第八話 港町ボナッソーラへ出発/盗賊退治

 先日ビーチェがパウジーニ伯爵家でルチアさんと講義を受けたとき。

 休憩時間にこのような話がありました。


「ビーチェ。今度久しぶりに先生と港町のボナッソーラ(Bonassola)へ行くのですが、あの…… あなたも来なさい」


 誘うのがちょっと恥ずかしげながらも、強制的なルチアさん。

 それでもビーチェは目をキラキラさせていました。


「行きたい行きたい! あのさ、ジーノも連れて行っていいかな?」


「あの子ですか…… バル様ではダメなの?」


「バルは呼んでも来ないよ。今までどっこも連れて行ってもらえなかったから今更だよ。お店も手伝ってもらわなければいけないし」


「そう…… まあ良いですわ。ジーノを連れてらっしゃい」


「ありがとうルチアー!」


 ビーチェはルチアさんの抱きつき、鬱陶うっとうしそうな頬ずりをしています。

 子供の時からのビーチェの抱きつき癖は最近減っていますが、ルチアさんのような親しい間柄だとたまにこうしてスキンシップをするんですね。


「ちょっ ちょっとビーチェったら…… 仕方ないですわね」


 ルチアさんは照れてますから満更でもないようですね。

 彼女にとって大事な一人っきりの友達ですから。


「うふふ 二人とも仲良しで良いですね。ビーチェ、楽しみにしていて下さいね」


「はーい!」


 こうして、ビーチェはジーノを誘い、お店の営業と学校に差し障らないように日程を調整してもらって、出発は五日後の一泊二日で出掛けることになりました。


---


 瞬く間に五日後の朝。

 待ち合わせはラ・カルボナーラの前で、ルチアさんたちが迎えに来ることになっています。

 大袈裟でしょうがビーチェとジーノは初めて領地の外へ出るので、家族が見送ります。


「ジーノ。人様に迷惑を掛けないでね」


「わかってるよかーちゃん…… 子供みたいだな」


「あんたはどうみてもまだ子供なんだから……」


 初登場の、ジーノのお母さん。

 ペトルッチ精肉店の豪快なかあちゃんほどではなく、標準体型の全国標準お母さんです。

 それでもビーチェのお父さんが十年前に亡くなった時からしばらくは、小さかったビーチェとファビオ君をよく面倒見てくれたものです。


「ビーチェ、街ではちゃんと女の子らしくするのよ。お母さんそれだけが心配だわ」


「ああいや…… ハハハ……」


「二人とも、途中で盗賊が来ても気絶させるだけにしとけよ。それから向こうの領主事務所か警備隊詰所に報告するんだ。まあ領主の娘のルチアがいるんだったらそのへんは何とかなるだろうが……」


