Seq. 3
この学園の授業は午前と午後で大きく異なっている。
午前の授業は一般教養だ。クラスのみんなと一緒に一般的な知識を得るための授業が行われる。学年で授業内容が異なり、卒業にはどの生徒も必ず全ての科目を修めなければならない。
一方で午後に行われるのは「
湧者教練は類似性のある湧能力でまとめられた「部」ごとに行う。内容は部によって様々だ。
ピアスを「
ここで僕の湧者教練が行われるのだが……。
「おっすー、教練始めっかー。全員揃ってるかー?」
開始時間を少し過ぎたくらいに、頭を掻きむしりながら教練担当のコルム先生がやってくる。
顎に無精髭を生やし髪もボサボサのコルム先生は、何というか……独特なおっさん……先生だ。
「どうした? 返事がないぞー? 全員、揃ってるのか?」
「はい、います……」
「よーし、エクシイ出席っと。それじゃー今日はこれで終わりな、帰っていいぞー」
いつものことなのだが、僕1人しかいないこの部では、最初の出席を確認した後は完全な自由時間となる。
「あの、今更な気もするんですが……こんなので大丈夫なんですか?」
いろんな意味で。
「はぁ? じゃあどうしろっていうんだ? 俺とお前の湧能力の共通点なんて『珍しい』しかないんだぞ。俺が教えられることなんて何にもねぇよ。そもそもな、俺は放任主義なんだよ。やりたいことがあるなら勝手にやってくれ」
コルム先生のこの言葉も何度も聞いたものだ。
普段ならそのまま面倒そうに帰っていくのだが、今日は機嫌がいいのか悪いのか、さらにまくし立ててくる。
「だいたいなんだよ『竜殺し部』って。恥ずかしいったらありゃしねえ。お前1人のために俺がどんな思いしてるか知ってるか? 他の先生方から『竜殺し部の指導って大変そうですよね』とかしょっちゅう皮肉られるんだぞ。竜殺し部の前後には『ぶふふっ』って失笑付きだ。どんな気持ちか想像できるか? ん?」
知ったこっちゃないですよ。僕の湧能力名を面白がって竜殺し部なんて名前にしたのは他でもないあなたでしょう。それに皮肉られるのはあなたの自称放任主義が原因であって、僕何も悪くないですよね?
なんてことを思いつつも、これ以上話を引き延ばすのも時間の無駄な気がするので黙って首を横に振る。
「それじゃあな、俺は部屋に戻るわ。せいぜい自主練に励んでおけよ」
◆◆◆
「自主練なんて言われても何すればいいのか分からないんだけどな……」
鍛錬の取っ掛かりになるようなアドバイスでも欲しいところだけど、あの先生にそんな期待するだけ無駄だということは1年以上の付き合いで知っている。
仕方ないので、いつもと同じように学園の敷地をあてもなく散歩して過ごす。時々他の先生方とバッタリ会うこともあるが、サボり疑惑を掛けられたことは今までに1度もない。
どうやら僕のこの境遇は広く知られているらしい。
そんな訳でふらふらしていると、中庭が見えてきた辺りで呼び止められた。
「おーい、エクシイ」
何事かと身構える僕のもとにカラスマル先生が駆け寄ってくる。
「ちょうどよかった。どこかでグラームズ見かけなかったか?」
「グラームズ……ピアスですか? さっき一緒にグラウンドまで行きましたけど……?」
「なに? おかしいな」
先生が顎に手を添える。
どうも様子が変だな……。
「何かあったんですか?」
「いや、湧者教練に来ていないんだ。あいつがサボるとも思えんしなぁ……。あたしは保健室覗いてみるから、お前その辺り探してきてくれ」
そのままカラスマル先生は保健室へ向かって行ってしまった。
ピアスがいない? 第一グラウンドまで一緒だったはずなのに。
その後にどこかへ行ったということだろうか?
