第十七話 十年ぶりのゴッフレード襲来

 夕方にラ・カルボナーラにて魔物肉の試食会が行われたその晩。

 夜が更け、街の住民がすっかり寝静まった頃に事が起ころうとしていました。


「クフフ…… 二時になった。おまえたち、計画通りに実行するぞ。我らソーニョ・ネロ(Sogno Nero【黒い夢】)の力を見せつけてやれ」


「はい。私の部隊は街の南から攻めます。ボスもご武運を」


「ジルド(Gildo)よ、あんなやつらでは戦いにすらならないだろうがな。では行くぞ」


 そのボス、ゴッフレードは身長三メートルを超える人間離れした巨体にツルツル頭。

 副官のジルドは細身で、軽装の黒い鎧をまとっています。

 総勢百名余り、部隊を二つに分けてアレッツォの街を南北から攻めようとしていました。


 ――真っ暗闇の中をゾロゾロと滞りなく進んでいるのは、暗視の魔法をが使える何人かが先導しているからです。

 農地を荒らすという無駄なことはせず目的地に向かって進み、途中で二手に分かれて街の南北にある入り口から堂々と入ろうとしています。


---


 その頃、アレッツォの街の入り口南北にあるそれぞれのやぐらにて。

 そこで一人ずつ監視をしている自警団は目視で監視しているうえに、南の一人は居眠りをしていたため発見が遅れてしまいました。

 北のやぐらで監視していた男が――


「な―― あれは何だ!? 人の集団?」


 監視員は真っ暗闇で何が来ているのか理解出来ませんでした。

 それで魔光灯まこうとうの光を街道に強く当ててみました。


「や、野盗だああああ!!」


 カンカンカンカンカンカンカンカンカンカン!!


 ソーニョ・ネロを発見し、慌てて鐘を鳴らす監視員。

 ですが、ゴッフレードが命令すると――


「やれ」


 ヒュィィィッ


「ぎゃぁぁぁ!!」


 暗視が出来る賊が矢を放ち、やぐらにいる監視員の男に命中してしまいました。

 生死は不明。鐘が鳴る音もんでしまいました。

 南の男は気配を感じて目を覚まし、慌てて鐘を鳴らしましたがもう手遅れ。

 同じように矢を放たれ、やられてしまいました。


「火を放てええ!!」


 街に押し入った賊共は、油が染みている布を巻いた木の棒に火を付け、民家や店にたくさん投げつけました。

 木造の建物は少ないため燃え広がりにくいですが、それでも火事になり住民の目が覚めて大混乱になっていきます。


---


 少しだけ時間をさかのぼり、やぐらの自警団たちがソーニョ・ネロ発見する前。

 バル、ビーチェ、ジーノ、ウルスラだけは賊の強いオーラを感じ、目が覚めました。


 自宅で寝ていたバルは――


(大きなオーラを一つ感じる…… 魔物か? その他に集団の気配が二つ…… こっちへ向かってきている。こりゃいかんな)


