第十五話 五年前の出会い 其の二

 バルは精肉店ペトルッチにジャイアントボアを引き渡して帰ろうとした時、ラ・カルボナーラで食べたカルボナーラの中に入っていたパンチェッタ(生ベーコン)をふと思い出して、店の冷蔵ショーケースを覗いてみました。


「お、パンチェッタが置いてある。お姉さん、もしかしてここのパンチェッタってラ・カルボナーラに卸しているのかい?」


「あらいやだお姉さんって、うふふ。そうだよ。あの店で食べたの?」


「うむ。絶妙な塩加減で実に美味かった!」


「そうかいそうかい! うちのパンチェッタはガルバーニャいちだからねえ! ハッハッハッ」


 肉屋のオバサンが豪快に笑ってますが、この街の人はウチが何でも一番と言う傾向があるようですね。


「ところで聞きたいんだけれど、ラ・カルボナーラって母親と子供だけでやっているのか? 旦那が見当たらなかったが……」


「あそこの家はね…… 五年前に野盗の集団がこの街を襲って大変な被害があったんだよ。それで自警団をやっていたその旦那が殺されちまった。他にも小さな子供たちまで犠牲に…… 追い払うのがやっとだったよ……」


「そういうことだったのか……」


「旦那はちょうどあんたみたいな体格で、魔物や盗賊を退治したりで強かったんだけどねえ。相手が悪かったんだよ。野盗の首領がゴッフレード(Goffredo)ってやつでさあ、魔物みたいに体がデカくて強かった。それに狡猾こうかつで残忍。国を挙げて捕まえようとしてるけれど、なかなか……」


「ふうむ……」

(あの赤毛の子が懐いてきたのは、俺の姿が亡くなった父親と重なったということか)


 話に聞いたアレッツォの盗賊襲来についてバルはペコラーロ家への同情を禁じ得ませんでしたが、バルの故郷であるヴィルヘルミナ帝国では魔族との戦争で凄惨な場面をたくさん見てきたため、それ以上の感情は出てきませんでした。


---


 その後のバルの生活は――

 昼間は何もすることがないので毎日森へ行って魔物狩り。

 ただジャイアントボアのように食肉になりそうな魔物は出てこず、臭い花の植物モンスター、鎧を着た幽霊系モンスター、でかいムカデ、石像みたいなものばかりでした。

 そんな魔物は手刀からオーラのカッターを発して切り刻んだり、石像はオーラの光球をぶつけて破壊。

 実態を持たない幽霊はオーラの塊で包んでやれば消滅。

 バルの基本的な戦いは身体からみなぎるオーラを使います。


「この森は食えねえモンスターばかりで銭にならん。グレートホーン・ブル(立派な角を持った牛の魔物)なんて出てきてくれたら最高なんだが…… 買取一千万リラ以上になりそうだが、あのオヤジの店は金が足らなすぎて無理か。ハッハッハッ」


 などと言いながら、元々魔物が少なめな森とはいえ数日で狩り尽くしてしまいました。

 バルは知りませんが、後日農地では魔物が全然出てこなくなったと不思議がられていたほどです。

 バルが狩ったジャイアントボアは解体が終了し、二日後には街に流通するようになってきました。

 彼はあれから毎晩ラ・カルボナーラへ通い、滞在三日目の晩にはジャイアントボアの肉三キロをナリさんにプレゼントしてあげました。


「このジャイアントボアの肉、子供たちに食べさせてあげてよ」


「まあ! こんな高いお肉をどうされたんですか?」


「俺が狩ってペトルッチのオヤジに解体してもらっただけで、お金をもらったのは俺の方だから気にしなくていいよ」


「え? ジャイアントボアが退治された噂は聞きましたけれど、お客様が一人で退治なさったんですか?」


「ああ…… まあそういうことで……」

(噂になってんのかよ。さすが田舎だ)


「す、すごいですね……」

「ひえぇぇぇぇぇ!! おっちゃん強いんだねえ!!」

「おじさんつよおい! ニコッ」


 ペコラーロ家の三人は大層驚き、バルは恐縮しました。

 元々能力を周りに誇示しないうえに、元勇者ということを秘密にしていますからね。


---


 そしてアレッツォ滞在一週間後。

 晩はいつものようにラ・カルボナーラへ行き食事をしていました。

 閉店時間に近くお客は疎らで、頼んだのはボロネーゼの大盛りとビールです。

 昼は魔物がいなくなってすることは無いけれど、このお店のメニューはまだ制覇していないし、何より可愛いナリさんの顔を眺めに行くのが楽しみで他の街へ移動することを決めかねていました。