「嫌な予感がする……」
不意に今朝のピアスの様子を思い出す。
何か悩み事を抱えていた、もしかしたらそれと関係しているんじゃないか。
「……いや、とにかく探しに行こう」
考えるのは後にして、僕は走りだした。
どうか、杞憂でありますように――。
◆◆◆
まずは第一グラウンドの周辺を探すことにした僕は、グラウンドを挟んで校舎と反対側に位置する庭園にやってきた。
庭園を使う部は無いはずだから、誰か居ればすぐに分かるはずなんだけど。
「あれは……?」
向こうの方で走っている誰かの背中が見えた。
すぐに大岩で隠れてしまったのでよく確認できなかったけれど、もしかしたらピアスかもしれない。
そう思い、僕はその背中の後を追いかける。
「おっと」
大岩を回り込むと、後をつけられていることに気付いたのか、走っていた背中が立ち止まっていた。
すぐ後ろまで近づいた僕を警戒しながら、こちらの正体を確かめようと振り返ってくる。
「……おや、エクシイ先輩じゃないですか。奇遇ですね、こんなところで」
「エリーだったのか。僕はちょっと野暮用ってとこかな」
残念ながらピアスではなかった。
そう簡単にはいかないか、と肩を落とす。
「そうなんですか。私はですね、学園中を走り回っていたところなんですよ。なんでも私のようなスタミナ増幅系の湧能力っていうのは使い込めば使い込むほど効力が増すそうなんですよ。それで時間いっぱいまで走ってこいと課題を出されました。でもですね、私の『
聞いてもいないことをエリーがペラペラ話してくれる。
いろいろと言いたいことがあるけれど、今はそんなことよりも――。
「学園中走っていたって言ったよね? どこかでピアス見なかった?」
「ピアス先輩ですか? はい、見ましたよ」
「見た? どこで!?」
半分ダメもとで聞いたのだけど、思わぬ返答に前のめりになってしまう。
「えぇっ? えっと、確か……第二グラウンドの横でした。裏門の方へ歩いていったと思います」
「裏門……? わかった、ありがとう!」
たじろぎながら答えてくれたエリーに背を向けて全力で走る。
背後からエリーが何か叫んでいたけれど、振り返る余裕なんてなかった。
◆◆◆
さて、裏門までやってきたはいいけれど次はどこへ向かえばいいのだろう。
3つの選択肢がここに来た僕を挟む。
1つ目は裏門を覆うように生い茂る学園内の雑木林。2つ目は裏門から学園の外へ出て向かって左にある湖だ。外周に沿うように遊歩道が設けられている。そして最後に湖とは反対側、つまり右側にある森林となる。
「いや、実質1択だよね……」
雑木林に入るならわざわざ裏門まで回ってくる必要はないだろう。湖の遊歩道も、見渡したかぎり人影は無い。ということは、森に入っていった可能性が高いわけだ。
「急いだほうが良さそうかな」
学園裏の森には魔物が生息している。もっとも、森の浅いエリアに設けられた遊歩道から外れることさえしなければ遭遇することはないだろうけれど……。
それでもピアスの目的が不明な以上、魔物に遭遇している可能性が無いとは言い切れない。
森の遊歩道の入口まで駆け寄り、中へ踏み込もうとすると奥からやってくる人影が見えた。
ピアスかと思ったが、3人グループで何よりすごく慌てていたのでぶつからないように道をあける。
「はぁっ、何で、あんな化物がいるんだよっ!」
「知るかっ! あっ、あの人置いてきたけど、いいのかよ!」
「2年生だろ、はぁ、じ、自分で何とかできるって」
森から逃げ去っていく3人から聞こえてきた会話だ。
「……まずい!」
もう考える必要なんてない。一目散に駆け出した。
――グォギャアアーーー!!
同時に、森中に何かの咆哮が響き渡る。音の出どころは遊歩道の先だ。
なら、このまま道なりに進めばいいっ!
◆◆◆
ドラゴン――太く短い四本足で支えられた巨体から長い首と尻尾が伸び、背中には翼が生えている魔物だ。身体の上半分は固い鱗で覆われており、並大抵の武器では傷つけることは出来ない。その顎もまた強靭であり、鋼鉄の鎧すらもかみ砕くという。
それが今1人の少女を喰らわんと開かれ、長い首が振り下ろされる。
鋭く尖った牙が少女に触れようとするその刹那———。
「間に合ったっー!」
ピアスとドラゴンの間に割って入った僕が、ドラゴンの顎を受け止める。
いや正確には僕が受け止めているのではない。僕の体から染み出すように出た黒い靄がドラゴンの顎を包み込み「固定している」のだ。
「エッ、エクシイ!? どうしてここに……?」
「ピアス、大丈夫!? ケガしてない!?」
「うん、大丈夫よ。それよりエクシイ危ない!」
――ググロロォ……
突然首が動かなくなったドラゴンが唸り、鋭い目で睨みつけてくる。
それでも僕は怖気づくことなく、冷静に頭をフル回転させる。
ドラゴンの武器と言えば、顎と「炎の息」だ。でもこのドラゴンは外皮が淡い赤色をしている、つまりまだ幼体だ。付け加えるなら大きさは僕の目線より少し高いくらいしかないので、階級でいえば「ナノフィ」だろう。下から2段階目の階級なら、まだ「炎の息」を吐くことはない。なら顎を封じられた今、次の攻撃は――。
「やっぱりそうするよねっ!」
ドラゴンが器用に身体を捻り、尻尾で薙ぎ払おうとする。だが、大きく勢いをつけたそれは音もなく空中で静止する。
あらかじめ靄を広げておき、尻尾が触れた瞬間に固定したのだ。
「ふーっ、上手くいったー……」
首も尻尾も動かせなくなったドラゴンは、闇雲に四肢と翼をバタバタさせるだけの無害な存在だ。
本当はこのまま離れることが出来れば良いのだけど、僕のこの黒い
だから……。
「……ごめんさない」
ドラゴンの胸元まで広げたリーゼに、圧迫するような力のイメージを送る。
――ギャウォオーー!
心臓を握りつぶされる痛みにドラゴンが断末魔を上げ、そして四肢をぐったりとさせた。
顎と尻尾のリーゼを解けば、同じようにドスンと地面に横たわる。
「……っ、ごめんなさい……」
顔を伏せ、もう一度謝罪の言葉を口にする。
簡単に命を奪えてしまうこの力を持つ僕だからこそ、命を軽んじることはしてはいけないと思うから……。
「ごめんなさい」
僕はドラゴンの亡骸に触れて目を閉じ、改めて言葉にするのだった。
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