 ビーチェ――


「ふわぁぁぁ―― 何? 何か覚えがあるような…… でも今まで感じたことがない大きなオーラだ。すぐ見に行かないと!」


 ビーチェが一人で騒いでいるので、隣の部屋で寝ているファビオ君と、上の階で寝ているナリさんが起きてきました。


「ふわぁ―― なあにお姉ちゃん…… 何かあったの?」

「ファビオは家の中で大人しくしてて。ちょっと外を見てくるから」


「ビーチェ、どうしたの?」

「魔物かも知れない。お母さんも家の中でジッとしてて」

「そんな…… 気を付けてね」

「うん」


 ジーノ――


「急にビリビリ来るオーラを感じたぞ!? 絶対ヤバいよな?」


 ウルスラ――

 パウジーニ伯爵家で借りている地下室にていつも裸で寝ており、強いオーラを感じて起こされ少々不機嫌のようです。


「あぅぅぅ…… なあに? こんなオーラを感じるの久しぶりね。面倒臭いけれど、出なきゃいけないんだろうねえ……」


 ――急いで着替えたバル、ビーチェ、ジーノの三人は、ラ・カルボナーラの店の前に集まりました。

 この時はやぐらにいた自警団がやられ、火が放たれた直後でした。

 ラ・カルボナーラは南口に近いです。


「おいおい! 街の入り口のほうで火事になってるじゃねえか! 向こうの入り口もかよ!」


「あわわわっ」


 バルとジーノが騒ぐ。

 ですがビーチェの様子がおかしいです。


「あ…… ああ…… この感じ、あの時と同じだ……」


 ビーチェが寒気を感じるように身体を震わせました。

 ジーノがそれに気づく。


「ビーチェ…… 俺もわかるぜ。十年前のあの時だ!」


「おいジーノ、その十年前のってまさか……」


「そうだよ! きっとゴッフレードの集団がまた攻めてきたんだ!」


「そうか…… 北の方にいるあのデカいオーラがゴッフレードなんだろうな。あれは本当に人間なのか?」


「あれ、どう感じても魔物だよぉぉぉ」


 どうやらソーニョ・ネロは十年前と同じ攻め方をしているようです。

 バルも、話に聞いていた野盗が再来したことを理解しました。


「で、ウルスラが起きているようだから、取りあえず向こうのことはあいつに任せる。俺は火を消してくるから南にいる賊をおまえたちでみんな倒してこい!」


「わかったよ師匠! ビーチェ行くぞ! ……って、おい!」


「――怖いよ……」


 ビーチェはまだ身を震わせ恐怖におののいていました。

 彼女の脳裏に、十年前に父親が殺されたときの凄惨せいさんな記憶が蘇ってしまったようです。


「どうしたビーチェ!」


「――」


 ビーチェの様子がおかしく、震えたまま固まって動こうとしません。

 それを見たバルはビーチェにかつを入れます。


「おまえは立派な戦士だ。何のために厳しい修行に耐えてきた? 身体や技量だけでなく心も鍛えてきたはずだ! それでおまえがナリさんやファビオを守らなきゃならんのだぞ!」


「――そんなの、師匠がやってよ……」


 バシィィィィィッッ バタァッッッ


 バルはビーチェの言葉を聞くと、身体が吹っ飛ぶほどの強い平手打ちを彼女の頬に当てました。

 うわああ、痛そう…… 私だったら絶対大泣きするわ……


「そこで腐って寝てろ。ジーノ急げっ」


「――ぅぅぅ」


「ビーチェ……」


「放っておけ! 敵が迫ってきている」


 バルとジーノは副官ジルドの部隊がいるほうへ向かいました。

 バルに吹っ飛ばされ倒れたビーチェは起き上がったものの、お店の前で座り込みうずくまるだけでした。

 ビーチェは戦士の前に女の子なのですが、バルはこの時ばかりそれを許してくれません。

 彼女自身の手でゴッフレードを倒すことが出来るのでしょうか……


---


 バルはアレッツォの南口で起きている火災を、水流の魔法で消火しています。

 湿度が高くて火災の拡がりが小さく、周りや空気中の水分を使う水系の魔法が使いやすかったのが幸いでした。

 混乱に乗じて民家へ強盗しようとしているジルド部隊の一部をバルが見つけ、首根っこを捕まえて次々と道へ投げ飛ばしました。


「がぁぁぁぁ!! な、なんだてめえ!!」


「なんだてめえと言いたいのはこっちのほうだ。せっかくい気持ちで寝ていたのに、おまえら悪党ときたらろくな事しやしねえ。お仕置きどころじゃ済まねえぞ」


「な、なにい!? やっちまえ!!」


 バルは凄味すごみを利かせて賊に言いました。

 賊たちは頭が悪い悪党の定型文のような言葉を吐きながらバルに向かって行きます。


「フンッ」


 バルの右腕先がオーラでキラリと光った瞬間、賊共はバタバタと倒れ一カ所に積み上げられてしまいました。

 これがバルの力のほんの一部である、一秒間に一万発以上の高速鉄拳。

 オーラをまとえば冗談でも何でも有りのような強さです。

 ですが賊の中で唯一オーラをまとっているゴッフレードの存在があります。

 バルたちは無事に戦い抜けられたら良いのですが、ビーチェのことも心配ですね……。


---


 一方、ジーノの目の前にはジルドと数人の部下たちが現れていました。

 バルが戦った賊とは違い、まるで暗殺者のように冷静です。


「ほう、子供が一人。でもわかりますよ、人並み以上に強いと……」


「――」


 ジーノは緊張して言葉が出ません。

 彼もまた十年前の襲撃で辛い経験があるうえに、今までの盗賊退治とは訳が違うことを肌で感じていました。

 これから行われるのは殺し合いです。

 それでもジーノは退きもせず、キリッと構えました。

 やっぱり男の子なんですね。


(こええ…… 他のやつらはともかく、あのオッサンだけは隙がえ。どうすっかな……)


