第三十二話 感謝祭の露店巡り

 大聖堂の外、ロッツァーノの市街大通りを歩いています。

 神であるのに、天界へ帰れないしお金も無いわたくし

 それで立場が弱いので、ビーチェとジーノにしがみ付く他ないんです……

 空は薄暗くなり、パレードは終わったようなのでまた露店周りが賑やかになってきました。

 でもこんな服装(法衣ほうえ)なので人々からジロジロ見られてます。

 ああっ イイ匂い…… お腹空いたなあ……


「ねえ女神…… いや、ディアノラ様。なんか食べてみますか?」


『へ?』


「だからっ あたしが御馳走するって言ってるんですよ」


『よろしいのですか!? じゃあ…… あそこのアランチーニ(ライスコロッケ)を……』


 わたくしは恐る恐る、ちょうどすぐそこにある露店に指をしました。

 揚げ物の油とソースの香りが漂っていて、もう我慢出来ません!


「おおっ あたしも食べたい!」

「俺も俺も!」


 二人もアランチーニが食べたくなったようで、露天の方へ駆け寄っていきました。

 私は二人の後ろからのっそりと覗いてみます。


「いらっしゃーい! うわっ!? し、司祭様?」


 店主らしき金髪髭おじさんは私の姿を見てギョッと反応しました。

 そりゃそうですよね。やっぱり人間の服装に着替えた方が良かったかしら……

 ビーチェがおじさんの反応を見て、何故かニヤッと微笑みました。

 何か企んでいるのですかね?


「おっちゃ…… いや、素敵なおじさま。揚げたてアランチーノ味違い三個入りセットを三人分所望しょもういたします」


「おっ…… はい。ありがとうございます……」


「こちらの大司祭、ディアノラ様はずっと南の領地から視察のためにお忍びでいらっしゃいました。私たち二人はその従者でございますの。オホホホ」


「は、はあ…… では少々お待ちくださいませ」

(なんだこいつら…… 話に聞くと偽司祭がいるらしいが…… 面倒臭いから商品をやってさっさとあっちへ行ってもらおう)


 ビーチェったら、また貴族令嬢のような口調になってしまいました。

 勝手に自己紹介なんかしちゃって。

 大司祭って―― せめて司祭って言いなさい!

 それに法衣を着ていてはお忍びにならないじゃないですか!


「お、おいビーチェってば……」

「何ですの? ジーノ。偉大なるディアノラ様がこの素晴らしいお店のアランチーノをご所望しょもうされただけですよ?」

「ええ……」


 どのような動機なのかわかりかねますが、わたくしたちが胡散臭くなってきましたよ。


「はい、おまちどおさまでした。私からのサービスで五個入りセットです――」


「なんと! ありがとうございます! おいくらでございますか?」


「いえいえ! 感謝祭で大司祭様からお金を頂くわけにはいきません。どうぞお召し上がり下さい」


「まあまあ! わたくしたちにほどこしをして下さるとは感謝にえません! さっ ディアノラ様。早速頂きましょう」


 ビーチェは店主から受け取ったアランチーノ三袋のうち一つを私に渡して下さいました。

 この熱々ホカホカ…… ほんのにかけられているトマトソースの香り…… たまりません!

 しかしタダって…… いのかしら?

 では、頂くとしましょうか。

 モグモグモグ――


『にょふっ!? とろけるチーズが中に入ってますぅ! おいひいでしゅ…… モグモグ―― むほっ!? こっちは玉子入り! にゅふぅ…… うううっ――』


「――ディアノラ様、泣くほど美味しいのかよ」


 うううっ ジーノが言うとおりです。

 今までずっとモニターから美味しい物を眺めるばかりで悔しい思いをしてきましたが、やっとこの世界の食べ物を食べることが出来たのですから泣きたくなりますよ。

 お米とチーズがこんなに合うなんて―― はふはふっ

 玉子は黄身が半熟―― ライスのほのかな塩気と、いやーんマッチングぅ!