 ジャイアントボアの買取査定は思っていたより良く、すでに貰っている十万リラを引いて三百二十万リラになりましたからしばらくは滞在出来そうです。

 お客が誰もいなくなった時、ビーチェがバルに尋ねました。


「おっちゃん毎日来てるね。ありがとっ ふふっ」


「君のお母さんの料理は美味いからねえ。毎日食べても飽きないよ」


「あたしお母さん大好き! だから料理を褒めてくれるおっちゃんも好きだよ!」


「ははは、そうかそうか」


 大好きな母親の料理を褒めてくれるはみんな好きと言う意味ですね。

 うっかり勘違いしてしまう人がいそうですけれど。


「ねえ、おっちゃん強いんでしょ?」


「まあ知っての通りジャイアントボアが退治出来るくらいは強いぞ」


「あたし強くなりたいんだ! おっちゃんが師匠であたしが弟子! 修行させてよ!」


「お、おい…… 急にどうしたんだ?」


 十一歳のビーチェは両手に拳を作って訴えるように言いましたが、彼女の言葉にバルは困惑せざるを得ませんでした。

 何故強くなりたいかは察しが付きそうですが……


「ビーチェ! お客様にそんなことを、迷惑ですよ! 申し訳ありません、娘が……」


「いや、いいんですよ。どうして強くなりたいんだ?」


「お父さんのかたきを討ちたい! 五年前にお父さんは野盗のすっごい強いやつに殺されてしまったんだよ……」


「うーん、そうか……」


「ビーチェ、あなたそんなことを考えていたのね……」


 ビーチェの父親についてはすでにペトルッチ精肉店のおばちゃんから聞いたとおりでした。

 ですがこんな普通の女の子に、かつて自分の師匠から受けた厳しい修行を受けられる精神力と体力があるとも思えません。

 当てが無い旅なので時間だけはありますが、彼女の目を見ると簡単には引き下がりそうにありません。


「その野盗がいつどこに現れるのかわからないんだぞ? もしかしたらそれが明日かもしれないぞ?」


「それは…… でも、どうしてもあたしの手で倒したい! 探し出して絶対にぶっ飛ばしてやる!」


「ビーチェ! そんな、あなたのほうがやられちゃうわよ!」


 ナリさんはそう言いますが、ビーチェは全く聞き耳持ちませんでした。

 バルもどうやって断ろうか悩んでましたが、ビーチェの気持ちを無碍むげにすることも出来ませんでした。

 一応、元勇者ですからね。


「なら俺は一週間この街の滞在を延ばす。君が学校やお店や休みの時にテストの修行をする。学校の勉強と家の仕事はきちんとすること。それでいいか?」


「うん!!」


「お母さんもいいかな? 無論、大きな怪我をするようなことはさせませんから」


「もう…… ビーチェは聞きそうに無いから…… すみませんがよろしくお願いします」


 ナリさんは諦めと呆れで承諾せざるを得ませんでした。

 ビーチェは嬉しすぎて店の中で踊っています。

 ファビオ君の姿が見えませんが、夜が更けてまだ六歳なのでもう上の階で寝てるんですよね。


「決まりだな。次の学校の休みはいつだ?」


「明日と明後日だよ!」


「早速だな。じゃあ…… このお店の前で…… ああ―― 九時でいいや」


「意外に遅いんだね。朝五時からって言うかと思っちゃったよ」


「俺が早起きしたくないからな」


「ええ―― 大丈夫かなこのおっちゃん……」


 というわけで、明日の朝からビーチェのテスト修行が始まることになりました。

 バルはボロネーゼを食べ終えると支払いをして、そそくさと宿へ帰ってしまったのですが……

 シャワーを浴びてからまた外へ出掛け、裏通りへ向けて闇の中へ消えていきました。

 ――そして二時間後、また裏通りからノコノコと歩いて出てきました。


(はー スッキリした! 王都以来久しぶりだったなあ! 田舎なのに意外に可愛い子がいっぱいで、さすが宿場町だ。また行こうっと。むふふ)


 なんと、ジャイアントボアの買取で大金が入ったため、宿の爺さんやペトルッチのオヤジが言っていた娼館へバルは行っていたのでした。

 元勇者とあろう者がなんてけがらわしいんでしょう!

