世界最強の僕が最弱の君に恋をした理由

鷹九壱羽

【1章】最強の僕、最弱の君

Seq. 1

 窓から差し込んでくる日差しにまぶたをくすぐられ目が覚める。


「ふぁ…………はあー」


 今日は随分と穏やかな目覚めだなぁ。ゆっくりと体を起こし、目をこする。

 時計の方を見るとキッチリ7時を指していた。

 なるほど、毎日同じ時刻に起こされていると自然と体が覚えてしまうらしい。


「えー…………っとー」


 寝起きでまだ頭が回らないのか、あるいは慣れない静寂に戸惑っているのか、次に自分が何をすべきなのかが分からなくなる。

 いつもなら……たしか、顔を洗っておいでって言われるんだっけ。

 そんなことを考えながら立ち上がり洗面所へと歩いていく。

 それにしても今日はどうしたんだろうか。今までにも朝から用事があるとかで来ない日はあったけれど、そういう時は必ず教えてもらっていた。

 昨日は何か言っていただろうか。

 顔をタオルで拭きながら記憶を振り返ってみる。

 しかし、そんな話をした覚えはない。


「まあ、それが当たり前っていうのも変だよね」


 何かを誤魔化すようにつぶやいてみる。

 誰の耳にも届かない言葉は、かえってそれを膨らませるような気がした。

 結局は何も誤魔化しきれないまま僕は制服に着替えカバンを手に取り、そしていつもと同じように部屋を出る。


「いってきます」


◆◆◆


「おう。おはようさん、エクシイ」


 扉に取り付けられたベルを鳴らしながら店に入ると、筋骨隆々でこわもてのおじさんが奥から顔を出す。

 僕が毎朝お世話になっているベーカリー「ローレル」の店長、フォレスさんだ。

 見た目によらず優しい人で、下宿生活で何かと節制が求められる僕に売り物にならないパンやオリジナルのサンドイッチを格安で提供してくれている。


「ん? 今日は1人なのか。なんだ? 嬢ちゃんとケンカでもしたのか?」

「そういうわけじゃないんですけど……あはは、こんな日もありますよ」

「そうか? なんにせよ、少しでも心当たりがあるならちゃんと謝っとけよ。ちょっとしたすれ違いが、いつの間にか、修復不可能な大きな溝になっていたりするからな……」


 心配してくれていたフォレスさんの声がだんだんと小さくなっていく。

 哀愁に満ちた表情で、何だか遠くを見つめちゃっているし……。


「えっと……フォレスさん、今日のサンドイッチ何ですか?」

「あ、ああ。今日のはな……悪い、肉切らしていてな……野菜サンドなんだ」


 一瞬もとに戻ったフォレスさんが今度は申し訳なさそうな顔をした。

 また変な空気になりそうだったので、いっそのことオーバーリアクションで返す。


「そうなんだ、野菜サンドかぁ! 最近ちょっと野菜不足気味だったからちょうどいいなー! じゃあ、いつものパンと合わせてお願いします!」


とにかくこの男2人の気まずい空間から抜け出したかった。


「お、おう……まいどあり」


 薄く切られた四角いパンのヘタと野菜サンドを詰めてくれた紙袋とその代金を交換し、僕は逃げるように店から出るのだった。


◆◆◆


 野菜サンドの入ったカバンをぶら下げ、パンのヘタをかじりながら歩いていく。

 学園の正門をくぐる頃にはもう食べきってしまっていた。


「いつもなら話してばっかりで、半分も食べられていないのになあ……」


 そんな些細なことに、改めて今日は1人なんだと感じさせられる。


「そういえば……」


 あの子が出てくるのってこの辺だっけ。

 普段は話すのに夢中でやられてしまうけれど、今日は1人。つまり余裕があるってことだ。

 たまには返り討ちにでもしてみようか、なんて考えていると――。


――ガサガサガザッ


 左にある茂みから気配が!


