【2章】湧者たちの休日

Seq. 5

――チリンリンチリンリン!!!


 けたたましいベルの音で目が覚める。


「起きた? おはよう、エクシイ」


 ベッドの横でハンドベルを高く掲げたピアスがにこやかに言った。


「……おはよう。うぅ……頭がぐわんぐわんするぅ…………」


 毎朝こうやって起こされるものだから最近は慣れてきたと思っていたけれど、昨日1日それがなかっただけでリセットされたみたいだ。


「ほら、シャキッとしよ? 顔洗っておいで」


 うながされるまま、洗面所へ歩いていく。

 途中ちらっと時計に目をやると、針はキッカリ7時を指していた。


「そのベルの音、もう少しどうにかならないかな?」


 朝の支度をしながらピアスに問いかける。


「でも、エクシイって寝起き悪いから……これくらいしないと起きてくれなくない?」

「…………」


 実際そうだから何も言い返せなかった。


「これね、エクシイがすぐに起きてくれるから気に入っているんだ」


 見えてないけれど、言いながらベルの鐘の部分をさすっているピアスの姿が目に浮かぶ。

 僕を起こす方法をいろいろ試していたピアスが、ハンドベルを買ってきたのは2カ月ほど前だっただろうか。


「また前みたいに、慣れて起きなくなるかもしれないけどね」


 ちなみにその前の起こし方はお腹を木剣で叩くという、刺激的な方法だった。

 いつの日からか、起こそうすると寝ぼけた僕が木剣をひったくってしまうようになったらしい。


「うーん……しばらくは大丈夫だと思うな。今日もすぐ起きてくれたし。……はい、どうぞ」


 洗面所で制服に着替てきた僕にピアスがカバンを手渡してくれる。


「ありがとう。それじゃあ、いってきます」

「うん、いってらっしゃい」


 挨拶を交わしたあと、じっとピアスを見つめる。

 見た限り、昨日の陰りはもうすっかり晴れたみたいだ。


「……? どうしたの?」

「いや……この挨拶、意味があるのかなーって」


 不思議そうに見つめ返してくるピアスに、前々から思っていた疑問を投げかけて取りつくろった。 


「ちゃんといってきますって言ったほうが、一日の始まりをしっかり身体が感じてくれそうじゃない?」

「どうだろう……確かにそんな感じがする、かも?」


 ピアスがそう言うと、本当にそんな気がしてくる。


「ほんと!? それじゃ、もう1回言っとこうか」


 僕の同意が嬉しかったのか、目を輝かせるピアス。


「えっと……いってきます」

「いってらっしゃい!」


 なんて言いながらも、部屋を出るのは2人一緒なのだった。


◆◆◆


「いらっしゃい。おっ、エクシイか。おはようさん」


 今日もベーカリー「ローレル」へやってくれば、フォレスさんが爽やかに挨拶をしてくれる。


「おはようございます、フォレスさん」


 僕が挨拶を返すと、その横でピアスが丁寧に頭を下げる。


「いつもお世話になってます」

「今日は嬢ちゃんも一緒かぁ。仲直りできたみたいだな。いやあ、よかったよかった!」


 満面の笑みを浮かべたフォレスさんに、バシバシ肩を叩かれた。


「なかなおり……?」


 何の話かとピアスが首を傾げる。


「ケンカなんて初めからしてませんって」

「そう恥ずかしがるなって。ケンカするほど仲が良いって言うじゃねえか」


 ダメだ、話が通じない……。


「……?」


 あぁ、ピアスを置き去りにしてしまっている。


 ちょっと待ってろ、と言ってフォレスさんが店の奥へ入っていった隙に、勘違いされていることを説明する。


「そういうことだったの」


 ピアスも理解してくれたようだ。


「よーし、エクシイ。仲直りの祝いだ。コイツをやろう!」


 昨日の哀愁は夢だったのかと思うほど上機嫌なフォレスさんが、何かを手に戻ってくる。


「何ですか、これ?」


 フォレスさんから渡された細長い紙に書かれた文字に目を通す。


――美食博覧会・優待券(繰り返し使用可)