 誰も身体に気を付けなさいよという心配をしていません。

 バルの厳しい修行によってオーラの扱い方を取得し、例え馬車にひかれても死なない身体になったのですから。


 その時、この街では聞き慣れない音をたててこちらへ近づいてきました。

 それはルチアさんたちが乗っている魔動車でした。


「あ! あれってルチアんちの魔動車だよ! あれで行くのかあ!」


「すっげえ! 俺初めて乗るよ!」


 二人は大はしゃぎ。何せアレッツォでは一台しか無い魔動車ですから。

 見た目は地球の自動車の創世記にあった、屋根付きの馬車によく似たスタイルのクラシックカーですね。

 大型の魔力カートリッジを燃料に、魔道機関で車輪を駆動させます。


 ガガガガーッ ギイイッ 


 魔動車がお店の前で停車すると、運転席からメリッサ先生、助手席からルチアさんが降りてきました。

 メリッサ先生はいつものパンツスーツスタイル、ルチアさんはこの前ビーチェが履いていたプリーツスカートの色違いで青系、そして白いブラウスの涼しげな様相です。

 ついでに、ビーチェにしては珍しいキュロットスカートとシャツ、ジーノはカーゴパンツとシャツで、大きな街へ出るにあたって自分たちの精一杯な服装を着てきました。


「お待たせビーチェ」


「へえ! 先生が運転するんだあ! びっくりしたよ!」


「去年王都で運転免許証を取ったの。いでしょう」


 ということは運転初心者じゃないですか。

 本当に大丈夫なんですかね。


「き、今日と明日よろしくお願いします!」


 ジーノはルチアさんとメリッサ先生に礼儀正しく深々とお辞儀して挨拶をしました。

 二人ともお貴族様ですからそうですよね。

 特にメリッサ先生とは初対面になります。


「ジーノ、わたくしの前ではお行儀良くして下さいまし」


「君がジーノ君ね、よろしく。ふふふ」


 高身長でスラッとした金髪ボブの美人お姉さんであるメリッサ先生を目の前に、ジーノはポーッとしてみとれてしまいました。

 そうなると当然……


「ジーノ、なに先生をジッと見てんだよ。早く乗るぞ!」


「痛てて! 何だよお!」


 ビーチェはジーノの耳を引っ張って無理矢理魔動車の後部座席へ連れ込みました。

 早速お行儀が悪いのでルチアさんは呆れ顔です。


「では皆様、二人のことはお任せ下さいまし」


「ルチア様、息子をどうぞよろしくお願いしますね」

「お嬢様のしっかりさはさすがお父様譲りですね。うふふ」

「二人がバカやったらぶっ叩いていいからな。ハッハッハッ」


「はあ…… それでは行って参ります」

(いつかバル様と二人きりでお出かけ…… 何てことにならないかしら)


 メリッサ先生もペコリとお辞儀をして魔動車へ乗り込みました。


(ああ、バル様…… 今度ゆっくり二人でお話ししたいですっていつ言えるのでしょう……)


---


 街を出ると、周りの景色は行けど行けど麦や野菜の畑ばかり。

 魔動車はスピードを出して走り続けます。


「うひょー こんなにスピードが出ているのに乗り心地がいいんだな」


「でもあたしたちが走るよりずっと遅いよ。なのにバルったらダメだって言って行かせてくれないもんなあ」


「まったく…… あなたたちの身体は冗談みたいなことになってますのね。あと三時間掛かりますからお昼ご飯までには十分間に合います。着いたら食事にしましょう」


「やったー!」


「港町だから魚料理が美味しいんだろうなあ。じゅる」


 ジーノの頭の中は食事のことで一杯なんですね。

 アレッツォにも魔法で冷凍された魚は入ってきますが、やっぱり魚は新鮮なうちに食べたいですね。


---


 出発から一時間以上経ち、周りの景色は穀倉地帯から山林地帯に変わりました。

 街道で見かける旅人や馬車は少ないです。

 ボナッソーラから王都方面へ向かう主要街道は別にありますから、ローカル街道ですね。


「ああ…… 三時間って長いんだなあ……」


「zzz……」


「まだうちの領地を出てミローネ(Milone)伯爵領に入ったばかりです。あと二時間我慢なさい」


 ビーチェはぼやき、ジーノは飽きて寝てしまいました。

 自分の身体で動き回り、普段は馬車移動すらしない二人ですからそうなるのも無理ないですね。

 ですがビーチェが後ろの方から何かを感知したようです。

 彼女は身体を後ろに向け、後部の窓から見てみました。


「ねえ、後ろから何か追ってくるよ。ありゃ馬かな」


「そうなんですの? わたくしにはよく見えませんが……」


 ルチアさんも後ろへ振り向きましたが、ビーチェは元から視力が良いのと遠くのオーラを感じ取ったんですね。


「どんどん追いついてくる。ん? 騎馬隊?」


わたくしにも見えてきました。騎馬隊なんかじゃありませんわ! あれは盗賊!」


「ひえー! おいジーノ起きろよ! 盗賊だってよ!」


「zzz…… ああ…… えっ?」


 馬に乗った盗賊の集団が現れたようです。

 ビーチェは嬉しそうに、眠りこけているジーノを揺さぶって起こしました。

 ずっと暇だったから、これから面白いことになると思っているのでしょう。

 二人の感覚は常識を逸脱してますから。


「もうすぐ追いつかれそうですわ。早馬を揃えているようですから、統率力がある盗賊集団のようですね」


「そういえばルチアも先生も怖がっていないようだけれど?」


「先生は中級魔法師Bクラスだし、私は初級魔法師でも中級魔法が使えますからあれくらいなら二人だけでも何とかなります」


「へー、さすがだねえ」


「それに魔動車ってお金持ちか貴族が乗っていますから、見た目だけでお金を持っていますと周りに知らせているようなものです。護衛無しで単独で移動するのだから盗賊に襲われるのは想定内ね」


