第三十一話 女神ディナ降臨

 ロッツァーノ大聖堂の一角にある小さな礼拝室。

 ビーチェとジーノがわたくしこと女神ディナの像がまつられているこの部屋を探索して見つけました。

 二人が祈りを捧げると、天界のモニターで様子を見ている私の身体が何故かモニターへ吸い込まれ、下界へ落ちてしまいました。

 どうやって天界へ帰ったら良いのかわからず戸惑うばかりですが、この二人が鍵になることは明白です。

 つまりビーチェとジーノと行動を共にする他ないと考えているところですが――


『今からあなたたちの頭に直接、よく知っている人たちの様子を映します。目をつむってもらえますか?』


「わかった」

「目を閉じればいいんだな」


 二人は素直に目をつむってくれました。

 面倒臭い子に育ってなくて良かったわ……

 これから二人の脳裏に映像を映し出す術を掛けます。

 私が天界でモニターを見て監視をしているように。


「わっ 何これ? 空を飛んで眺めているみたいだ! この街の通りじゃん!」

「ビーチェと同じ景色を見てるんだな! 祭りで人だかりなのはホテルの窓から見たのと変わらないけど…… あれ?」

「なんだよ?」

「もしかしてあそこで酒飲んでるの、ウルスラじゃないか?」

「あっ! ホントだあ! 何あの巨大ジョッキ! あんなのウチの店にあるジョッキの三杯分以上じゃないか! 卑怯だぞ!」


 ウルスラが露店のテーブルで大酒を飲んでいるのがビーチェたちにバレてしまいました。

 どうせ後で問い詰めるでしょうから、ウルスラの反応が面白そうですね。


『そのまま目を閉じていて下さい。次はアレッツォの様子を見てみましょう』


「そんな遠くまで見られるんだ!」

「へー みんな何してっかな?」


 私の一番の監視対象であるバルを見てみましょう。

 この時間ならばお店の開店準備を始めている頃ですね。


「おおっ ウチの店だ! お母さんとバルがいつものように厨房で真面目に仕込みやってるね。ウンウン!」

「ありゃ? ファビオがまだ学校から帰ってきてないんだな」



「なあ、ナリさん。お腹…… いや、子供の調子はどうかな? もう動くのか?」

「うふふ、バルったらイヤだわ。赤ちゃんが動くのは早くても四ヶ月か五ヶ月になってからよ。まだ早いわ」

「そ、そうだったのか。あはっ あはははは……」


 バルとナリさんは厨房で調理しながらそういう話をしてました。

 彼ときたらまったく―― 早とちりなんですから、頭を掻いて誤魔化してますね。

 新婚らしく仲睦まじいことはよろしいですが、バルだと初々しさに欠けますよ。



「へー あたしも初めて知った。そんなに早くからお腹の中で赤ちゃんが動けるようになるんだ。ファビオがお腹の中にいるときはあたしが小さかったからわからなかったよ。しっかしなあっ バルのだらしないデレ顔がなんかむかつく!」

「一応あれで新婚夫婦なんだから、仕方ないだろ。羨ましいなぁ」

「お、おまえはそういう願望があるのかよ……」


 ジーノのほんの一言でビーチェはデレていますが、二人とも今は目を瞑っているので彼はそんなことは知る由もありません。


「ん? いつかナリさんみたいな可愛い奥さんがいたらいいよなあ、と思うけどな」

「――なんかムカついた!! バシイィィッ」

「ア痛あっ!!! おまえ今日は殴りすぎだろ!」


 ビーチェったら、ジーノが彼女のことを可愛くないと思っているんでしょうか。

 たまに服のことは褒めてあげているのに、この子にはやっぱり褒めるだけではダメなんですかね。


『あら、まだ続きがあるみたいですよ。目を閉じて下さい』

「ああっ うん」

「――」



「あ、あの…… ナリさん。今晩あたり久しぶりにどうかな……?」

「身体の調子は良いんですけれど、やっぱりファビオが起きちゃったらいけないわ」

「じゃあ…… 明日のお昼ならどうかな?」

「お昼ね、いいわ。でも優しくね。うふふっ」

「よよっ よしっ やった!」



 なっ お昼からまたあんなことを。

 この前モニターで見た情景がとても刺激的でずっと頭に残ってます……


「わああああっ!! ジーノ目を開けろおお!!」

「なっ なに!? ぎゃあああ!!」


 ビーチェはバルたちの会話を聞いた直後、大声を上げてジーノのまぶたを強引に指で開けました。

 そりゃ痛いですって。今日のジーノの運勢は大凶のようです。

 バルったら、あんなふうにあの行為の約束をしてるんですね。

 妊娠中の行為は優しくすれば基本的に可能なんですけれど……

 あ、この子たちに聞かせちゃいけない話でした。どうしましょ……


「明日のお昼に何とかって聞こえたけれど、何なんだ?」


「おまえは知らなくていいことだ」

(あわわわ…… お母さんとバルが…… 聞いちゃった。夫婦だから当たり前なのはわかるけれど、帰ったら目を合わせづらいよ……)


