第三十話 女神ディナ感謝祭

 夕暮れにはまだ早い時間ですが、ロッツァーノの女神ディナ感謝祭、つまり私のお祭りははますます盛り上がりが増してきました。

 そんな時ウルスラは、ビール専門屋台や串焼き屋の前にあるオープン席に座り、子羊モツの串焼きスティッギオーレ、ラム肉の串焼きアロスティチーニなどを山盛りに頼んでつまみにし、お祭りならではの超特大メガジョッキでビールを飲んでいました。

 二リットルくらいありますよソレ!

 三杯までって言われてたのに、それじゃあ意味が無いですねえ。

 串焼きも肉ばっかり! 野菜も食べないといけませんよ!


「よお姉ちゃん! イイ飲みっぷりだねえ!」


「ぐびっ ぐびっ ぐびっ―― ぷはぁぁーっ くうぅぅぅぅぅ!! やっぱ一日の終わりはこの時を楽しみにして生きていかないとねえ! だろう? おっちゃん!」


「わかってるじゃねーか! よしっ 今晩は飲み明かそう!」


 隣のテーブルにいた髭面のおじさんたちと意気投合したようで、ウルスラはそれで飲み通すつもりです。

 というか、ラ・カルボナーラで飲んでいるときと何ら変わりないじゃないですか。

 これはしばらくホテルへ帰って来そうにないですね。


---


 変わって、ホテルの部屋です。

 ビーチェがお風呂から上がり、バスローブを着て髪の毛をタオルで拭いてます。


「はー いい湯だった。やっぱりシャワーより湯船に浸かると気持ち良さ何倍だよな」

「おいビーチェ! 外でなんかやってるぞ!」

「え? どれどれ」


 窓から覗いた下に見える通りでは、何か催し物をやっているようです。

 あれは…… 修道女がパレードをやっていますよ!

 サリ教ってそんな賑やかな宗教でしたっけ?


「あっ パレードやってる!」

「ビーチェ! 見に行こうぜ!」


 二人は大急ぎで着替えてホテルの外へ出ました。

 さっきよりはもう少しましな服装で、ビーチェはブラウスと膝丈プリーツスカート、ジーノはボタンシャツとスラックスです。


「うっひゃー 来たときより段違いに人が多いな」

「ジーノ、ジャンプで跳び越してパレードの先へ急ぐぞ!」

「そうだな!」


 ビーチェとジーノは人混みをぴょんぴょん跳び越え、パレードの先頭まで辿(たど)り着きました。

 パレードの観客には二人の動きが速すぎて何が起きているのかわからないようです。


「へぇー 修道女シスターがこんなにたくさんいるんだねえ。よっぽど教会がデカいんだ」

「おっ あの子可愛い!」

「ケッ 色気づいてんじゃーねーよ! ビシッ」

「痛てっ!」


 十代二十代の若い修道女がたくさん、二人ペアになってクルクルと踊りながらゆっくり進んでいます。

 ジーノはその中にいる特に可愛らしい修道女を見つけて思わず可愛いと叫びましたが、ビーチェから後ろ頭を叩かれています。

 全く、身近な女の子がいる前で見知らぬ女の子を褒めていては、まだまだ子供ですね。

 それにしても―― サリ教は厳格な宗教とは言いませんが、修道服をヒラヒラさせて踊るのは初めて見ました。

 この地域独特の風習なのでしょうか。

 おや? 修道女たちが山車を引っ張っていて、何か人形が乗っているようです。


山車カッロにお花いっぱい。あの人形って女神様かな? 赤ちゃん抱いてるよ」

「うおっ おっぱいデカッ!」

「おまえはそういうところしか見なくなったのかよ! ベシッ」

「痛ててて!」


 またジーノは後ろ頭を叩かれています。

 山車の床には花畑のように花がいっぱい飾られ、上に立っている人形は恐らく骨組みを木か竹で作り、紙粘土で精巧に造形した私の像ですよコレ!

 赤ちゃんを抱いていますがわたくしに子供はおりませーん!

 服の胸元が三分の二以上カットされていてほぼ丸出しじゃないですか!

 私、そんな巨乳じゃないですよお!

 子宝の女神ってそういうことになるんですか!?

 女神様! 寂しい私にも男神様と赤ちゃんを下さい!