 何だか店主が残念な目でわたくしを見ているような気がしますが。


「さあディアノラ様! こんなに美味しいアランチーノを御馳走して下さったお店に祝福をしてあげて下さい!」


『はふっ!? ああ…… はい』


 無闇に神の力を使うのは良くないのですが……

 まあ、美味しかったしちょっとぐらいなら良いでしょう。


『これ、持ってて下さいね』

「あっ はい」


 アランチーノの袋をジーノに渡すと、私は両手を広げて言葉を言いました。

 特に言葉なんて不要なのですが、人間たちにわかりやすく格好を付けてみます。


『愛の神サリ様、美味しいアランチーノを恵んでくれたこのお店に祝福がありますように!』


「わっ すっげー適当な言葉だな。大丈夫なのか?」

「しーっ」


 ジーノが小声で何かを言っているようですが――

 ――ザワザワザワ


「――お、おい! 店の周りにだんだん人が集まってきたぞ!」

「えっ マジで!?」


 早速わたくしがかけた祝福の効果が現れてきたようですよ。

 当然です。わたくしは神なのですから。


 ――ドドドドドド


「おい! 俺にも司祭様が召し上がってたのを一つくれ!」

「あたしにもよ!」

「待て俺の方が先だ!」

「ボクには二つちょうだい!」

「ワタシは三つ下さい!」

わしにも一つくれぇぇ!」


「ええええぇえええ!? あのちょっと! お客さん並んでくださーい!」

(どうなってんの!? あの偽司祭、本物以上ってことお!?)


 アランチーノのお店には急にドッと人が押し寄せ、店主はびっくり。

 ついには長蛇の列をなすほどになってしまいました。

 別の店員は調理にてんやわんや。

 うーん、もう少し力を弱くした方が良かったかしら。

 でもわたくしたちが無料で頂いた分は十分過ぎるほど儲けられるでしょう。


「やっぱり本物の女神様かもな」

「うん。今度ウチの店にもやってもらおうかな。うっひっひ」


『あなたたち、まだ私を信じていなかったのですか…… トホホ』


---


 それからというもの露店巡りが始まり、パンにいろいろ挟んで食べるパニーノ、包んだピッツァであるカルツォーネ、ビゴッティで食べたのにまたジェラートを食べたり。

 アランチーノを食べたお店と同じように、タダで貰って食べては祝福をし、お客がドッと集まるの繰り返しでした。

 はふはふっ ペロペロッ 美味しいですう!

 わたくしが言うのもなんですが、神がこんなことで良いのでしょうか……


『げふーっ もうお腹いっぱいでふ…… ご馳走様です……』


「ふあああっ 食った食った! あの二万リラには届かないけれど、一万リラ以上は確実に回収したよな!」

「え! ホテルの玄関で二万リラ払ったアレのことかよ!」

「商売人は極力損をしないように心掛けることが大事だぞ。お店もあんなに人が来て儲かってるんだし、いいだろ?」

「おまえのはセコいだけじゃん……」

「ダメだな。ジーノは商売人に向いてない」


 そんな話をしながら、ホテルへ帰る方向へ歩いていました。

 お腹いっぱいだし、明日もお祭りへ行くって言ってましたからね。


---


 ホテル玄関前。

 私は二人の後について歩いていましたが、やはり警備係と案内人は私の姿を見て目を丸くしていました。


「あ、あの…… こちらの方は……??」


「むむっ? 控えおろう! こちらにおわすお方をどなたと心得る! 恐れ多くもアレッツォ教会の大司教ディアノラ様にあらせられるぞ!」


「えっ?」

「はっ?」

「「ははーーーっ!」」


 あちゃー、ビーチェは何言っちゃってくれてるんですか?

 ホテルの人たち土下座しちゃってますよ!

 ちょっと昔にモニターで地球のテレビ番組で見たナントカコーモン…… そんなことよりアレッツォみたいな小さな教会に大司教なんているわけないじゃないですか!

 さっきは大司祭だったのに大司教になってるし、教皇と枢機卿の次に偉いのにもしバレたら大変ですよ!


(ビーチェはまた調子に乗って大嘘こいてるな。しかしなんだ? あんな言葉は初めて聞いたぞ)


『あいや…… 頭をお上げ下さい…… オホホホ』


「ははっ 誠に恐れ多いことながら…… まさか大司教様が当館にいらっしゃるとは……」


『大聖堂で、同郷のこの子たちと偶然出会いまして…… せっかくですからご一緒させて頂きました』


(おっ ディアノラ様ナイスアドリブぅ!)

