第九話 港町と美味しい海鮮料理に舌鼓
四人を乗せた魔動車は、盗賊たちを乗せた馬十五頭を一列に引き連れ、山林が続く街道をノロノロ運転。
馬が歩く速度に合わせないといけませんからね。
時々すれ違う馬車の人たちから奇異の目で見られながら……
一時間ほどでモンターレの街に到着しました。
「へー! けっこう大きな街なんだなあ」
「もうここでいいんじゃない?」
ジーノとビーチェは小さなアレッツォの街しか知らないので、アレッツォの三倍ほどの街でも物珍しそうに魔動車の中から街の様子を眺めていました。
「ボナッソーラはもっと大きい街よ。ウチの領地は農業に特化しているから人が少ない街のほうが珍しいわ」
ルチアさんの言うとおり、パウジーニ伯爵領は国の中でも特に平地が多く肥沃な土地なので農業に適しており、人が少なくてもそれで十分収益を得られるのです。
盗賊を乗せた馬を街の中でゾロゾロ引き連れているとさすがに目立ち、街の警備隊に見つかってしまいました。
「おまえたち止まれえ!」
「警備隊の詰所を探す手間が省けましたわ。ビーチェとジーノはそこにいなさい」
ルチアはそう言うとメリッサ先生も一緒に外へ降りました。
警備隊員が二人、彼女らへ高圧的に詰め寄ってきます。
「後ろの馬は何だ!?」
「見てわからないんですの? 盗賊を捕まえて連れてきたのですが」
「なっ…… 取りあえず詰所まで来てもらおうか」
道の真ん中で通行人の迷惑がかかりますから、ルチアさんの判断でここは素直に隊員の言うことを聞いて素直に詰所へ付いていくことにしました。
そして数分後に詰所前へ到着。
正確にはボナッソーラ警備隊モンターレ出張所と言います。
「な、なんだこりゃああ!?」
筋骨
ルチアは盗賊団の首領を乗せている馬を引っ張って、老人所長の前へ連れて来ました。
「これが盗賊団の首領です。あなたならこいつの顔に見覚えがあるんじゃないかしら?」
「こ、こいつは!? 盗賊団スパゲッティーニのブルーノ!」
「わかったならさっさと引き取ってくれないかしら。
と言いながら、ルチアは身に着けていたペンダントを外し、老人所長に見せました。
ペンダントにはパウジーニ伯爵家の紋章がデザインされています。
この
それにしても盗賊団の名前がスパゲッティーニだなんて可愛くて笑っちゃいます。
「パウジーニ伯爵家の紋章!! あなた様は!?」
「パウジーニ伯爵の長女ルクレッツィアです」
「伯爵家のお嬢様!! 大手柄です!! 盗賊団スパゲッティーニは我々がずっと追ってましたがなかなか捕まらなくて……」
(はぁ…… 魔法を使えばあの程度ならば苦労せず捕まえられそうなのに、この地域は中級魔法師以上が不足しているんでしょうね)
「直ちに処理をして頂戴」
「ははーっ 承知しましたあ!」
盗賊団を引き渡し、詰所内で四人は直接所長から簡単な取り調べを受けた後、無事に出発することが出来ました。
「ああ…… 勿体なかったですわあの馬たち…… うちの領地内ならそのまま戦利品として有効活用が出来たのに」
「仕方ありませんね。後で報奨金をくれたら良いのですが、何も言われませんでしたね」
と、ルチアさんとメリッサ先生は魔動車の中でぼやいてました。
後部座席ではビーチェとジーノが別のことでぼやいていました。
「なあ、ビーチェ。腹減ったよなあ」
「そうだなあ。遅れた分、余計にお腹が空いた気がするよ」
「あなたたち、二時間くらい前に朝ご飯食べたでしょうに。もうお腹が空いたんですの?」
「オーラを使って戦うと燃費が悪いんだよ」
「ふーん…… オーラを使って早く済んだと思うしかありませんわね。お昼にはまだ間に合いますから我慢なさい」
「「はーい……」」
ビーチェとジーノはげんなりした顔をしつつも、単調な景色が続いているのでいつの間にか寝てしまいました。
時々鹿などの動物が街道に現れてましたが、幸いここらは魔物がいないようですね。
ミローネ伯爵領は低い丘陵地に森が続き、開拓もされずあまり農地には適していません。
農産物はパウジーニ伯爵領の物で賄い、街は漁業と商業で栄えています。
---
ミローネ伯爵領の港町、ボナッソーラに到着しました。
ビーチェとジーノは魔動車の中から初めての大きな街と海を見て、小さな子供のように大騒ぎです。
「ひえー! 五階建ての建物がいっぱい並んでるう! アレッツォって二階や三階建てばかりだからな」