「何だよもうさっきから…… まあ、バルのことだから別にどうでもいいんだけどさ」

「ああ、どうでもいいことだ。あたしもどうでもいい。終わり!」


 ああ良かった。ビーチェは会話を聞いて忘れようとしてましたが、ジーノはまだお子様知識で話を聞いてもピンと来なかったんでしょうね。

 さて、これで二人は私を女神だと信じてくれるのでしょうか。


『これでわたくしが女神だと信じてもらえましたか? 人間の魔法ではこんなこと出来ませんよ』


「わかったよ…… 信じてみる、取りあえず」

「信じるけどさあ、女神様っていつも俺らを覗いてんの? 名前を知ってるのも変だし」


 あああああっ アホっぽい子たちかと思いましたが、よりによってジーノが気づいてしまうなんて、私のほうがアホでしたあ!!

 魔法ではなく神らしい能力でわかりやすいといえば千里眼ぐらいしか無いのですが、やはり安易に人前で使うべきではなかったですう!

 監視対象理由について、バルは元勇者だということもこの子たちには本人から秘密になってるし……


『えー コホン。確かに覗いていましたが、それはあなたたちとゴッフレードの戦いをわたくしが注目していたからです。ゴッフレードはこの国を荒らし回っていましたから私も気に掛けていましたが、神は悪人に対して原則は直接手出しが出来ません』


「へぇー あれも見てたんだ。それで女神様が見て、俺たちに何かいことあるの?」


 こ、この子ったら素直だと思ったらやけにツッコンできますね。

 どう説明つけようかしら……


『人間の問題は人間で解決しなければいけません。ですがそれはあくまで原則の内です』


「ということは、原則外げんそくがいってやつがあるのか?」


『例えばですと―― かつてヴィルヘルミナ帝国では大魔王ゼクセティスが国を襲ったことがありました。その時戦ってくれた勇者にちょっとばかり私たちが手助けしたことがあります。その勇者は私たちの存在を知りませんけれどね』


「ゼクセティスは学校の近代史の授業で習ったから知ってる。で、俺たちとそれがどう関係あるんだ?」


『あなたたちは気づいているでしょう。近頃この国で魔物の出現が多くなっていると。それを不審に思い私が監視しているところです。それでもしや新たな敵が現れるのではないか、それを倒すことが出来る新たな勇者がいないか探していました。ここまで話せば意味がわかるでしょう?』


「魔物!? そういうことか! 俺たちが勇者候補になるかも知れないって女神様は考えているんだね!」

「でもバルやウルスラのほうがずっと強いよ。どうしてあたしたちも?」


『バルは強いですけれど、あなたたちの強さは既に常人の域をとっくに超えていますから、まだ若いしもっと鍛練を積めばそれだけ強くなっていきますよ。いつ新たな敵が来るのかわかりませんから、気づいたときにバルはもうお爺ちゃんになってるかも知れません』


 こんなところでしょうか。

 即席で考えたこじつけの割に出来が良い話になりました。

 事実も多いですからボロが出ることは無いでしょう。


「わかった! バルがジジイになった時は俺たちが戦えばいいんだ! 危ないときは女神様が助けてくれるんだな!?」


『私を頼ってはいけませんよ。例えあなたたちのどちらかが亡くなることがあっても助けることは出来ません。最終的に敵の親玉を倒すときに少しお手伝いをすることがあるかも? とだけ思って下さい』


「そんな…… 役に立たない女神様だな」

「さっき願い事をしたのも、これじゃあ絶対聞いてくれないよね。つまんなーい。ジーノもう他へ行こっ!」

「おう」


 二人が私を置いてどこかへ行ってしまいますう!

 それでは困りますう! うううっ


『あっ あーっ ああっ!! 待って下さい!! 私はどうやらあなたたたちのお祈りで下界に下りてきたようなんですけれど、どうやって天界へ帰ったらいいのかわからないんですう! どうかっ どうかっ 私も連れて行ってくださーい!!』


「おおっ? おいったら!」

(うわああ…… あたしの脚に掴まって涙鼻水垂らして訴えている酷い女神様だな……)


「じゃあ付いてきてもいけどよ。俺たちの願い事を何か叶えてくれるってのはどう?」

「おっ! ジーノにしては名案だな! ハッハッハッ」


『そ、それは天界の掟で勝手なことは出来ません……』


「じゃ、さようならあ。お元気で!」

「ばいばーい!」


 二人が笑顔で手を振って帰ってしまう!

 それだけは避けなければ!


