第二十二話 お父さんと呼んでいいんだぞ?

 バルがナリさんにプロポーズをした翌日。

 お店が閉店した後に二人はそのことをビーチェとファビオ君に話すことにしました。

 バルとナリさんはどこかぎこちなく洗い物をしており、ビーチェはモップで床掃除を始め、ファビオ君はテーブル拭きが終わり床掃除のために椅子をテーブルに上げてました。

 ビーチェとファビオ君は昨日から二人の様子が変だと察してましたが、喧嘩をしているわけではなさそうとわかっているので気にしていないようです。

 自分の子供なので、モジモジしていたナリさんが決心して口を開きました。


「あ、あのねビーチェとファビオ。聞いて欲しいことがあるからちょっと手を止めて欲しいの」


「うん。どしたの?」

「なあにお母さん?」


 ビーチェは、ナリさんが何を言おうとしているのか勘づいているのでしょうか、口元がニヤッと緩んでいます。

 ファビオ君は、ナリさんの表情で悪い話では無いと感じており、純粋にワクワクしていますね。


「お母さんね、バルと結婚することにしたわ」


「え!? ホントなのお!?」


 ファビオ君の顔はパアッと屈託の無い笑顔でびっくりしています。

 んもうっ! 可愛すぎるのよこの子!


「やっぱりね…… ふふふ。というかさあ、五年も一緒にいて二人とも遅すぎるんだよ。バルなんか最初っからお母さん狙いだったよね」


「ええっ? そうだったの……」


「えっ あっ いやそのっ」


「バルは見ててわかりやす過ぎだし、お母さんは逆に鈍感なんだよねえ。ウッシッシ」


 ビーチェは二人を揶揄からかって笑っています。

 バルは慌てふためき、ナリさんは顔が真っ赤になっていました。


「じゃあバルがボクのお父さんってことになるよね?」


「勿論だとも!」


 ファビオ君がそう言うと、バルは期待していたようにニヤニヤと表情が変わりました。


「お父さん!」


「お おおっ ファビオ! 良い響きだ。もっと呼んでいいんだぞ!」


「お父さん! お父さん! うふふ」


「くぅぅぅっ! この歳になってやっと父親になれた喜びを噛みしめられるのは気分がいなあ! うへへへっ」


 バルはみっともないほどデレッデレの顔になっています。

 気持ちはわからなくもないんですけれどね。

 ナリさんはバルの顔を見てクスクスと笑っています。


「ビーチェも『お父さん』って呼んでいいんだぞ?」


「えー、バルがお父さんねえ…… なんか不思議な感じ。バルはバルであって師匠だからなあ」


「そ、そうなのか……」


 ビーチェとバルは修行と仕事で一緒にいる時間が家族の中で一番長いのですが、それだけにバルのことをよく知っているので父親とは違う感覚なのでしょうか。

 ビーチェにとって父親とは亡くなったジラルドが、当時まだ六歳だった心に強く刻み込まれているのかも知れませんね。


---


 翌日、修行はお休みでビーチェはパウジーニ家の書斎でお勉強です。

 ビーチェは授業開始前に早速ルチアさんとメリッサ先生に、バルとナリさんが結婚するとの報告をしました。


「あのね、バルとうちのお母さんが結婚するんだって昨日の夜言ってたよ」


 と、唐突に昨日のご飯は何を食べたかのように言うので、ルチアさんとメリッサ先生は何を言っているのかすぐに理解出来ず固まってしまいました。

 それもそのはず、二人ともバルに好意を持っていたのですから。


「えっ あの…… あなた今何をおっしゃって……??」


「だから、バルとお母さんが結婚するんだって」


「なっ!? 確かにお二人は以前から仲がよろしいことは知っていましたが、とうとう…… うううっ」


(なななな…… とうとうこの時が来てしまいましたか…… 私も結局バル様とゆっくりお話もデートも出来ませんでした…… お嬢様もさぞがっかりでしょうに。ハァ……)


 ルチアさんとメリッサ先生は事実を知り、顔面蒼白になるほどの喪失感と動揺をしていました。

 しかしこの国は妻同士または夫同士が認め合うことが出来れば、一夫多妻または一妻多夫が叶う法律があるのです。

 もっとも、恐妻家が多いこの国の国民性において実際に一夫多妻の家庭はほとんど無いとか。

 逆の一妻多夫は、貴族や大きな商家で女子しか生まれなかった家の長女が複数の男子を婿に入れることがあるそうです。

 この三人もそういう知識を持っていますから、ルチアさんが何か言いたそうですよ。


「ね、ねえビーチェ。私もバル様のところへお嫁に行こうかしら……」


 それを聞いたビーチェは表情がゲッソリ。

 義父の嫁になるのですから、ビーチェにとってルチアさんは義母になるんでしょうか。

 複雑な関係になりそうですね。


「そりゃルチアがバルに好意を持っているのは知ってたけどさあ。まさか結婚したいと思ってるのは冗談じゃなくて?」


「冗談ではありませんわ。結婚のことは言ってませんが、お父様はバル様とわたくしが仲良くしていることをとがめたりしませんわよ」


「伯爵が止めないって、バルになんかあるのかなあ? ちょっとは若く見えるけれど四十五のおっさんだよ? 伯爵より年上だし一時の気の迷いだってば。どっかよその領主とかの息子でいいひといないの?」