 本当に男って生き物は……

 え? 私は見てませんよ?

 バルがナリさんにちょっとだけ似ている童顔お姉さんとあんなことをしていたなんて。


---


 その翌朝九時、ラ・カルボナーラの前にて。

 バルが時間通りに行くとビーチェが待っていたが、彼女が首根っこを捕まえてるところに男の子の姿がありました。

 彼女と歳が同じくらいのようです。


「えー、やだよビーチェ…… なんで俺が修行しなきゃいけないんだ?」


「おまえも友達たくさん殺されただろ? かたきを討ちたいんだろ?」


「それはそうだけれど……」


 彼は五年前のジーノで、まだ十歳でした。

 彼もまた、家族は無事だったものの目の前でたくさんの友達が惨殺されてしまったという辛い経験を持っていました。


「おはよう―― あ、誰この子?」


「おっちゃんおはよう! さあ、あたしの友達! こいつの友達も野盗に殺されたんだ。一緒に修行を受けさせてよ!」


 ビーチェに呼ばわりされている残念なジーノ。

 随分前から尻に敷かれていたんですね。


「うーん、まあいいけどな。そういえば君らの名前を聞いていない。俺はバルって言うんだ」


「あたしベアトリーチェ! みんなはビーチェって読んでるよ!」


「ジーノです……」


 ジーノは不貞腐れた顔で上の空を見つめていました。

 どうやら彼が朝起きたらいきなりビーチェがやって来て、彼の両親にジャイアントボアを倒したおじさんに修行を受けると話したら快く了解したそうです。

 元々ヘタレな子でしたから、鍛えてもらいたかったんでしょうね。


「では今日から俺のことを師匠と呼ぶように」


「はい師匠!」


「師匠……」


「――男の子なんだからもうちっと元気だせよ。元気な男の子なら女の子にモテるんだぞ」


「ジーノは他の子より、あたしと一緒じゃなきゃ何にも出来ないもんねー」


「そ、そんなことはない!」


 ジーノはビーチェに煽られてますが、ビーチェもジーノにはあまり他の女の子と仲良くなって欲しくないという気持ちに自分でまだ気づいていないのでありました。


「――さてと、早速修行に出掛けるぞ」


「どこ行くの?」


 バルは両脇にビーチェとジーノを抱え、街道を一気に駆け抜けてジャイアントボアを倒した森まで向かいました。


「「ぎぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」」


 修行の内容はまたの機会にお話ししましょう。

 一週間後、二人は無事に修行のテストを合格することが出来ました。


---


 ビーチェとジーノの修行テストが合格したことにより、当分の間はアレッツォに滞在することになりました。

 ナリさんと仲良くなりたいという下心もあってこそなんですけれどね。

 いつまでも宿に泊まるわけにもいかず、バルは家探しをするためにお店が閉店する間際にナリさんへ相談したのでした。


「じゃあ明日の午前中、一緒に領主事務所へ行って住民登録しましょう。私が保証人になりますから、そうすると家が探しやすくなるんです」


「え? いいんですか!? ありがとう!」


(やった! 用事とはいえナリさんと二人きりで出掛けられるなんて、半分デートみたいなものだよな)


 バルは何かよこしまなことを考えているようですが、その翌日午前中は本当に住民登録をしただけでした。

 ナリさんはすぐにお店の仕込み準備を始めてしまったので、ビーチェたちは学校へ行っているし、バルはトボトボと宿へ帰って暇を持て余していたのでした。


---


 その日のお昼、パウジーニ家の執務室ではパウジーニ伯爵がデスクで事務仕事をしていました。

 そこへ執事のオネストさんがある書類を持ってやって来ました。

 ここでやっと初登場、パウジーニ家の執事オネスト・シモーニさん。

 当時パウジーニ伯爵は三十五歳、オネストさんは六十六歳。

 オネストさんは、野盗の襲撃で亡くなった先代の当主の時から執事を務めており、あと数年で隠居させてくれないかという話になっていました。

 白髪で口髭を綺麗に整えているオネストさんは、伯爵へ書類を渡すときにこう言いました。


「旦那様。事務所の者が今朝、珍しい者が住民登録をしに来たと報告がありまして、これをご覧下さい」


「ほう、どれ……」


 伯爵はデスクで書類を片手に持ち、何となく眺めてみました。

 読み進めるにつれて、だんだん難しい顔になっていきます。


(ヴァルデマール・リンデグレーン、国籍はヴィルヘルミナ帝国か…… 我が領地でこの国の者の登録があったのは初めてではないか。しかしどこかで聞いたような名前だな)


