Seq. 2
午前中の最後の授業が終わった。今の授業の内容をまだまとめている人、周りの席の人たちとしゃべりだす人、食堂に行くのか我先にと教室を出ていく人、みんな様々だ。
僕はカバンから朝買った野菜サンドを取り出して、ピアスのもとへ歩み寄る。
相変わらずぼんやりしているようだったので、机をノックする感じで叩いた。
驚かさないように、できるだけ軽くしたのだけど、それでもピアスはビクッと体を震わせてしまう。
「……ッ、え……エクシイ? どうしたの?」
「もう昼休みになったけど……調子が悪いなら、お昼ご飯断ろうか?」
「大丈夫。うん、ちょっと考え事していただけだから……」
「ホント? だったらいいんだけど」
こんなピアスを見るのは初めて……ではないけれど、珍しいことなのには違いない。
やっぱり大変なことなんじゃないかと心配になる一方、僕の方から無理に問い詰めるようなことはしたくない。
ここは気にしないフリをする方がいいのかな。
「ミロ、中庭で待ってるって。行こう」
そうして、頷いて立ち上がったピアスと一緒に中庭へ向かっていった。
◆◆◆
コの字型の校舎に挟まれた中庭には、木造りのテーブルとベンチがいくつか置かれている。すでに座って昼食を楽しんでいる女子グループもいれば、テーブルから離れた場所で木剣を打ち合っている男子たちもいる。
ミロはどこだろうかと首をキョロキョロしていると、中央付近に置かれたテーブルを押さえている彼女が見つかった。
ミロもこちらに気付き手を振ってくれる。
「こっちよ。エクシイ、ピアス」
「ありがとう、お待たせしたかな?」
料理が詰められた弁当箱がすでに並べられているテーブルまで歩いて、ミロと向かい合う形でベンチに腰掛ける。
「ちょうど準備が出来たところよ。ピアスも、こんにちは。来てくれて嬉しいわ」
「いえ、こちらこそご一緒できて恐縮です」
僕の左隣に座ったピアスとミロの話を聞き流しながら、辺りを見回す。
エリーはまだ来ていないみたいだ。
「……ここにいますよ?」
「うわぁっ!」
突然耳元で囁かれて飛び上がってしまう。
1つ咳ばらいをし右を向くと、してやったりとばかりにニヤニヤしているエリーの姿があった。
「……人の心を読むのやめてくないかな」
「えー、エクシイ先輩が分かりやす過ぎるんですよ。あ、ミロ先輩、お隣失礼いたします」
そう言いながらエリーが軽く頭を下げてミロの隣に座る。
さて、これで全員が揃った。
眼前に広がる肉料理の数々を見ているだけで、口の中がよだれであふれそうになる。
「ふふっ。エクシイ、もう待ちきれないって顔してるね」
ピアスの言葉に、ミロとエリーの2人が笑い声を漏らした。
それから、ミロが胸の前で手を合わせて口を開く。
「それじゃ、エクシイも我慢の限界でしょうから、さっそく頂きましょうか。せーの――」
「「「いただきます!」」」
◆◆◆
「フェンリルのお肉って結構歯ごたえがあるんですねぇ」
分厚いステーキの一切れを口の中でもぐもぐさせながらエリーが言う。
「ええ。初めて食べたけれど、しっかり筋肉って感じがするわ。ミロさんはよくお食べになるの?」
「そうでもないわ。頂くのは……これで2回目になるかしら。食べたい時に食べられるものではないからね」
「なるほど……ミロ先輩でもなかなか食べられないだなんて、やっぱり珍しいものなんですね。よく手に入りましたね」
エリーの言う通り、フェンリルの肉は希少な食材として知られている。その1番の理由は、フェンリル自体が滅多に討伐されないからだ。
ただ肉が欲しいなら、狩りやすい魔物が他にたくさんいる。そんな中で、わざわざフェンリルのような凶暴な魔物を相手に命を懸ける人なんていないだろう。
そういった魔物が討伐されるのは、何かしらの理由で人里に近づいてきてしまった時や、あるいは誰かがその魔物由来の素材を欲しがった時くらいだ。
そして、フェンリルの素材にはあまり需要がない。
つまり前者のようなことがあったということだろう。
「そうなの。なんでも近くでフェンリルの素材の納品を依頼した人がいたそうで、その余り物を買い取らないかって話がきたのよ」
……まさかの後者だった。
「……フェンリルの素材を欲しがるなんて珍しいね」