「あっ あっちにもこっちにも魔動車がいっぱい! あの魔動車ってルチアんとこのこれより格好良いんじゃない?」
「おいビーチェ、海が見えてきたぞ! あんなに青いんだ!」
「すげええええ!! 畑よりずっと広いじゃん!! ひゃっほう!!」
目に入る物、二人には何もかもが新鮮で夢の国へ来たような気分でした。
当然それをルチアさんは
「ちょっとあなたたち。もう十五、六になるんですからいい加減落ち着きなさい!」
「まあまあお嬢様。私も進学して初めて王都へ着いたときに、馬車から降りたら飛び上がって喜んでしまいましたからね。あの子たちなら無理もないでしょう」
と、メリッサ先生はフォローしました。
日本でも、田舎から上京して大学進学したらデビューしたという話はよくありますからね。
「そうそう。ルチアは経験豊富なオバサ…… いや何でも無い……」
「なあにビーチェ? 今何か言いかけましたわね?」
「ほほホント何でも無いから。あははは……」
ビーチェはきっと、ルチアは経験豊富なオバサンだから都会なんて珍しくないんだよと言いたかったのでしょう。
彼女は後先考えずに物を言いがちですが、途中で気づいたようです。
――私はオバサンじゃないですよ?
「フンッ まあ
少々不機嫌なルチアさんですがここは抑えて、パウジーニ伯爵家がボナッソーラで定宿にしている宿へ向かうことになりました。
---
「宿もデカいなあ。アレッツォの宿とは比べものにならないや」
「人が多いことの他に、この街は平地が少ないから建物を高くして収容を増やしていますの」
「確かにそうだ。さすがルチアは博識だねえ。にひひ」
「こ、これくらい常識ですっ」
宿の前に到着し、建物を見上げて驚くビーチェとジーノ。
ジーノの言葉にルチアさんが応え、ビーチェが冷やかす。
道中、三人の会話はよくこの流れになっているようです。
一階がレストラン、二階から上が宿泊施設になっており、魔動車を宿の裏へ預けた後に四人は受付がある二階へ上がりました。
現代の高級ホテルのようなフロントと広いホールがあります。
「ふわあ! まるでお城みたいだ。天井にあるガラスのキラキラはなんだ?」
「それはシャンデリアです」
「ねえねえルチア! 何で壺なんか飾ってあるの?」
「あれは観賞用です。高いから触ってはダメよ。というか恥ずかしいから静かにして頂戴!」
ルチアさん、まるで自分の子供たちを叱るお母さんのようです。
年老いた受付係も苦笑いをしていました。
「お嬢様、いつもありがとうございます。今回は珍しいお連れ様がおいでですね。フォッホッホ」
「申し訳ありません、支配人。あの子たち、アレッツォを出るのが初めてで……」
さっき女の子の受付係に呼ばれて出てきた方、品の良いお爺さんかと思ったら支配人だったのですね。
常連の伯爵令嬢が来たとあれば施設代表がお迎えするのは当然でしょう。
「それで今晩一泊、男女別で三人と一人か、二人と一人部屋二つ用意できるかしら?」
「大変申し訳ございませんお嬢様。生憎本日は二人部屋が二つだけしか残っておりません。本日はお忍びでしょうか?」
「そんなものです。早めに予定がわかっていたからいつものように予約しておくべきだったわね。別の宿にしようかしら……」
ルチアさんの頭の中は若い男女が同室などもってのほかと思い込んでいます。
ですがビーチェは……
「あたしとジーノは一緒の部屋でいいよ」
「ななな…… 何てことを
ルチアさんはお湯が沸騰しているやかんのようになってしまいました。
彼女はこの二人が昔から今までも川遊びで裸になっているのを知りません。
ビーチェのほうもこれまで、その話を親友のルチアにしたことがありませんでした。
「何言ってるの? あたしとジーノは
「え…… あ…… そそそうでしたよね! はいっ じゃあ二人部屋を二つお願いします……」
「かしこまりましたお嬢様。フォッホッホ」
ビーチェの言葉でその場を取り繕うことが出来たルチアさんはホッとしました。
ここで姉弟ということにしたのか、それともビーチェにとってジーノはまだ姉弟の関係でしかないのかわかりません。
ジーノもビーチェの言葉に驚いていましたが、この場は黙っていました。
(ビーチェどうしたんだ? この前は恥ずかしがってたり今日は姉弟だなんて言ったり…… 俺にとってビーチェは何だ? ビーチェのことは好きだけれど…… こここ恋人なんかじゃないぞ! やっぱり家族? それとも親友? いや、長年の相棒? うーん、わからん!)