 すると、短剣を装備した部下数人が無言で一斉にジーノへ向かって突撃してきました。

 ジーノは落ち着いて敵の気配を感じています。

 両手にオーラを集中させました。


 ズザザザザザザザザッ ダッ


 ジーノはその場を動かず、向かってきた敵の勢いでオーラを込めた手刀を構えました。


「――」


 シュキーン バタタタタッ


 賊がジーノの横を通り過ぎると、ある者は首が飛び、ある者は短剣ごと腕を切断され、またある者は上半身と下半身が分かれていました。

 ひいぃぃぃっ 賊のバラバラになった身体が地面に散らばってますっ


「なるほど。武器を使わず手刀でか…… なかなかの手練てだれだな」


 仲間が殺されたのにジルドは狼狽うろたえることもなく、短剣二刀流で構えジーノに向かって抜き足差し足と進んで行きます。


(どういう動きをするのかまるで予想がつかない。様子を見るか……)


 ジーノは先ほどと同じように手にオーラを込め、じっとジルドの動きを見ています。

 筋肉の動き、呼吸までジーノは相手の動きを読んで、次の動きを見切る力がありますが……


 タタタッ


 ジルドはダッシュして、正面右寄りから攻撃を仕掛けてきました。

 短剣はジーノの首を目掛けて斬りかかります。

 恐らく頸動脈を狙っているのでしょう。

 ですがジーノは立ち向かい、すんでの所でなんと短剣を素手で持ったのです。


 パキィッッ


「なにいいい!?」


 ジーノはジルドの短剣の一本をそのまま素手で折ってしまいました。

 オーラをまとった手は鋭利な短剣でも斬ることが出来ません。

 例え毒が塗ってあっても肌に直接触ることが無いのですから。

 バルの修行で、第一にオーラをまとうことが出来るように優先した理由の一つです。


 シュルッ シャキィィィン ボトッ ゴロゴロゴロ―― シュウウウウウッ


 すれ違いざまに短剣を折った瞬間、もう片方の手刀で後ろからジルドの首を切り落としてしまいました。

 頭が地面に落ちてボールのように転がった後、首の切り口から勢いよく鮮血が噴き出しています。

 あっという間でした。

 落ちた首の目が、何が起きたのかわからず見開いたまま…… ブルブル

 この状態で住民がぞろぞろと出てきたので、びっくりして退いていました。


 ――ジーノはいつも森で魔物を退治している要領でやっていましたが、何故か固まっています。

 その時、火事と賊を始末したバルが、ジーノがいるほうへ戻ってきました。


「おっ 派手に片付けたなあ。えらいぞ」


 バルはジーノの頭を大きな手でワシャワシャと撫でました。

 それでもジーノは固まったままです。


「あ…… ああ……」


「うん? なんだ?」


「あ…… お、俺…… 人殺しちゃったんだけど…… あわわわわわ」


 ジーノは慌てふためいて、オロオロし始めました。

 確かに、ジーノは修行や狩りで魔物を殺したことはありますが、盗賊は殺さないで痛めつけて、後の処理はバルや自警団に任せるだけでした。

 初めて人を殺したのです。

 ジーノの心情はただ事では無いでしょう。ですが……


「今更何を言ってんだ。伯爵が何とかしてくれるから気にするな」


「ええ? う、うん……」


 バルは軽く言っていますが、ジーノは気になって仕方がありません。

 散らばっている死体を横目に、二人は北の入り口の方へ向かいました。

 そして、店の前でうずくまっているビーチェの前で一度立ち止まりました。


「おいジーノ。ビーチェを引きずってでも連れてこい。ゴッフレードを倒すことはおまえたちにとって目的であり、修行過程の中での試練でもある。これを乗り越えてやっと半人前だ。近頃魔物が増えてきているのはこれから大きな戦いが始まる前兆と俺は考えている。今晩のことの比でないくらい恐ろしいことになるぞ。みんなの笑顔を絶やさないためにおまえたちは何が出来るか、ちょっと考えればわかることだ」