「そこだっ」

「残像ですよ!」


 音のした茂みに意識を集中させ、飛び出してきたところにデコピンしようとするも、現実は非情だった。

 突如背後現れた声の主に突き倒されてしまう。

 おかげて顔から茂みに突っ込むハメになった。


「甘いですね、エクシイ先輩。石でフェイントかけただけでしたけど、見事に引っかかってくれるんですもん。ちょっと強力な湧能力を持っているからって、気を抜きすぎているんじゃないですか?」


 こちらの背中に腰を下ろして、彼女はそう口にする。

 なるほど、本人は反対側の茂みに潜んでいたか。


「エリー……とりあえず背中に座るのやめて」

「はーい」


 エリーは、毎朝こんな感じで絡んでくる正直厄介な後輩の女の子だけど、素直に降りてくれるあたり根はいい子なんだと思う。

 僕は立ち上がって制服の土を払いながら再び口を開く。


「あと僕は、湧能力がどうだからといって驕ったことはないからね」


 湧能力ゆうのうりょく———この世界で生きる人々の中の、一部の者が持つ超常的な力のことだ。自然の法則を捻じ曲げる力であり、多種多様な能力が存在している。

 たしかにエリーの言う通り、僕の持つ湧能力は少し珍しくて強力だ。

 でも、それで自分が特別なんだとは思っていない。


「はい、知っています。あれ……そういえばエクシイ先輩。今日はおひとりなんですか?」

「うん、今気づいたんだ……」

「珍しい日もあるんですね。なるほど……なら、今日は私が先輩をエスコートして差し上げます!」


 そう言うが早いか、エリーが僕の腕をがっしりと掴んでくる。


「それじゃ先輩、行きましょーう!!」


◆◆◆


「エクシイ先輩、あの人……」


 僕を引っ張りながら昇降口の前まで来たエリーが急に立ち止まる。


「どうしたの?」

「あの人って、シワードさんですよね? えっ、真っすぐこっちに向かってきているみたいなんですが……」

「うん、ミロだね」


 エリーの視線を追うと、1人の女子生徒が校舎の中から真っすぐにこっちへ向かってくるのが見えた。

 ミロ・シワード、2年生の僕よりも1つ上の学年の先輩だ。

 おそらく僕に話があるのだろう。

 こちらからも近づいて声をかける。


「おはよう、ミロ」

「ごきげんよう、エクシイ。あら、今日はあの子と一緒ではないのね?」


 もう3度目になる問いかけに、思わず苦笑してしまう。


「……僕らってそんなにいつも一緒にいるように見えるのかな」

「見えるも何もずっと一緒に居ますよね。私毎朝先輩のことストーキングしていて、あの人見なかった日なんてありませよ」 


 いつの間にか僕の背中に隠れていたエリーが口をはさんでくる。


「ストーキングってなんてこと言ってるのキミ。っていうか何で後ろにいるの? えっ、まさかビビっているの?」

「当たり前じゃないですか! ミロ・シワードさんですよ!? ファイフ公国からの留学生で、座学実技ともに優秀。特に学園内ランク2位の実力を持つ凄腕なんですよ! 物凄く有名じゃないですか! さすがの私でもちょっとくらいは遠慮しますよ」