「私、フェンリルの素材って聞いたことありません。何かあるんですか?」
エリーの疑問はもっともだ。魔物由来の素材には、特殊な力が宿るものが存在する。けれど、フェンリルはそういった部位をほとんど持たない。
ただ一カ所、あるとすれば――。
「牙……だよね」
答えたのはピアスだった。
ミロも頷いて、補足してくれる。
「そうね。フェンリルの牙には、魔物を寄せ付ける効果があると言われているわ」
「魔物を寄せ付ける、ですか。なるほど……エクシイ先輩が珍しいというのも理解できました。ところでエクシイ先輩」
「何かな」
「その袋は何なんですか?」
机の端に置かれた紙袋をエリーが指して言う。
今日の昼食用に買っていた、野菜サンドが入った袋だ。
「……お肉に夢中ですっかり忘れていた」
「いや、だからそれ何ですかって」
口をとがらせるエリーに中身を教える。
何の変哲もないサンドイッチだと知ったエリーは心底つまらなさそうだった。
いったいどんな期待をしていたのだろうか。
「これも食べなきゃだね。……そうだ、いいこと思いついた。せっかくだからサンドイッチに何か挟まさせてもらってもいいかな?」
「構わないわ。これなんてどうかしら? 薄切りのお肉を唐辛子で炒めたものなのだけれど」
ミロが差し出してくれた料理をたっぷりとパンに挟み形を整える。
パンからはみ出さんばかりのその量は、どの角度から見ても圧巻の一言に尽きる。
「すごい量ね……これはそうね……ズバリ、フェンリルサンド、かしら」
ピアスにフェンリルサンドと名付けられたその怪物を前にして、自然と緩む口元もそのままに豪快にかぶりつく。
いや――かぶりつくはずだった。
「ッ、先輩危ないっ――!」
そのエリーの声に反応する間もなく、とてつもない衝撃を頭頂部に受けることになった。
◆◆◆
ベンチに座ったままテーブルと反対側に仰け反ったけれど、僕はかろうじて意識を繋ぎ止めていた。
「っつ……たたぁ……」
何が起こったのか、地面と頭をくっつけたまま考える。
何かが頭にぶつかったはずだけど――。
「……? 木剣……?」
逆さまの視界の中に木剣が見えた。
そうか、あれが頭に飛んできたのか。
「エクシイッ、大丈夫!?」
「……ごめん、引っ張てもらってもいい?」
ピアスに手を貸してもらい、起き上がる。
痛む所に触れてみて出血していないことが確認できると、ホッという息が漏れた。
心配そうに見つめてくるピアスに平気だよ、と意味を込めて笑顔を見せる。
それを見たほかの2人の表情からも力が抜けた。
「す、すいませーん! 大丈夫ですか!?」
そう言って駆け寄ってきたのは男子生徒3人のグループだった。
ああ、確か木剣の打ち合いをしていた人たちだ。
3人のうち、木剣を手にしていない1人が僕の前に進み出る。
「あのっ、ケガとかしていませんか? ごめんなさい、夢中になっちゃって……」
「大丈夫、僕は平気ですよ。あ、でもサンドイッチ……」
名前も知らない天然パーマの男子生徒の心配をよそに、僕の手から無くなっていたサンドイッチを探す。
テーブルの上にあればまだ食べられたかもしれないけれど、残念なことに飛んできた木剣の隣で土まみれになっているのが発見された。
「ほんと、すいませんっ! 新しいのすぐ買ってきます!」
「おい、ちょっと待てよ。あの人って……」
木剣を抱えていた七三分けの男子生徒が青ざめた顔をして、木剣を持つもう片方の長髪の男子生徒と財布を手に走り出そうとする天然パーマに耳打ちする。
「…………ッ!」
何かを聞いた2人の顔が、同じようにみるみると青ざめていくのが分かった。
「ほんとにっ、すいませんでしたーーー!」
次の瞬間には、3人揃っての土下座を間近で見せられていた。
「まさか先輩が『竜殺し』だったなんて……そうとは知らず、なんて無礼な真似を……」
「こ、こちらお詫びに差し上げますっ!」
「失礼しましたっ! お、俺たちこれで失礼します!」
予想だにしなかった状況に何も理解出来ないまま、全力疾走で去っていく彼らをただ眺めていた。
先ほどまでサンドイッチを握っていたはずの僕の手には、彼らの財布だけが残されている。
「わあー。辞書に載せたくなるくらいの、清々しい遁走っぷりですね。そう思いませんか? 『竜殺し』のエクシイ先輩?」