『ああああ待って下さい! わかりました! 一つだけなら願いを叶えて差し上げますからあああ!!』


「ええ…… 一つだけかあ。三つくらいにならない?」

「あたし、魔法が使えるようになりたい。何とかしてよ」


『一つだけです! こればかりは勘弁して下さいませえええ!』


「はあ…… なんか可哀想になってきたし、仕方がないな……」

「で、魔法はどうなのよ?」


『魔法は…… 考えさせて下さい。あなたの体質に合うかどうか、時間を掛けてじっくり身体を見せてもらわないといけないので』


「もし体質が合ったら本当に魔法が使えるようになるんだ! すごおおい!!」

「俺は他の願い事を考えよっと」


 あああ…… とんでもないことになってしまいました……

 早くサリ様が気づいて天界へ引き上げてくれたらいいんですけれど、あの方は忙しいから今度いつ私の仕事部屋へいらしてくれるのやら……

 何ヶ月、いや何年後になってしまいそうです。


『その前に、もう一度ここでお祈りをして頂けますか? もしかしたら天界へ戻れるかも知れません。わたくしは女神像の前に立っていますから、お願いします』


「それはいいけど、もし戻っちゃったら俺たちの願い事はどうなるんだ?」

「そうだ! ジーノ、危うかったな。そのまま逃げられるとこだった!」


『逃げません! いま天界へ帰る方法さえわかれば下界へいつでも来られますから!』


「そんなにキレなくてもな……」

「まあいいや、お祈りしてみようよ」


 私は像の前に立ち、二人は私の前で祈りを捧げました――

 ――何も起きません。

 ダメなのでしょうか……


『も、もう少し強く念じてもらえますか?』


「ええ? わかった……」

「女神様が天界へ戻れ戻れって念じればいいんだよね」


『はい……』


(数分後――)


 ――せっかくお祈りしてもらってますのに、戻れましぇーん。トホホ……

 何がどうしてこうなったのやら。

 この子たちの祈りと女神像が関係しているのは確かなんです。

 何か他に条件があるのでしょうか……


『ごめんなさい。帰れないようです…… うううっ しくしくしく……』


「女神様泣かないでよ。俺たちまで不安になってきそうだ」

「まああたしたちに付いて来ればそのうちなんとかなるよ。女神様がずっと一緒だなんてすごいじゃん!」


『スミマセンが、しばらくよろしくお願いします……』


 ビーチェとジーノと一緒に生活をする……

 確かに彼らやバルの監視はしやすくなりますが、わたくしを受け入れてくれる環境なのか。

 いっそのこと彼らの周りの人間全員に精神干渉の術を掛けてしまいましょうか。

 なるべくそんなことはしたくないのですが……

 ウルスラほど魔力とオーラが強いと、その術が効かないかも知れません。

 ――もう、成り行きにしましょう。


「こうしているうちにパレードが戻ってきそうだから、早いとこ出ようぜ」

「女神様、その格好何とかならないの? 司祭と間違えられそうだよ?」


『この女神の法衣ほうえは力を強くしたり逆に力を抑えたり、力を調整するために極力着ておきたいのです。何とかなりますから、行きましょう』


 私はビーチェとジーノに付いていき、大聖堂内を歩きます。

 人が少ないのは幸いですが、司教や司祭のような仰々しいこの格好なのでたまにすれ違う人々がギョッとして道を開け、立ち止まって拝んでいます。

 こんな女神なので恐縮なのです――


 礼拝堂の中を通り過ぎます。

 わっ さっきのオバサン修道女がまたいましたよ。

 知らない顔してさっさと行きましょう。


(あら…… うちでは見かけない司祭様ね…… どこの教会の司祭様かしら。何も連絡無しにいらっしゃるのも変だし、しかも変わった法衣ですね…… まさか異教徒!? いえ、この国であのような様式の法衣を着ている他の宗派は知りません。それにさっき見かけた子たちが一緒とは…… 従者なのでしょうか。うーん……)


「あの、もし…… あなた様は……」


 わわわっ 話しかけられちゃった! 無視すると余計に怪しまれそうだし…… 挨拶だけしておきましょう。


『私はずっと南の地方の教会からやってきました司祭の(Dianora)と申します。急な用でしたがもう済みましたのでこれにて失礼します。オホホホ……』


「こ、これはとんだご無礼を! どうかお気を付けて……」

(はわわわ…… びっくりしました。地方によって法衣の様式が違うのでしょうか。あの子たちは身体つきがしっかりしていましたから、きっとカモフラージュの護衛を雇ってらっしゃるんですね)


 ふぇー やれやれ。

 何とかやり過ごすことが出来ました。

 適当に思いついたことを言ってしまいましたが、素直に信じてもらえて良かったです。

 あっ 方便という言葉がありますから、女神だからって嘘つきじゃありませんよ。


「良かったね。あのおばちゃん何か怖そうだったら、どうなるかと思ったよ」

「女神様、まだ時間があるからお祭りを楽しもうぜ!」


『あの…… 女神様と言うのはやめてもらえますか? さっき思いつきで使ったでお願いします……』


「わかったよ、ディアノラ様。うひひ」

「ディアノラ様への願い事、何にしよっかなー」


 ああ、ますます気が重くなってきます……

 外は楽しいお祭り。

 せっかくですから、ジーノが言うように楽しみましょうか!

 さっきまでモニター越しで美味しそうな物を眺めることしか出来ませんでしたから、食べまくりましょう!

 あっ 下界のお金が無い…… 二人がおごってくれませんかね……

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