 だったらそんな大声出さないで欲しいんだけど。


「ふふ、そちらの方はエクシイのお知り合いかしら? ワタクシのことを知っていただいているようで、光栄だわ」

「とんでもないです! えっと、わ、私一年生のエレアノール・バーナムといいます。そっ、その……シワード様とお会いできてこちらこそ大変光栄です」

「そんなに畏まらなくても大丈夫よ。ぜひミロって呼んで欲しいわ。よろしくね、エレアノールさん」

「はい! よろしくお願いします、ミロ……先輩」


 エリーのあんな恭しい態度、僕初めて見るなぁ。

 っと、話が逸れているかな。


「そういえば、何か話があるんじゃなかったけ? また練習試合かな」

「そうだったわ。いえ、練習試合ではないのだけれど……今日のお昼を一緒にどうかしらと思ってね」

「えっ? お昼?」


 それは予想外だ。

 てっきりいつも申し込んでくる湧能力の試合だと思っていたから、間の抜けた声が出てしまった。


「そうよ、実はねフェンリルのお肉が手に入ったの。せっかくだから、みんなでいただきたいなって」

「へぇー、フェンリルか……」


 フェンリル――深い森の奥に生息する四足歩行の獣系魔物だっけ。かなり凶暴で討伐が難しい魔物だから、その素材は高級品のはずだ。


「……いいのかな?」

「もちろんよ。いつも試合に付き合ってもらっているお礼も兼ねているの。遠慮の必要はないわ」

「そういうことなら、ぜひご馳走になろうかな」


 今日の昼食は野菜サンドだけだったからありがたいなぁ。

 そんな風に思っていると、背後でじっとこちらを見つめているエリーに気が付いた。


「……どうしたの?」

「別に。なんでもありませんよ」


 絶対嘘だ。

 というか、そんな目をしていれば言いたいことも分かってしまう。

 ……しょうがない。


「ねえ、ミロ……」

「ええ、構わないわ。エレアノールさんも、ご一緒にどうぞ? それと、よかったらあの子も連れてきてね」

「うん。ありがとう」


 僕が言いたかったことを全部ミロに先回りされてしまった。

 ミロのことだからきっと、初めからそのつもりだったのだろうけれど。


「それじゃ、お昼休みに中庭に来てちょうだいね。待っているわ」


 そう言い残してミロは昇降口の方へ戻っていった。


「ミロ先輩ってどんな人なのかなって思ってましたけど、案外話しやすそうな方ですね。お昼が楽しみです」


 ミロに誘われたあたりからずっと小躍りしていたエリーがそんなことを言っていた。


◆◆◆


 教室に入り、クラスメイトと挨拶を交わしながら視線を巡らせると、目的の人物はすぐに見つかった。


「ピアス、おはよう」

「…………」

「ピアス?」


 すぐ後ろまで歩いて声を掛けてみても、考え事でもしているのか、こちらを見てくれない。

 ピアスらしくないな。今朝は部屋に来なかったことといい、やっぱり何かあったのだろうか。

 顔を覗き込むようにしばらく首を捻っていると、ようやく僕に気付いた。


「あっ、あれっ? エクシイ……えっと、おはよう?」

「うん、おはよう。ピアス」


 ピアス・グラームズ。朝からみんなが僕に尋ねていたのは彼女のことだ。

 僕と同郷の女の子で、こっちの学園に来てからは下宿している僕の部屋まで毎朝起こしに来てくれている。それがどういう訳か、今日は1人で登校していたらしい。

 さっきの様子も気になるし、もし何か困っていることがあるのなら、力になりたいと思う。


「1人で登校するなんて珍しいね。今朝って、何か用事でもあったのかな?」

「えっと、ね。大したことじゃないの。ただ、昨日の夜にちょっと急なことがあって……大丈夫、わたし1人でなんとか出来そうだから。今朝は起こしに行けなくてごめんね」

「ううん、僕の方こそ、いつも頼ってばかりで無理させちゃっていないか心配だよ」

「無理だなんて、そんなわけないよ!」


 そうかな、と当たり障りのない言葉を続けながら考える。

 こういうときピアスは隠し事が下手だ。まだ何も聞いてないのに先走って取り繕ってしまうあたり、何か困り事があるのだろう。

 そうだとしても、当人が隠そうとする以上無理に聞き出すわけにもいかないか。

 他の話題に変えることにしよう。


「そうだ、ピアス。今日のお昼は空いている? ミロからご飯に誘われたんだけど、一緒にどうかな」

「ミロさんに? うん、お昼なら大丈夫かな……」

「よかった。エリーも来るから、賑やかなご飯になりそうだね」

「おーし! 時間だぞ、全員席に着けよー」


 教室中に聞こえるように張り上げられた声に話が遮られる。

 僕らのクラス担任のカラスマル先生が、始業時間ピッタリに教室へ入ってきたことを知らせる言葉だ。

 カラスマル先生は美人で頼りがいがあって、それにどんな相談事に親身になってくれるということで評判が良い。だから男子生徒からはもちろん、女子からの人気も高い。

 ただし綺麗なバラにはトゲがあるということなのか、怒らせて地獄を見た生徒は少なくないそうだ。


「それじゃあピアス、またあとでね」


 周りのクラスメイトと同じように、僕もいそいそと自分の席へ戻っていく。

 さあ、今日も一日の始まりだ――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る