(おいビーチェやり過ぎだぞ)


「そうでございましたか。実はさっき街の通りで噂になってまして、大司祭様が店の前でお祈りすると次々にお客が増えだしたという…… もしやそれはディアノラ様のことでは?」


『あっ? えっと…… まあそうです。さっきの大司教というのはこの子たちが勘違いなんです。これビーチェ! あれほど言ったのに間違えてはいけませんよ! オホホホホ……』


「えー…… ごめんなさい」


 うわちゃー! 案内人がそんなことを言ってますが! 噂が広がってホテルにまで届いてるなんて! 話がますますややこしくなりますぅ!

 これなら力が漏れても法衣を脱ぐべきでした!


「大司祭様の力とは素晴らしいですね! 私たちもあやかりたいものです……」


『ごめんなさい…… 決まりでどなたもというわけにはならないのです。ほどこしの礼でちょっとお祈りをさせてもらっただけですので…… それでは、これにて失礼します……』


「ははっ こちらこそ申し訳ございません! ごゆっくりおくつろぎ下さい」


 玄関の案内人と警備係は最敬礼で、私たちをホテルの中へ入れてくれました。

 はぁ…… 何だかホテルの玄関だけでもドッと疲れてしまいました。

 ちょっと休みたいです……


---


 ホテルの部屋。

 モニターで見ていましたから様子はわかりますが、実際床に立つとなかなか良いものです。

 天界の私の部屋より良いんじゃないですかね?


『ビーチェ、さっきのはやり過ぎです! 大人しくなさい!』


「はぁい……」

「やーい! 女神様に怒られてやんの! きっと天罰が下るぞ!」

「ええっ!!? ディアノラ様そうなんですか!?」


 ジーノが煽ると、ビーチェが顔を青くして私に訴えました。

 こういう所は子供みたいに素直なんですよね。


『いえ、そういうのはしませんから……』


「なーんだ、良かった。ジーノのばーかばーか!」

「ちえっ つまんねーの」

「むかつくぅ! バシッッ」

「いたあああ!! 思いっきり叩くなよな!」


 またビーチェがジーノの頭を叩いてます。

 本当に子供ですね…… はぁ

 それよりも―― ホテルの部屋まで連れてこられたんですが、わたくしはここで泊まってもよいのかしら?


『あの…… 今晩、わたくしはこの部屋で過ごしてもよろしいのですか?』


「ああ、勿論。天界へ帰れないんじゃ仕方が無いですよね」

「ディアノラ様、ごゆっくりおくつろぎ下さい。ふふふ」

「玄関の人の真似すんな! あと宿代はウルスラが払ったんだろーが。あっ ウルスラはまだ外で飲んだくれてるんだよな。もう知らん!」

「まーそのうち帰って来るだろ」


 良かった…… サリ様や他の神とも連絡が取れないし、しばらくはこの子たちの世話にならないといけません。

 そうだ。ウルスラには正体を明かさないほうが良いのかどうか……


『あの二人とも、ウルスラに私の正体を明かすかどうかは様子を見てからにします。それまで黙っていてもらえませんか?』


「わかりましたディアノラ様!」

「了解ッス!」

「ところで、お風呂へ入りませんか? あたしたちはもう入ったから明日の朝でいいです」


『へ? お風呂ですか。はぁ…… ではお言葉に甘えて頂くことにします……』


 そうですね。お風呂に入ってサッパリして、今後のことをゆっくり考えましょう。

 法衣を脱いで―― モゾモゾ


「おいジーノ! 何でディアノラ様の着替えをジッと見てんだよ!」

「はえ!? いやだって神様だから力を使ってポポンと瞬間的に変わるかと思ってたんだけどお!?」


『はひっ!? この法衣は一旦脱いでからでないと力を使っていろんな服へ着替えられないので―― 殿方には向こうの見えない所へ行ってもらえると有り難いのですが……』


「そういうことだ! あっちけ行けボケッ!」

「あわわわわっ!」


 ビーチェがパンチのポーズを取ると、ジーノは慌てて寝室へ飛び込みドアを閉じました。

 さて、次回はわたくしなま脱ぎシーンと入浴シーンから始まります…… か?

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