 バルは二人にそう告げると、一人で北の入り口へ駆けていきました。

 ビーチェはうつむいたまま動こうとしません。


「なあビーチェ、どうすんだよ……」


「――お父さんだったら、何て言うのかな……」


「そりゃあ、あの豪快なオヤジさんだ。せっかく強くなったおまえにかたきを討って欲しいんじゃないかな」


「――そうだよね……」


 ビーチェはきっと立ち直ると、ジーノは考えました。

 しかし決め手となる言葉が彼ではわかりません。


---


 バルとジーノがジルドの部隊を始末する前、パウジーニ伯爵家付近にはもうゴッフレードとその本体が入り込み暴れ回っていました。

 北の入り口付近ではあちこち火事になっています。

 住民も街道まで出てきてしまい、大混乱です。


「ガーッハハハハハハッ 奪え奪え! そこの屋敷は金品財宝たんまりだ!」


 ゴッフレードが先導して部下がパウジーニ伯爵家を襲おうとしています。

 屋敷の階上テラスからパウジーニ伯爵夫妻とルチアさん、メリッサ先生が覗いていました。


「ああ…… あなた! あの大男は……」


「うむ、間違いない! ゴッフレードだ!」


「あれがゴッフレードなのですかお父様!? 人間? 魔物では?」


「お嬢様、確かに人間にしては常識外れの体格です。あり得ませんよ」


 四人が騒いでいるとき、ウルスラだけは冷たい目でゴッフレードと賊たちを見ていました。

 いつもラ・カルボナーラで楽しく大騒ぎしている彼女とは全く別人。

 まるで氷の魔女に変身したかのようでした。

 ウルスラは伯爵に尋ねると、彼はその様子にゾクッとしながらも彼女の言葉を聞きました。


「伯爵…… アレはみんな殺していいの?」


「構わん。すでに全国指名手配になっている悪党の中の悪党だ。国から犯罪者は出来るだけ生け捕りしろとのお達しだが、私が許す。やってくれ」


「そう…… わかったわ」


 ウルスラは魔法で屋敷の屋根より高い位置まで浮かび上がると、亜空間魔法で古びた長い杖を取り出しました。


「ウルスラさん…… 何をなさるのでしょう?」


「お嬢様見ましたか? 何も無いところから杖を取り出しました。とんでもない魔法よ」


 ウルスラはゴッフレードと賊がいる正確な位置を把握し、意識を集中して魔力とオーラをグッと高めました。


「Jäätykää, te pahat. (ヤーティカ、テパハッ/悪しき者たちよ、凍ってしまえ)」


 ウルスラが杖を掲げボソッと言葉を発した瞬間、ゴッフレードと賊が一斉に凍結してしまいました。

 しかも火事まで鎮火し、出てきた一般住民は全く凍っていません。

 彼女の脳の処理能力はなんて高いのでしょうか。

 ですがゴッフレードまで倒してしまったので、ビーチェとジーノが敵討ちをする機会は永遠に失われた?


「ウルスラさん…… あの方は何者!?」


「あんな魔法…… 見たことも聞いたことも無いわ……」


「あなた、ウルスラさんのことを何か知っていますの?」


「あいや…… 知らん……」

(ううう…… 大賢者ウルスラ様のことがこれでバレてしまうのだろうか……)


 皆がウルスラの力を疑問に持ちながらもホッと安心をしていたら、凍ったゴッフレードの様子がおかしいです。


 ピキピキ――


「あいつだけ氷が割れてる!? 強力な氷漬けの魔法だったのに、そんなことあるの?」


 ゴッフレードの氷が、ただ表面を覆って凍らせている氷の膜が割れていってます。

 もはや人間ではなく魔物確定なのか、それともバルたちのような超人なのでしょうか。

 正体は次回です。



※ウルスラが魔法発動の時に発した言葉はカーマネン語。

 地球でいうフィンランド語に近いものです。

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