 ――って、私の像に言ったってしょうがないじゃないですか!


 山車が過ぎた後もしばらく修道女の子たちが踊っていく列が続きます。

 本当に可愛い子たちがいっぱいで、サリ教は結婚が許されていますから多くの子たちはいずれ愛しい殿方を見つけることになるのでしょう。

 このお祭りはある意味修道女のお披露目になると思いますので、そのせいか観客は若い男性が目立っています。


「――ああ、行っちゃった」

「ビーチェ、教会へ行って見よう。どこにあるのかわかんないけれど、パレードが来た方へ行けばたぶん教会があるよ」

「そうだな。行ってみるか!」


 ビーチェとジーノは来たときと同じように、人を避けながらぴょんぴょん跳び越えて教会の方へ向かいました。


---


 ロッツァーノ大聖堂。

 なるほど、これだけ大きいと修道女の人数がとても多いことが頷(うなず)けます。

 司教がいるクラスの教会ですね。

 ビーチェたちはここへやって来ました。


「うっわ! でっか! ここの教会ってまるでお城じゃん!」

「人が少ないな―― あっ 今ちょうどパレードをやってるからか。入ってみよう」

「うん」


 二人は早速、正面の礼拝堂の中へ入っていきます。

 中は千人が入れるほどの広さで、人影が疎らなので余計に広く感じます。

 ステンドグラスや私たち女神が描かれている壁画で装飾され、とても美しく私でも目を奪われるほどですね。

 ところで、私はどこに描かれているの?


「中もスケールが違うなあ。何だか別の世界へ来たみたいだね」

「サリ様の像もでけぇ…… とりあえずお祈りしとくか」

「そうだね」


 ビーチェたちは礼拝堂の一番前の席へ座り、手を組んでお祈りします。

 どんな願い事をしてるんでしょうかね?

 サリ様の像もまた、本物よりボンキュッボンじゃないですか。

 しかもちょっと老けて見えます。

 サリ様が見たら文句を言いそうですよ。


(お母さんもファビオもバルもみんな幸せになりますように…… あとジーノともっと仲良くなりますように……)


(優しくて、乱暴者じゃなくて、あとおっぱいが大きい可愛い女の子が見つかりますように。ビーチェがもうちょっとだけでも大人しくなりますように……)


 二人がお祈りを終えると、ビーチェがジーノに問いかけます。


「おまえ、なんて祈ったんだ?」

「えっ? あいや、みんなの幸せを願っていたんだけど?」

「すぐ嘘とわかること言うなよな。どうせおっぱいが大きい女の子と仲良くなりたいってお願いしてたんだろ?」

「――」

「図星かよ! ベシィッ」

「うわっ 教会で騒ぐなよビーチェ!」


 今日のジーノはビーチェに何度も後ろ頭を叩かれてますね。まるでコントのようです。

 残っているオバサン修道士にジロッと睨まれたのに気づいて、それから二人は静かになりました。

 それでも若干気まずくなり、そそくさと礼拝堂から出て中を動き回ることにしたようです。


「せっかくだからもうちょっと探検……、いや見学させてもらおう」

「おまえは昔から好奇心旺盛だよな」

「へへへー」


 ジーノにそう指摘されてニヤニヤするビーチェ。

 実際はただの悪戯いたずら好きにも見えますが――

 二人は回廊を経て奥へ進んで行きます。

 回廊にもステンドグラスが埋め込まれており、外は芝生の中庭が広がっています。


「広すぎて迷子になりそうだなあ」

「おいビーチェ、あそこが出口かも知れない」

「うん、出てみよう」


 二人が出た先は、たくさんの洗濯物が干してありました。

 たぶんここは教会の裏庭ですよ。


「ありゃ、変なとこに出ちゃった。何これ洗濯物がいっぱい干してあるじゃん」

「あー…… わっ ぱんつとブラがいっぱい! 修道女のぱんつって白ばかりと言ってたやつがいたけれど、嘘じゃねえか!」

「おまえの頭の中はそういうことばっかりだな! バシシィッッ」

「痛たたた!」


 ビーチェがジーノの後頭部を叩く強さはますます上がってるようです。

 やっぱり見回りの修道女以外、誰もいません。

 しかし―― 見事なまでにぱんつとブラばかりが整然と干してありますね。

 誰が誰の物だかわかるものなんでしょうか。

 可愛い花柄や純白ぱんつもあれば、赤や黒、Tバックや紐パンまで千差万別です。

 もしかしたらさっき睨んできたオバサン修道女のぱんつがあるかも知れないのを、ジーノは気づいていないんでしょうね。うぷぷっ

 あら、そういえば夕方なのに、いつ洗濯物を取り込むんでしょう?