「どんな容姿か、言っていたか?」


「はい、かなり体つきが良い武闘派のようだと言っておりました。付き添いの女性は地元の飲食店で働いており、彼女が保証人になっています」


「保証人…… アンナリーザ・ペコラーロ―― ああ、野盗にやられたジラルド(Girardo)の婦人か。あの時は気の毒だったな…… 小さな子供もいたのに」


(中級魔法師クラスBの資格を持っているのか。武闘派で中級魔法師とはなかなか希有だ。是非我が領地の自警団に欲しい。滞在先はコンスタンツォ―― あのジジイの宿だな)


「――オネスト」


「はい旦那様」


「コンスタンツォの宿かペコラーロの店にそのヴァルデマール・リンデグレーンがいるはずだ。すぐにこの部屋へ連れて来てくれないか?」


「はい、かしこまりました」


 斯くしてバルは、パウジーニ伯爵家へ呼び出されることになってしまいました。

 のんびり気ままにやっていきたい彼にとって、小さな街故にちょっとした力でも目立ち裏目に出てしまいました。


---


 バルは適当な店で軽い昼食を取った後、宿の部屋で寝転んで本を読んでいました。

 そこへドアノックが鳴ります。


 コンコン


「どうぞー」


「失礼します」


 そこへ現れたのが、二十歳過ぎであろう黒髪が美しいメイドさんでした。

 バルはそれにびっくりして飛び起きました。


「え? なに? この宿って昼間っからそういうサービスやってんの?」


「何のことでございますか? ヴァルデマール・リンデグレーン様、我が主でこの地の領主であるパウジーニ伯爵がお呼びでございます。ご案内しますので至急お越し下さい」


「あ…… 領主? 俺何か悪いことしたかな?」


「そのようなことではございません。お早く――」


「わかった…… ちょっと身支度するからドアの外で待っていてくれないか?」


「承知しました」


 バルはメイドコスプレの娼婦と勘違いしたんでしょうかね。

 しょーもない男ですっ

 バルは慌てて着替え、パウジーニ伯爵の屋敷へ連れて行かれました。


---


 再びパウジーニ伯爵家の執務室。

 室内のソファーにはパウジーニ伯爵とバル。

 伯爵の後ろに執事のオネストさんが控え、さっきの黒髪メイドさんがお茶を出していました。


「よく来てくれた、ヴァルデマール・リンデグレーン殿。そういえば先日あなたがジャイアントボアを一人で倒したと聞き及んでいるが……」


「そうですが―― 伯爵。話の目的はそれではないですよね?」


「あなたが中級魔法師クラスBを持っていながら、その体格でジャイアントボアを倒したと―― 是非うちの街の自警団に入ってもらいたい」


「――自警団と言われましても、この街は今のところ平和そのものじゃないですか。森の魔物だって私がみんな狩り尽くして…… あっ」


 バルは森の魔物を一人で全滅させたことをつい口に滑らせてしまいました。

 彼は時々こういうので抜けているんですよね。


「そうか! あなただったのか! 森に近い農地で近頃魔物が全く出なくなったと報告があったが、そういうことだったのか!」


「ああ―― 内緒にしてて下さいね。騒がれるの苦手だから」


「承知した。で、魔物は時が経てばまた湧いてくるし、こんな小さな街だからまた野盗に襲われないとも言えない。なに、領地内を定期的に巡回してくれればいんだ。月ごとに給金は出す」


「いくらですかね?」


「三十万リラだ」


「それなら…… いや、今はペコラーロ家とカヴァリエリ家の子供に森で修行をつけているところなんですよ。それ以外の時間でしか……」


「それで構わない。しかしあの森で修行なんてさせてるんだな。ペコラーロ家…… ああ、そういうことか」


 伯爵はビーチェたちが修行をしている理由を察しました。

 それにしてもバルは、森で修行してるなんてまたベラベラ話してていいんでしょうか。


「――話は変わるが、二十年近く前だったかな…… ヴィルヘルミナ語で書いてある本で戦争の記録なんだが、あなたと同じ名前を見てね――」


「伯爵、ヴィルヘルミナ語がわかるんですかね?」


「ああ、王都で学生をやっている時に勉強していてね。ちょうどその時読んだんだよ。それで勇者――」


「あっ ちょっと待って下さい」

(もう伯爵は半分気づいているよ、俺が元勇者ってね。住民登録に偽名は書けなかったし、このまま秘密を通すのも面倒臭いしなあ。どうしよう……)


 中級魔法師資格証を出さないで無理して偽名登録することも出来たはずなんですが、バルはそういうとこで根が真面目なのでしないんですよね。

 伯爵は素知らぬ顔をして鎌を掛けているのかも知れません。

 勇者という言葉が出てしまった以上、もう逃れられない?