 いつもはビーチェのほうが暴走するのですが、今日ばかりは彼女のほうが正論でルチアさんをいさめています。


「王都や近隣の領地へパーティーに何度か招かれましたが、若くてもバル様ほどの素敵な殿方はおりません。目を見ればわかります。本当に下品な男ばかり!」


(それって恋は盲目なんじゃないかなあ?)

「まあルチアは美人だしいろんなのが寄ってくるだろうね」


「そそそそんなこと言っても何も出ませんわよっ」


 ルチアさんのツンデレが出ましたね。

 それでこそラノベの貴族令嬢です。ぷぷっ


(お嬢様も結婚を考えていたのかあ。確かにバル様は私よりも二十二歳年上なんですけれど、あの包容力と非の打ち所がない男のがっちりした肉体、精悍せいかんな顔立ちなのに時折見せる子供のようなあどけない表情がたまらないんですう! 私の身体を今すぐにでも捧げたい! ハァハァ……)


「先生、浮かれた顔してどうしたの?」


「ああいえ! 何でもありません。先生もバル様とビーチェのお母様とのご結婚にびっくりしてしまいました! おめでとうございます!」


「ありがとう先生。うふふ ところで前から思ってたけれど、先生もバルのことを様付けしてるのはなんで?」


「それはっ その…… 素敵な方ですから尊敬して……」


(ん? なんかおかしいな。ちょっと鎌掛けてみるか)

「先生ってこっちへ帰って来てからまだ一年も経ってないでしょ? たまにしか来ないのに、そんなにバルのことを知ってるはずないのになあ」


 ビーチェは何故か女の勘というものが時々敏感になることがあり、メリッサ先生の様子がおかしいことに疑問を感じ突っ込んだ質問をしています。

 まあ先生の目線が意味なくキョロキョロしていますから誰でもわかりそうですけれどね。


「えっ…… バル様はとても男らしく逞しい体つきで、顔も格好良いけれど笑ったときは無邪気で可愛いんです。それに男のイイ匂いが…… あっ……」


「先生、バルに一目惚れしたよね?」


「先生! そうなんですか!?」


「あのいやその…… はい……」


 メリッサ先生、あっさり白状してしまいました。

 好きな人のことになるとつい一生懸命喋ってしまう心理なんでしょうが、チョロすぎやしませんか?


「まああっ! 先生もバル様がお好きなんですね! では二人でバル様に嫁ぎましょう!」


「ひええええっっ!?」


 ルチアさんが正気で無い顔になっているので、ビーチェは真に受けませんでした。

 メリッサ先生もまさかこのお嬢様から結婚に誘われるなんて思いもしませんでしたから。


「はぁ…… 何血迷ってんのルチア? まさか二人ともだなんて。バルの匂いってそんなにいいの?」


「ビーチェ! ってなんですの!? 失礼じゃありません?」


…… シュン…… でもバル様の匂い、とろけそうなんです……」


「わかりますわ先生! バル様の隣にいるとふわあっと気分が良くなるんですっ!」


 ビーチェにオジ専と指摘されて半ギレのルチアさんでしたが、シュンとしてたメリッサ先生の言葉に共感し意気揚々としています。

 というか正気じゃないんですよね。


(うわあ…… 二人がウルスラみたいな変態になったら嫌だなあ)

