまで……」

「でも前の休日は2人一緒に最近話題のお店でランチしていましたよね?」

「……幼馴染なら一緒に出かけるくらい普通じゃないかな」


 というか、何で知っているの……。


 僕の疑問をよそにエリーが続ける。


「前の前の休日は2人仲良く図書館で勉強していましたし」

「……幼馴染だし、教え合いながらだとはかどるんだよ」


 だから何で知っているの?


「前の前の前の休日は湧能力の自主練を手伝ってもらっていましたよね。さらに前の前の前の前の休日は――」

「待って。お願いだから、ちょっと待って」


 エリーに僕の休日が赤裸々にされる前に言葉を遮る。


「どうしたんですか?」

「いやなんで? エリーが僕の休日にそこまで詳しいのはなんでなの?」


 軽く恐怖を感じた。


「そんなの当然ですよ、なんてったって私ですから」

「何も答えになってないよ?」


 いったい何が当然なのか。


「私ですね、休日はずっとエクシイ先輩の後をつけているんですよ」


 …………。


 エリーの唐突なカミングアウトだった。


 …………えぇ?


 ピアスもミロも言葉を失っている。

 もちろん僕もだ。


「えっと……エリーちゃん? どぅ、どうしてそんなことしているの?」


 最初に口を開いたのはピアスだった。


「単なる暇つぶしってやつですかね。エクシイ先輩、意外と見ていて飽きないんですよ」


 エリーは平然としている。


「……ずっと見ているくらいなら、顔を出せばいいのに……」


 それが、なんとか絞り出した僕の言葉だった。


「そうだ、だったら……」


 ピアスが声を出す。

 何かを思いついたようだけど……?


「よかったら今週末、みんなで行かないかしら。ミロさんもぜひ一緒に」

「今週末、ですか……? どこに行くんですか?」


 ピアスが2人に今朝ローレルでもらったチケットについて話した。


「『美食博覧会』ですか……。へぇ、そんなものがあるんですね。知りませんでした」

「エリーちゃん、どうかな?」

「いいですね、面白そうです。ご一緒します」


 ピアスとエリーの方で話がまとまったみたいなので、僕はミロに聞いてみる。


「ミロは一緒に来れそうかな?」

「ごめんなさい……今週末はすでに予定が埋まっているの」


 申し訳ないとミロが言った。


「そっか……」

「ワタクシのことは気にしないで、3人で楽しんできてほしいわ」

「うん、わかった。ありがとう」


 話はそれからは、集合場所や時間についての話題に移っていった。


◆◆◆


「そういえば、勝手に誘っちゃって、よかったかな?」


 約束した「美食博覧会」の当日、朝起こしに来てくれたピアスと一緒に集合場所である駅に着くと、そう尋ねられた。


「エリーのこと?」

「うん」

「気にしてないよ。どうせ見られているくらいなら、一緒にいてくれる方が安心できるしね」


 逆に今までずっと見られていたと思うと……いや、考えないでおこう。


「それにしても……」


 僕は「ヘカティア駅」と書かれた看板が掲げられた駅舎に目を向ける。


「ヘカティアのこの辺にくるの、久しぶりだね」


 学園都市ヘカティア――北東の丘にベクマス学園がたたずんでいる、僕らが暮らしている街だ。


 学園生の僕らが利用する施設はだいたい街の北東に揃っている。だから、街の中心を挟んで学園のちょうど反対側にあるこの駅の周辺に来ることはほとんどない。


「そうね。最後に来たのって……たしか、里帰りの時だったかな?」


 ピアスが記憶をさかのぼって言葉にした。


「学年の変わり目のときだから、4カ月くらい前だ」


 僕が言う。


「そんなに前になるのね」


 そこで話が途切れる。

 時計を見ると、そろそろ集合時間になろうとしていた。


「エリーちゃん、まだ来ていないね」


 ピアスがあたりを見回して言った。


「いや……」


 僕は少し遠くにある植え込みを見る。

 いつまで隠れているのか知りたかったけれど、そろそろ列車も来てしまうので出てきてもらわないといけない。


「ずっと一緒にいるよ、ほらそこに」

「え?」


 ピアスに場所を指さして教えると、かがんで隠れていたエリーが立ち上がって近づいてくる。


「いやー……バレちゃいました……?」

「最初から気づいていたよ……」


 部屋を出たときに見られているかも、と思って探したら本当にいるのだから驚いた。


「見られているってわかっていると、簡単に気がつくものなんだね」


 嬉しくない発見だ。


「えー、それじゃあ、これからエクシイ先輩のこと観察しづらくなるじゃないですか」

「しなくなるわけじゃあないんだ……」


 エリーの言葉に目を覆いたくなる。

 そんな話をしていると、駅に汽車が入ってくる音が聞こえた。


――ポォォーーー!