「それではお嬢様、二部屋朝食付き四名様でお会計は十四万六千リラでございます」
ルチアさんが財布を出して支払おうとすると、ビーチェがこう言います。
さすがお貴族様御用達の宿は良いお値段ですねえ。
「ここはあたしが払うよ」
「え? あなたいくら持って来たんですの?」
「この前ジャイアントボアを倒したじゃん。今は裕福だしさー えへへ」
「そ、そうでしたわね。でも……」
「ご飯代はルチアが払ってね」
「わ、わかりました。お言葉に甘えます」
ビーチェは財布を取り出し、十四万六千リラ分の紙幣をポンと受付に差し出した。
「いやー、一度こういうことをやってみたかったんだよねー」
「もう、この街はスリが多いから気を付けなさい」
「大丈夫だよ。あたしとジーノ、人の気配には敏感なんだから」
こうして宿のチェックインだけを済ませ、歩いて市街へ出掛けて行きました。
ビーチェとジーノはもうお腹ペコペコで顔を見てもそろそろ限界のようです。
---
宿から五分も歩いたとき、さすがにビーチェがボヤキ始めました。
「ねえルチアぁ。宿にも大きなレストランがあったのにどこへ行くのさあ……」
「もう少しですわ。あなたたちが喜びそうなお店がありますから」
背が高い建物が連なる道を歩き続け、視界がパッと開けばそこは港でした。
漁船がたくさん係留されているので漁港なんですね。
「うっわ! ねえ見てジーノ、船が一杯! 絵でしか見たこと無かったのに!」
「おお! おっちゃんたちが捕った魚をたくさん運んでる!」
「この港にお店があるんですの。キョロキョロしないで行きますわよ」
キョロキョロするなというのは畑と森しか知らなかったビーチェたちにとって無理な言葉でしょう。
磯の香りに包まれ、スタスタ歩いて行くルチアさん三人は着いていきました。
「ここよ」
「わあ、外で食べるお店かあ」
到着したのは、屋外のオープンスタイルになっているレストランでした。
百人以上は入れる広い場所で、お昼時を少し過ぎていますがお客はいっぱい。
辛うじて空いていた一つのテーブルを確保し座ることが出来ました。
早速粋なお姉さんが注文を取りに。
おっぱいが大きいので、ジーノはバレないようにチラ見してますが絶対バレてますよ。
「はーい、いらっしゃいませえ。あら前に見たことあるお嬢様ですね」
「どうも。皆さんオーダーは私に任せて下さいまし。それでは、鯛のアクアパッツァと
「はーい! たくさんのご注文ありがとうございますぅ! 少々お待ちくださーい!」
本当にたくさんの注文ですね。
鯛のアクアパッツァなんて食べきれるのかしら。
「おおおお!? どんな料理なんだ? 楽しみだなあ」
「イカの炭焼きなんて美味しそう…… なんか良い匂いがするし…… じゅる。イカ食べるの初めてなんだあ」
「あれはまさにイカを焼いている匂いよ。先生はこのお店のイカの炭焼きが好物で、これが食べたくてここへ来たようなものだわ。うふふ」
ビーチェが感じているイカの香り。
日本でもお祭りでイカ焼きの匂いに誘われてしまい、つい買ってしまうアレです。
イカの炭火焼きは来る前からオーダーが決まっていて、メリッサ先生まで食事が楽しみで仕方がないようですね。
「はいお待ちどおさまでえすっ」
待つこと十数分、お店のお姉さんが注文した食事をドッと持って来ました。
四人の顔は待ってましたと言わんばかりの表情。
ビーチェたちに口うるさいルチアさんまでも、この時ばかりは
「さあ皆さん! 早速頂きましょう! 鯛と
「どひゃああ!! 一匹まるごとじゃん!」
「食べ甲斐があるよなあ!! ビーチェ! 早速切り分けるぞ!」
「イカ焼きイカ焼き! ふああ美味しそう!
盗賊退治で到着が遅れてしまった不満など一瞬で忘れ、皆は思い思いに美味しく食事が出来ましたとさ。
次回は買い物です! ちょっとだけムフフがあるかも?
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