「今週末に隣町で開催されるイベントのチケットだ。俺も出店側で参加するんだよ」


 どうやら、いろんなお店が食べ物の屋台を出して、各地の美味しいものを食べ比べられるイベントらしい。


「へぇー。面白そうだね」


 ピアスが興味深々そうにチケットを覗き込んでくる。


「そいつを見せれば、出店してる店で割引きしてもらえるらしいぞ。せっかくだから2人で来てくれよ」


 なるほど。あまり遊びに使うお金がない僕にとって、すごく魅力的な話だ。


「でも、勘違いでこんなもの貰ってもいいのかな?」


 そうだった。ピアスの言う通り、フォレスさんは僕らがケンカして仲直りしたんだという勘違いでこれを渡してくれたんだ。


「んなこと、どっちでもいいんだよ。他に渡す相手もいねぇし、自分で使うにしても当日はそんな暇無さそうだからよ」


 つまり、何かに理由をつけて僕らに渡すつもりだった、ということだろうか。


「そういうことなら……いただきます。ありがとうございます、フォレスさん」

「いいってことよ。それと、こっちはいつものパンとサンドイッチな」


フォレスさんがいつの間にか用意してくれていた紙袋を受け取り、代金を支払う。


「まいどありぃ!」


◆◆◆


「いいもの貰ったね、エクシイ」


 もそもそとパンのヘタを食す僕の横でピアスが嬉しそうにしている。


「ほうふぁへ。ふうあふふぁあほひいふぁお(そうだね。週末が楽しみだよ)」

「もうっ、食べるか話すかどっちかにしなよ?」


 そんなやり取りをしながら緩やかな坂道を歩いていると、学園の正門が見てきた。


 ベクマス学園——このマルカム王国、いや、世界中のエリート湧者たちが通っている湧者教育専門の学園だ。湧者教育としては世界最高の水準を誇り、生徒たちのレベルも並々ならない。


 でも、中にはそうでない生徒もいるらしい。

 正門前に並んでいる、天然パーマ・七三分け・長髪の3人組には見覚えがある。

 手紙でピアスを裏の森へ誘い出した人たちだ。


「エクシイ、どうしたの? あっ……」


 僕の視線の先に、ピアスも気がついた。


 どうしよう……裏門まで回ろうか?


 そう考えたがすでに遅かった。

 僕らを見つけた3人がこちらに駆け寄ってくる。

 僕はピアスを背中に隠し、正面にリーゼを広げる。


「すっ…………」


 3人のうちの誰かがそんな音も漏らした。

 何を仕掛けてきても反応できるように、集中し目を凝らす。


「すいませんでしたーーーっ!!!」


 …………。


 呆気にとられてリーゼが消えてしまう。

 この3人の土下座を見るのはこれで2度目だ。


「え……? えぇ……」


 周囲の注目を一斉に浴びながら、僕は目を覆う。


「すいませんでしたっ!!」


 頭を地面すれすれにまで下げて、3人がもう一度繰り返した。

 天然パーマのモジャモジャ頭が言葉を続ける。


「昨日は、大変なご迷惑をお掛けいたしました!」

「はあ……」


 正直、この3人に対する感情が僕の中でハッキリしていない。

 昨日、登校拒否になる可能性を感じていた身としては、ちゃんと学園に来てくれているようで安心しているところもある。

 でも、それで許せるかと聞かれると……。


「お願いです。話だけでも聞いてあげられませんか? エクシイ先輩?」


 視界の下から生えてくるように、ニュっとエリーが現れる。


「……いちいちキミは僕を驚かせないと出てこれないのかな?」


 おかげで肩の力が抜けたけれど。


 彼らと話すべきか、どうしよう。このまま対応を間違えて登校拒否になられても困るし……。


「ねえエクシイ。わたしも、ちゃんと話したい」


 背後からピアスが言う。


「……わかったよ。だけど、場所は変えようか」


◆◆◆


 朝から存分に注目を浴びた僕らは、庭園まで移動した。

 ここなら、今の時間は誰もいないだろう。


「それで、何から話そうか?」


 僕とピアスに向き合って立つ3人へ問いかける。


 間に立っているエリーは……立会人ってところかな?