「二人ともそれヤバいって。あたしバルと毎日修行してるけれど、イイ匂いだなんて一つも思ったこと無いから」


「それはあなたが子供の時から毎日一緒だから、鼻が慣れてしまったんじゃありませんこと? それにバル様は汗臭くなくていつも清潔でいらっしゃいますわ」


「う…… そういえば……」


 ビーチェは思い当たることがあるようです。

 それにバルは、魔法で一番綺麗な状態を記憶して、汗を掻いたり汚れてもすぐに綺麗になることが出来ますからね。

 昔、ウルスラから教えてもらったちょっとズルい魔法です。


 ――コンコン


「あら、あの魔力は…… はい、どうぞ」


 ドアノックが鳴り、ルチアさんは魔力の持ち主を察知したようです。

 最近からパウジーニ家の地下室に住んでいる彼女でした。


「お邪魔しまあす! おっ 三人揃ってるぅ」


「ウルスラ! 何しに来たんだよ?」


 今日のウスルラは珍しくミニスカではなく深緑のショートパンツを履いています。

 美脚を惜しげも無く晒しているのは変わりませんけれどね。


「たまたま部屋の近くを歩いていたら、バルバルって話し声が聞こえてきてさあ。面白いものを見せてあげようかと思って」


「まあっ 恥ずかしい……」


 照れて両手を頬に当てているルチアさん。

 そんなルチアさんをビーチェは呆れてジト目になって見ていますが……


「で、面白いものって何よ」


「私が昔、若いときのバルと一緒に魔物退治をしていた時の記録を魔法で残してるんだよ」


「それは…… 技術革新で近頃普及し始めた写真撮影機と同じ事ですの? 確か高位の魔法でもそういうことが出来るものがあると聞いたことが……」


「そう。しかも写真と違って立体で見られる! 見たい?」


「是非見せて下さいまし!」

「見たい! 見たいですぅ!」

「ハァ……」


 ルチアさんとメリッサ先生は興奮気味。

 ビーチェはさらに呆れてため息をついてました。


「ほーら、これだよ」


 ウルスラは右手の平を上にすると、若いバルが剣を振り回している姿が3Dホログラムのようにボワッと浮かび上がりました。


「!? きゅぅぅぅぅん! バル様…… か、可愛い!」


「本当です! まだ子供っぽくて愛くるしいですね!」


「うわっ バルわかっ! 別人みたいじゃん! でもバルが剣を持ってるのって珍しいね」


「これはあんたたちと同じ、バルが十六の時ね。基本的にバルは素手で戦っているけれど、この時はまだ半分くらい剣を使っていたかな」


「へぇー」


「で、これが二十歳の時のバルね」


 ウルスラの手の平に表示されていた十六歳のバルがフッと消え、二十歳のバルがボウッと浮かび上がりました。

 手の平から気功波を出そうとしている構えみたいですね。

 でも戦闘中にばかりウルスラは撮影してるんですかね?


「はわわわわっ なんて格好良いんですの!? 四年で随分成長したんですね!」


「素敵…… ポッ」


「このくらいになると、今と面影があるなあ」


「私はこの頃のバルが一番好きだなあ。ハァハァ……」


 ビーチェ以外はイケメンアイドルに逆上のぼせている女の子の顔になっています。

 ウルスラも若いときのバルには好意を持っていましたから、たぶん格好いいポーズのバルを記録しておきたかったのでしょう。

 一人しか写っていないのも納得です。


「この魔法、どういう理屈で記録されているんですの?」


「簡単に言えば目で見た物を正確に脳へ記録して、魔力で出力してる。人間の脳で保管できる容量は限られているけれど、それでも千枚くらいなら可能よ。選りすぐりのバル写真集が五十枚あるんだけどねー 欲しい? にっひっひ」


「そっ それ欲しいですわあ!」


「私も欲しいです…… でもそんなこと出来るんですか?」


 何と言うことでしょう。

 本当にアイドル写真集のように保管しているとは、ウルスラも相当なバル好きだったんですね。

 ここだけの話、バルが十五歳の時にDTを奪ったのは当時出会ったばかりだったウルスラなんです。

 ウルスラは今と変わらない姿だったので、ジーノのように年上の女性に目が眩んだんでしょうねえ。

 それからゼクセティスを倒して二十歳になってパーティを解散するまで、何度もそういうことがあったようです。


「同じ魔法を習得すれば転送出来るけれど、AAAトリプルエークラスの魔法だから難しいよ? 魔法書は持ってるけれど」


「そっ それは是非ご教授願いたいですわっ!」


「私もよろしくお願いします!」


「――」


 ルチアさんとメリッサ先生は目の色を変えてウルスラに懇願していました。

 ビーチェはすでにこの中で空気になっており、黙って時間が過ぎるのを待つしかありませんでした。


「じゃあ後で魔法書を持ってくるから、そちらの授業が終わったら今度は二人に教えるねー じゃっ」


 ウルスラは右手を肩まで挙げて書斎を退出しました。

 ショートパンツで形がわかりやすくなった美しいヒップをフリフリさせながら……

 ビーチェは二人とも物好きだなあと思いつつ、口にすると面倒だしいつまで経っても授業が脱線したままになるのでそのまま黙っていました。

 二人がバルの3Dフォトグラフを見た感じ、何だかんだで若い方がいいんですね。

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