「見てないで、他へ行くぞ!」

「あ痛たたたたあ!」


 ビーチェはジーノの耳を引っ張って、回廊へ戻っていきました。

 日本では昭和のお母さんがよく子供の耳を引っ張ってたそうですけれど、今はやっちゃダメですよ。


「うーん…… 本当に迷ったかも知れない」

「おーい頼むぞビーチェ。おまえがさっさと進むから俺は付いて行ってるだけなんだぞ」

「知らないよ。探検なんだから迷うのは自然なことだ。フフン」

「なんでそこでドヤ顔なんだよ……」


 二人は教会内をあちこち動き回っているうちに、本当に迷ったようです。

 ――そうしているうちに、小さな礼拝室を見つけました。


「何だここ? ちょっと入ってみよう」

「ビーチェ、どこでも入ったら怒られるぞ?」

「その時はあたしらの俊足で逃げるだけだよ」


 ビーチェはヘラヘラしながら、二人はソッと礼拝室に入りました。

 奥には等身大の女神像が安置されています。

 赤ちゃんを抱いている、ひょっとしてこれは……


「ん? この女神像どこかで…… あ! さっきパレードで山車カッロに載ってた女神様だ!」

「本当だ。えーっと、女神ディナ感謝祭ってことはこれがディナ様ってことか」


 私じゃないですか!

 これも赤ちゃんを抱いて、胸元からおっぱいがこぼれそうですよ!

 私そんな淫らじゃありませーん!!


「まあせっかく来たから、ここでも拝んでいこうよ」

「誰も来ないよな。じゃあ……」

「おっぱいの女の子は無しだぞ」

「わわっ わかってるってば!」


 二人はまた一番前の席で手を組み、お祈りを始めました。

 今度は何をお願いしているんでしょうね?

 ここでお祈りされても、私何にも出来ないんですけれど……

 私たち神にお願いされたって、そんな都合良く叶えてあげられるわけないじゃないですか。ふっへっほふっ


 ――あら? 何がモニタがおかしいですよ?

 光ってます! こんなことって!? 壊れた?

 何が起きてるの!?

 きゃぁぁぁぁぁ!!


 ヒュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ――

 ドテッッ


「うおわあああ!? なんか人が女神像から飛び出てきた!!」

「え!? 誰!? 女の人!?」


『あ痛たたた…… もうっ 何が起きたのかしら……』


「ちょ、ちょっと…… あんた誰?」

「げっ その姿って…… もしかしてここの修道女シスターに見つかった? やべっ」


『え? どうしてビーチェとジーノが目の前に?』


「おいおばちゃん! 何であたしたちの名前知ってんのさ!?」

「そそそうだ!? 俺たち教会で悪いことしてないぞ!?」


わたくしはおばちゃんじゃありませーん!! 第六ブロック第二管理部の女神、ディナなのですぅ!』


 ――あわわわわわ、何てことでしょう……

 二人がお祈りしていたら、モニタに吸い込まれてこの世界に降りてきてしまいました……

 この二人に私を引っ張ってこられる力があるって?

 そんなバカな事ってあるの!?

 私にはわからない…… 帰ってサリ様に聞いてみないと……

 ――って、どうやって帰ったらいいの!?


「ええ? 女神ディナぁ? 何言ってんのこのおばちゃん。もしかしてヤバい人?」

「おいビーチェ…… どう見ても教会のお姉さんだって。でもおっぱいは普通っぽいよ」

「おっぱいおっぱい言うな! うーん…… じゃあ女神様だって何かやって証明して見せてよ」


『ええ…… じゃあやってみます……』


 ビーチェったらわたくしをまたおばちゃん呼ばわりして、失礼ですね!

 あんまり人前で神の力を使っちゃいけないってサリ様から言われてたんですけれど、あの方も噂では街に大きな結界を張ったって聞きましたから…… まあ大丈夫でしょう。

 さて、何をしたら良いのやら――

 それはまた次回へ!

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