「お人払いを願いますかね?」


「うむ―― オネスト、ベルティーナ(Bertina)、下がってくれないか?」


「「承知しました」」


 パウジーニ伯爵は二人を下がらせ、執務室はバルと伯爵だけになりました。

 いよいよバル自身の正体を話すのでしょうか。


「――うん…… まあ、伯爵のお察し通り、二十年前までヴィルヘルミナ帝国で勇者をやっていたヴァルデマール・リンデグレーンだよ」


 証明を確実にするため、バルは手の平からボウッと淡い光のの槍を出しました。

 オーラを扱う者は少なくともガルバーニャ国にはいませんし、魔法の槍は見た目がはっきりしているので伯爵がそれを知っていれば区別がつきます。


「この前のジャイアントボアは、これで心臓ひと突きだったなあ。ハッハッハッ」


 伯爵はそれを見て、わなわなと震え出しました。

 恐怖ではなく、凡人の目の前に有名人が現れたような震えです。


「あ、ああ……」


「ん?」


「勇者ヴァルデマールさまあ!!」


 パウジーニ伯爵は床で、それはそれは見事なジャンピング土下座をしました。

 まるで神をあがめるかのよう。

 伯爵の思わぬ行動にバルは困惑しています。


「あの…… 何ですかね?」


「私、あの戦記の本を読んで勇者ヴァルデマール様の大ファンになったんです! まさかこちらまでいらっしゃるなんて、夢のようですううううえぇぇぇぇぇん!!」


「おい、泣くなよ……」

(あーぁ、ゼクセティス討伐後すぐに仲間が調子に乗って戦記本を書いて出しちゃったもんだから、余計にヴィルヘルミナに居づらくなったんだよね。まさか読者がここにいたとは――)


 泣くほどの大ファン…… まあわかりますけれどね。

 勇者一行の一人が戦記本を出して、それがヴィルヘルミナ帝国内でベストセラーになってしまい外国でも手に取ることが出来たんです。

 翻訳はされていないのでガルバーニャ国で読んでいる人は少ないのですが、たまたまパウジーニ伯爵が心に影響を受けやすい十五、六歳だった学生時代に読んでいたら、それはドハマりして憧れの人になるでしょう。それが目の前にいるんですから。


「で、自警団については了解しましたけれど、それより私、家を探していましてね。どこか良いところがないかと」


「それならば当屋敷はいかがでしょう? 豪華ベッド三食付きでございます!」


「いや、堅苦しいのは苦手でしてね。小さな一軒家があれば嬉しいんですが」


「ではちょうどペコラーロ家のすぐ近所に、当家が直接管理している借家がございます! そこなら如何でしょう?」


「それなら嬉しいですなあ? 家賃はおいくらで?」


「タダでけっこうでございます! 勇者様からお金を取るわけにはまいりません!」


「それは助かります。あっ その勇者というのは今後使うのをめて下さいね。ヴィルヘルミナ帝国を出てから勇者という肩書きはずっと秘密にしていますので、ここでは私と伯爵だけの話ということにして下さい」


「ははーっ 承知しましたあ!!」


 伯爵は続けて土下座をしていますけれど、そんなに大声で話していて外へ聞こえませんかね?

 今日のところ話はそれで終わりになり、バルは伯爵に借家を手配してもらうことになりました。

 また美人の黒髪メイド、ベルティーナさんに案内してもらいました。

 バルはちょっと嬉しかったようですが彼女は仕事として淡々とやっているだけなので、バルは内心がっかり。ざまあ見ろです。

 借家の場所は街道の裏通りにあり、ペコラーロ家の真裏がジーノの家で、その左隣の二階建ての一軒家がそうなんです。

 バルはすぐに気に入って即決し、その日のうちにパウジーニ家から不要な家具と布団を譲り受け、翌日から住むことになりましたとさ。


 次回から時は元に戻ります。

 この五年前の話からいろいろ繋がるようになります。

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