「列車が来ちゃった! 早くしないと乗り遅れちゃう」


 ピアスに急かされ、僕たちは走り出す。

 おかげで、すんでのところで列車に乗ることができたのだった。


◆◆◆


 「美食博覧会」は隣町にある大きな公園をまるまる会場に使っているようだ。

 会場にはこれでもかというくらい屋台が詰められていることが遠目からでも分かった。お昼前の時間ということもあって、来場客でごった返している。

 入口では会場の地図が配られていたので、1枚いただいた。


「最初はどこから行きますか?」


 びっしりと店名の文字が並ぶ地図を見る僕にエリーが聞いてくる。


「うーん……とりあえず『ローレル』に行きたいんだけど」


 ローレルの屋台がどこか地図で探すが、なかなか見つからない。


「あった! ここじゃない?」


 後ろから覗き込んできたピアスが指さして教えてくれる。


「……結構遠いね」


 店の場所は、入口から遠い奥の方だった。


「『ローレル』ですか。あのお店も出店していたんですね」

「エリーちゃん、知っているの?」


 エリーのつぶやきを聞いたピアスが尋ねる。


「知っているというか……まあ、ヘカティアじゃわりと有名なお店ですね」

「そうなんだ」


 僕が相槌を打つ。

 そういえばエリーはヘカティア出身だった。なら、僕ら2人より詳しくてもおかしくない。


「『ローレル』のパン、おいしいよね。わたしも好きなんだ」

「はい、すっごくおいしいパンなんですけど……」


 ピアスの言葉にエリーが言いよどむ。


「何かあるの?」


 あの店の悪いうわさなんて、僕は聞いたことがない。


「店主の人がパン作りに熱中するあまり、奥さんが愛想を尽かして出ていったとか」

「あー……」


 いつかのフォレスさんの哀愁に満ちた姿を僕は思い出す。

 なるほど、その理由がたった今理解できた。


「……その話、今日はもう禁止にしようか」


 僕はエリーにそう言った。

 あの哀愁を、この大勢の前でさらすようなことはしたくない。


「えー、なんでですかー?」

「なんでもだよ。ほら、そろそろ行こう」

 

 そうして僕らはローレルの屋台を目指して歩き出した。


◆◆◆


 人ごみをかき分けながら会場を進んでいく。


「あった」


 まだまだ続く人ごみに向こうに「ローレル」の看板が見えた。

 またゆっくりと進む。

 やっとの思いで屋台の前に出たころには、何時間も経ったような気分になっていた。


「フォレスさん」


 僕はお客さんが途切れたところで、屋台の主に声をかける。


「おっ、エクシイか。来てくれたんだな」


 屋台にはパンを種類ごとに分けて入れた箱が並べられていて、すでに空になっているものもあった。


「繁盛しているみたいですね」

「おかげさまでな」


 フォレスさんが言う。


「なにか、おススメってありますか?」


 屋台に並べられたパンを一巡してから僕がたずねる。


「これなんてどうだ? 今日のために考えた新商品だ」


 フォレスさんが渦の巻いた形をしているパンを指した。


「いいですね。それいただきます」

「おう、まいどあり」

「それと、これですね」


 僕が持ってきたチケットを見せる。


「ちゃんと持ってきたみたいだな。それじゃ、安くしとくぜ」

「ありがとうございます」


 僕がほとんど半額になった代金分の硬貨を渡し、フォレスさんが袋に包んでくれたパンを受け取る。


「ところで」


 フォレスさんがあたりを見回して言った。


「1人で来たのか?」


 ……え?


 その言葉に僕は後ろを振り返るが、2人はどこにもいない。


「あ、はぐれてた……」

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