Seq. 4

「それにしても、どうして裏の森になんか行ってたの?」


 森から出た後、できるだけ明るく振舞いながらピアスに問いかける。


「えっと、ね……手紙で来るように言われて……」

「手紙? それが昨日の夜あったこと?」

「ううん。昨日の夜もカバンの中にいつの間にか手紙が入っていたんだけど……それはね、今日の朝に庭園に来てくださいって内容だったの」

「……? どういうこと?」


 今朝ピアスが僕を起こしに来ずに1人で登校した理由は、今ので理解できた。

 でも朝の考え込んでいる様子や森に入っていった話と繋がらない。


「うん、っと……」


 視線を泳がせていたピアスだったが、しばらくして、助けてもらった以上ごまかせないと観念したようだ。

 ふぅっと息を吐いてから続きを話してくれた。


「朝に庭園へ行ったら、また手紙が置かれていたの。それとこの袋も一緒に……」


 そういってピアスが手のひらくらいの小さな巾着袋を取り出した。

 袋には一見何も入っていなさそうだったけれど、コツコツと中で何かが擦れる音がしている。


「それでね。袋を持って今度は裏の森に来てくださいって、手紙には書いてあったの」


 言いながら、ピアスが件の袋を手渡してくれる。

 中を確認して、言葉を失った。

 なぜならその袋には、親指くらいの何かの牙が2本入っていたのだから。


「ねえ、これって……」


 その牙の正体を口にしようとする僕を制して、ピアスが俯いて話を続ける。


「変だなって思ったの。でもね、昨日の夜の手紙もそうなんだけど……とっても丁寧に書かれていたから。どうしたらいいか迷っちゃって」


 なるほど。平たく言えば、度の過ぎたイタズラということか。いや、度が過ぎているどころじゃない。つまりピアスと魔物を引き合わせ、その様子を面白がってやろうという魂胆だったのだろう。裏の森に住む魔物はそこまで危険性はないが、戦闘に慣れていないピアスならケガをすることだって十分あり得る。

 ドラゴンは想定外だったのだろうが、だとしても到底許されたものじゃない。


「エクシイ…………ありがとうね、今日は」


 無意識に強く握りしめていた拳に、ピアスの手が添えられる。

 おかげで頭に上った血がサッと引き、少し冷静になれた。

 おそらく犯人は森から逃げてきたあの3人だろう。

 そういえば、あの3人どこかで……。


「あー……」


 気が付いて思わず唸ってしまう。

 あの3人、昼休みに木剣飛ばしてきたのと同じグループだ。

 何事かと隣で首を傾げているピアスに、このことを共有しておく。


「そうなんだ……あの人たちが。それはちょっと、困ったね」


 そう、ピアスの言う通り困ったことになった。

 あの3人は僕のことを極度に恐れている。それが今度はピアスを危険な目に合わせてしまった。そのピアスが僕と親しい間柄だと知れば、報復だなんだと本気で考えて学園に来なくなってもおかしくない。


「とにかくまずは報告かなぁ」

「やっぱり、先生に言わなくちゃだよね……?」

「うーん……あのドラゴンをそのままにしておく訳にもいかないし……そこを報告するとなると、ある程度は話さなきゃいけなくなるよね。何か良い手があればなぁ……」


 しばらく2人で頭を捻ってみたけれど、解決策と呼べるものは何も浮かばなかった。

 でもいつまでも立ちすくんでいる訳にもいかないので、ひとまず学園に戻ることにした。


◆◆◆


「さ・が・し・た・ぞぉ? お前たちぃ」


 裏門をくぐるなり肩を物凄い力で掴まれた。


「あ……どうも……カラスマル先生」

「なんだエクシイ? ずいぶん覇気のない声だなぁ!? あたしがグラームズを探し回っている間お楽しみだったんじゃないのか?」

「違うんです、これは誤解なんです。先生、違うんです」


 迂闊だった。

 何も知らない人からすれば、この状況は僕とピアスが教練をサボって外で遊んでたようにしか見えないじゃないか。

 しかも、その人がよりにもよってカラスマル先生だなんて。


「話を……お願いです、話を聞いて下さい」


 なんとか弁明を試みようとするが――。


「ああ分かった。話は懲罰部屋で、ゆっくりと聞こうじゃないか。来いっ!」


 有無を言う暇さえ与えられず、僕ら2人は揃って引きずられるように連行されるのだった。


◆◆◆


 幸いなことに、カラスマル先生の誤解はすぐに解けた。ピアスが持っていた手紙のおかげだ。


「お前たちがどうして外に居たのかは分かった。もっとも、それが教練時間中に学園外へ出ていい理由にはならないがな」

「ごめんなさい……」


 生徒指導室、通称懲罰部屋のイスに座らされたピアスと僕が口を揃えて謝る。


「で、これが渡された袋か」


 先生はピアスから差し出された巾着袋を開き、中身を机の上に並べていく。

 僕はその1つを指さしおそるおそる口を開いた。


「これ……フェンリルの牙ですよね?」

「フェンリルの牙だぁ? バカなこと言うな。フェンリルの牙ってのはな、握りこぶしくらいの太さなんだぞ? こんなに小さいわけないだろ。これはたぶん、マルカムウルフの牙だな」