「えっと、順番に……まず、手紙のことから謝ります」


 おそらく3人のリーダー格なのだろう、モジャモジャ頭の子が口を開く。


「面白半分で森に呼び出したこと、怖がらせようと牙を渡したこと。……グラームズ先輩、本当に申し訳ありませんでした!」


 そう言って、今度は土下座ではなく、深々と頭を下げる。

 ほかの2人も同じように頭を下げていた。


「ううん。いいんだよ。学園ランク最下位がどんな人なのか、気になっちゃったんだよね」


 ピアスの底が知れないほど慈悲の深い心から湧き出る優しさの、その一端に触れた3人はさらに深く頭を下げた。


「それから、森でドラゴンを見つけたとき、先輩のことを助けようともせず真っ先に逃げ出して、すいませんでした」


 再び顔を上げたモジャモジャ頭の子がピアスに謝罪する。

 そして、今度は僕の方へ身体を向ける。


「エクシイ先輩、ドラゴンを倒していただき、ありがとうございました」

「ん……?」


 おかしな、森から出てきた時は僕の存在になんて気づいていなかったはずだけど。


「なんで、僕がドラゴンと戦ったことを知っているの?」


 公には自然と息を引き取ったことになっているはずだ。

 カラスマル先生がしくじったのだろうか? いや、そんなまさか。


「え、いやバーナムが……」


 長髪の子が確かにそう言った。


 バーナム……? あっ、エリーのことか。


「どういうこと? エリー」

「あー……いや、まあ話せば長くなるんですけど……」


 僕がエリーの方を見ると、ばつが悪そうにしながらも教えてくれた。


「昨日の教練中に先輩と話したじゃないですか。あの後気になって裏門まで行ったら、この人たちがいたんですよ」


 エリーに見つかった3人は、諸々の事情を話したそうだ。


「それで私、エクシイ先輩を連れてきてくれって頼まれたんですよ。土下座で」


 この3人土下座好きだよね。もう土下座トリオでいいや。


「でも、先に裏門へ行ったはずの先輩がどこにも見当たらなかったことで察しまして。いい感じにフォローしておきました」


 ……そのフォローのところがちょっと気になるかな。


 彼らの態度を見ている限り、変なことは言ってないと思うけれど。


「そうなんだ」


 ともかく話は理解できた。


「でも、それ、勘違いだからね。あのドラゴン、もともと弱っていたみたいで、僕がピアスに追いついた時にはすでに亡くなっていたんだ」


 これ以上変なうわさが立つのも嫌なので、そういう筋書きをしっかりアピールしておく。

 怪訝な顔をする3人だったけれど、しばらく無言の笑顔を貫けば、納得したようにうなずいてくれた。


◆◆◆


「それで? どうするんだ?」


 突然、何者かの声が割って入ってくる。


「問題はエクシイとグラームズが許すかどうかだよな?」


 この場にいる全員の視線を独り占めして姿を現したのは、カラスマル先生だった。


「どうなんだ? グラームズ」


 先生が僕らの困惑を物ともせずにピアスに問いかける。


「えっと、わたしは……ちゃんと謝ってもらえたし、反省もしているみたいだから……。許せる、と思います」

「そうか。お前はどうだ、エクシイ?」


 今度はこちらに問いかけてくる。

 どうするか少し考えたけれど……。


「僕は……。ピアスが許すというなら、僕も許します。今回一番の被害者は、ピアスなので」


 僕が言い終わると、先生はゆっくりと深呼吸をしてから口を開く。


「なら、この話は終わりだ。そっちの3人、行っていいぞ」


 何の意図があってか、先生が土下座トリオを先に帰した。

 3人が離れていくのを確認している先生に、僕がおそるおそる尋ねる。


「あの……どの辺りから見ていました?」

「庭園に来てからだな。まったく……エクシイが下級生に土下座させてるとか聞かされた時は、何事かと思ったぞ」


 それは不可抗力なんです……。


「まあ、当事者同士で解決できたんなら、これ以上あたしが出る意味もないだろ。頑張ったな、2人とも」


 先生は僕とピアスの肩を同時に叩いてから、背を向ける。


「それが言いたかっただけだ。それじゃあな。お前たちもそろそろ教室に入っとけよ」


 去っていく先生の言葉で、今がまだ朝だったことを思い出した。

 時間は分からないが急ぐに越したことはないだろう。


「しまった、急ごう!」


 僕のその言葉を合図に3人で走り出す。

 その間際、ふと思い出したことがあった。


「ねえエリー、ちょっといいかな?」

「はい? 何ですか?」


 僕に呼ばれたエリーが足を止めた。

 ピアスが先に行ってしまったけれど、時間が惜しいので話を続ける。


「いや、ちょっと気になったことがあって。さっきさ、『話を聞いてあげられないか』とか、なんか、あの3人に肩入れしている感じがしたっていうか……」

「……エクシイ先輩って変なところで鋭いですよね。まあ、認めなくもないです」


 どうして?


 目線で問う。


「……何というか、似ているなーって思っちゃったんですよね、私に。本人たちは無自覚なんでしょうけど、あのイタズラはたぶん3人とも、ピアス先輩のことが――」

「え? なんでピアスが出てくるの?」

「先輩……。鋭いのか鈍いのかどっちかにしてくださいよ」


 どういうこと?


 なぜか呆れ果てた顔を見せたエリーは、ポカンとする僕をおいてささっと行ってしまった。

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