愉快そうにいたずらっぽい笑顔を浮かべたエリーが、ここぞとばかりに茶化してくる。
「あの人たちも可哀そうですね。もう学園に居て心穏やかにいられる時なんて訪れないですよ」
「そこまで大袈裟なことじゃないと思うけど……」
「でもですねピアス先輩、『世界最強』と名高い『竜殺し』であるエクシイ先輩相手に粗相をしたんですよ? いつ後ろから全身バラバラにされても文句言えませんって」
「僕はそんなことしないよ……」
『竜殺し』とは僕の湧能力の名前だ。世界中でも類を見ない能力で、確かに世界最強クラスと言われている。実際、ほとんど能力のおかげで僕の学園内ランクは1位だ。
その肩書から、畏怖に近い感情を向けられることは今までにもあった。
でもさっきのようなことは初めてだ。
こんなの、ハタから見たら僕が下級生相手にカツアゲしただけじゃないか……。
◆◆◆
その後はミロに促され、みんなでお弁当を平らげた。
食べ終わったみんなが片づけをしている傍らで、僕はただ頭を抱えていた。
「エクシイ、あんまり気にしない方がいいよ?」
「そうよ。偉大な力を持つエクシイがそれでも優しい心の持ち主だということは、ワタクシたちだけではなく、この学園の多くの人が知っているもの」
ピアスとミロが掛けてくれる優しい言葉が心に染み渡る。
「あのぉー……思った以上にエクシイ先輩がショックを受けているみたいなのでお教えするんですけど……。あの人たち、私と同じクラスなんですよね」
「やっぱり1年生だったのね」
僕が学園に入学した頃の扱いといえば、農家出身のお上りさんに対するまさにそれだった。当然どんな湧能力を持っているかも知られていなかったので、変に距離を置かれることなんてなかった。
今は湧能力が学園中に知れ渡っているけれど、同級生も上級生もみんな気安く接してくれている。それはきっと、一緒に切磋琢磨してくれていたミロのおかげなんじゃないかな。
逆に1年生は学園内ランクトップに君臨している僕しか知らないわけで、そのため多くは僕に対し畏敬の念を抱いている。
「やっぱり1年生」というピアスの言葉はそういう意味だ。
「はい。それで、ですね。もしよろしければ……私が、あの人たちのエクシイ先輩に対する誤解? みたいなものを解いても良いんじゃないかなーと思うんです。ついでにお財布たちもお返ししておきますし……」
エリーまで、普段は絶対見せない優しさを僕に向けてくれる。
嬉しいけれど、後輩にまで気遣われるのはさすがに情けないか。
なんとか、気持ちを切り替えないと。
「いや…………財布は僕が自分で返しに行くよ。ただ、このままだと顔を見せただけで逃げられそうだから、少し話を通しておいてくれると……助かるかな」
「了解です。それじゃ、明日のお昼までには『エクシイ先輩はそこまで怖い人じゃないよ』って伝えときますね」
「助かるよ」
お礼の言葉を伝え、頬を両手で軽く叩く。
それから限界まで息を吸って、思いっきり吐き出した。
「……よし、いつまでも落ち込んでいても仕方ないよね。みんなありがとう。っと、そろそろ午後の教練が始まる時間だ」
「あら、もうそんな時間なのね。いろいろあったけれど、とっても楽しい時間だったわ。一度教室に荷物を置いてこないといけないから、お先に失礼するわね。またみんなで一緒にお昼しましょう」
ミロが弁当箱を抱えて立ち上がり、校舎の方へ歩いていった。
「あー、そういえば私の教練場所って第三グラウンドなんで中庭からだと遠いんですよね。この時間だとちょっと急がないと間に合わないかなぁ……。ということなんで、私も失礼しますねー」
エリーも早々に走り去ってしまう。残されたピアスと僕は、どうしようかと顔を見合わせる。
「途中まで一緒に行こうか」
「うん」
頷いてくれるピアスの横に立ち、2人並んで歩き出す。
そういえば、今朝はずっと曇りっぱなしだったピアスの表情が笑顔になっているのに気が付いた。
何があったのかは分からないけれど、みんなとご飯を食べたり一緒に話したりしたおかげで気持ちが晴れたんだと信じたいな。
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