 マルカムウルフ――僕らが暮らすこのマルカム王国に幅広く生息する、フェンリルと同じ四足歩行の獣系魔物だ。その牙はよく装飾品に使われるが、フェンリルの牙のような特殊な効果はない。


「……ってことは……これ、ホントにただのイタズラだったってことなの? だったらドラゴンは……?」


 ピアスと僕が同じように首を傾げる。

 僕もてっきり、この牙がドラゴンを呼び寄せたのだと思っていた。

 まさか、あのドラゴンはただ偶然に迷い込んだだけだったのか……。


「ドラゴン? 何のことだ?」

「あ、はい。すいません。それがですね――」


 先生がちゃんと教えろって睨んでくるので、まだ話していなかった森の中での出来事を説明する。


「いやお前……ドラゴンって……倒したって……」


 ひと通り話すと、言葉が出ないとばかりにカラスマル先生が頭を抱え込んだ……かと思うと、今度は急に体を仰け反らせて笑い出した。


「ふっ……はははっ、あっはははっ」

「……? は、ははは……?」

「あっはっはっはっは?」


 あまりにも愉快そうに笑うものだから、ピアスも僕も一緒になって3人揃って笑ってみる。

 笑うしかないってやつかな?


「まったく、とんでもないことしでかしやがって! ナノフィとはいえドラゴンを倒したんだぞ? さすがは学園、いや世界最強ってところかエクシイ! これで名実ともに『竜殺し』ってことだな。 あ、いや、すでにそうだったか? まあどっちでもいいか。ハッハッハ!」


 それから息が切れるまでひたすら笑い続けた先生だったが、最後はまた頭を抱える態勢に戻ってしまった。


「はぁ……これどう報告すればいいんだろ……なんで裏の森にドラゴンが迷い込んでくるんだよ……」


 やっぱり悩みどころはそこか。

 このままドラゴンの亡骸を放置すれば、それを食べるためにより強い魔物がやってくるおそれがある。教師として、いや人としてもその選択肢はないだろう。一方で、ドラゴンの亡骸の処理なんて学園では行えないので一般の駐屯兵に頼まなければならない。でも、そうすれば――。


「いち学生がたった1人でドラゴンを倒したことが世間に知れ渡ってしまう。そんなことになれば余計に騒ぎが大きくなる、か……仕方がない。衰弱したドラゴンが森に迷い込んでそのまま息を引き取った、お前たちはそれを見つけただけというていで報告するぞ? いいか?」

「えっと、はい。その方が僕も助かります」


 先生の提案は僕としてもありがたいものだった。

 今以上に下級生から畏れられる逸話が生み出されるなんて、是が非でも避けたいものだ。


「それと、今日グラームズが教練に来なかったことは不問にしよう。怖い思いもしただろうしな。後始末の方はあたしがやっとくから、2人とも帰っていいぞ」

「ありがとうございます」


 評判通り頼りになるカラスマル先生に2人で頭を下げる。

 そのまま部屋から出ようと、ドアに手をかけたところで呼び止められた。


「ああ、最後にもう1つ……手紙の犯人は目星がついているんだよな? 明日そっちの方の話を改めてすると思うから、そのつもりでいてくれ。それじゃ、気を付けて帰れよ」


◆◆◆

 

「すっかり日が傾いちゃってるね」


 外に出て真っ先にピアスがつぶやく。

 相槌を打つ僕は、最後にカラスマル先生が伝えてきたことで頭がいっぱいだった。


「……ねえエクシイ? 手紙の人たちのこと、まだ怒ってるかな?」


 まるで僕の心が見透かされているみたいだ。

 もしかしたらピアスも教室を出てから、ずっと切り出すタイミングをうかがっていたのかもしれない。


「わたしは別に気にしてないよ? ちょっと怖い目にもあったけど……でも、エクシイが助けに来てくれたし」

「ピアスが良いって言っても、やっぱり僕は許せないよ。あんなの……ピアスを見世物にして、面白がってたってことなんだから」


 今回は何事もなかったから良かったものの、一歩間違えれば取り返しのつかないことになっていたかもしれない。仕返しをしようという気はないけれど、できればこれ以上ピアスに近づいてほしくないと思う。

 そこまでは口に出さなかったけれど、ピアスには表情で伝わってしまったみたいだ。


「仕方ないよ」


 そう言って2、3歩前に進み出てから、こちらを振り返った。

 夕日に照らされたその顔は、紅潮しているようにも見える。


「そういうのも覚悟の上で、この学園にきたんだから。だってね……わたしは――」


 続く言葉は聞かなくても分かる。

 それを口にするとき、なぜかいつも嬉しそうにしているから。

 総生徒数195人のこの学園で学内ランク195位の君は――。


「『最弱』なんだから」


 いつからだろう、僕がこんな思いを抱くようになったのは。


――その笑顔から片時も目を離したくないと。

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