「でもお嬢様。向こうもそれを承知で襲って来たとすると、案外魔法師がいるのかも知れません」


「そうですわね…… まあ、ビーチェたちがいますから問題無いでしょう。うふふ」


「もしかしてルチアって、それであたしたちを誘ったってこと?」


「さあどうかしら? フフ……」


 などと言っている間に、馬たちが左右を走っており回り込まれそうです。

 盗賊の男たちが止まれとかギャーギャーわめいていますが、ルチアさんたちは全く無視をしています。

 そしてとうとう何頭かが魔動車の前へ回り込み、前後左右完全に囲まれてしまいました。

 これで強引に止めようとしているわけです。

 周りの馬のスピードが落ちてきたので、こちらもスピードを落とさざるを得ません。

 メリッサ先生は馬に合わせてスピードを落としました。


「とうとう停まっちゃったね」


「たぶん降ろされますけれど、すぐに攻撃してはダメよ。弱そうなフリをしてあいつらを油断させるの」


「わかったよルチア。ジーノも聞いたか?」


「うん。オーラも抑えておく」


 騎乗しているのは、いかにも盗賊らしい風貌ふうぼうの男たち。

 馬は十五頭おりそれぞれ一人ずつ乗っています。


「中にいるおまえたち、降りろおおお!!」


 その中の一人がそう叫びました。

 全員が馬上で剣を構えています。


「さ、降りましょ。わたくしが相手の出方を見ます。馬はなかなか上等ですから傷を付けないで下さい。この十キロほど先に小さな街がありますから、あいつらを皆捕まえて引き渡すんです」


「すごいね。慣れてる感じ」


「昔から出掛けると何度か襲って来ましたからね。お母様も中級魔法師だから強いのよ」


「へー、全然知らなかったよ」


 ルチアさんがと言うように、普段とぼけてそうな貴婦人のお母様ですが一度火が付くと止められないくらい魔法で暴れるそうで。

 さて、もたもたしていると盗賊たちに魔動車を壊されてもいけないので、ルチアさんたち四人は降りました。


(ねえジーノ、あいつらすごく臭いね。あれは十日くらい身体洗ってないよ)

(ホントだ。俺でもわかるくらい臭いな。馬が可哀想なくらい)


 匂いに敏感なビーチェは盗賊の体臭に耐えられないようです。

 首領らしき髭面の男が話しかけてきました。


「何コソコソ言ってやがる。――ほう…… なかなかの美女が揃っているじゃないか」


(あたしのことを美女だってよ。あいつら見る目があるんじゃない?)

(お、おう……)


「おまえたち。金目の物とその魔動車を置いていってもらう。おっと、魔法師が二人いるようだがこちらには魔法師が四人いる。無駄な抵抗はしないことだ」


(先生、四人ですってよ。ちょっと分が悪くありませんこと?)

(大丈夫。感じる魔力だと初級か、魔力を抑えていたとしても精々中級Dクラスですよ。どうにでもなります)

(先生はAAクラスの魔法も使えますから頼もしいですね)


「おかしら、どうせなら女二人は魔法を封じて俺たちで頂きましょうや。残ったガキの女はいらねえですが」


「それもいかもしれないな。ふっふっふ」


(むっかー! あたしはガキだからいらないってか!?)

(お、おい! ビーチェよせ!)


 ビーチェは一人ズイッと前に出て、指を鳴らしたり腕を回していました。

 頭はそれほど悪くない子なんですけれど、基本的にノウキンですから困ったものです……

 見かねてルチアさんはビーチェの側へ駆け寄りました。


「ハハッ! このクソガキ武器も持たずに素手で俺たちをヤろうってのか? こんなバカ初めてみたわ!」


(ビーチェ! 勝手なことをしてはいけません!)

(ルチアが言ってたとおり、あいつら油断してるじゃん。むしろチャンスだよ)

(もう…… 仕方がないですわね…… 何か考えがあるんですの?)

(取り漏れがあるかも知れないから、先生とスタンバイしててよ。ジーノは言わなくてもあたしと連携してくれるはずだから)

(――わかりました。存分になさい)


「何だ? 作戦会議か? ギャハハーッ!! おまえたちやれ!」


 首領の号令で、ビーチェに近い二人が馬に乗ったまま彼女に斬りかかろうとする。

 ビーチェはニヤッと笑い、脚をバネにしてひょいと高く飛び上がりました。

 そして二人の頭を目掛けて手の平からオーラの波動を軽くぶち当てる。

 衝撃で盗賊は気絶し落馬すると同時に、ビーチェがくるっと空中回転してスタッと地上へ降り立つ。

 残った盗賊たちは何が起きたのかわからず、続いてジーノが駆け出し拳を繰り出して地上からオーラの連続衝撃波で盗賊たちを気絶させ、次々に落馬していきました。

 残りはあと三人。


「おい! あの女、宙に浮かんでるぞ!」


「ヤバい! 上級魔法師だぞ! 魔法封じが効かないはずだ!」


(本当は中級魔法師だけれど、はったりは大事よね。早い内に苦労して会得した甲斐があったわ。魔法封じの中でも初級レベルじゃ私に効きませんよ)


 メリッサ先生は魔法を使って空に浮かんでいます。

 この魔法はメリッサ先生が使える数少ない上級魔法なので、使えば上級魔法師に見間違えられやすい都合が良い魔法なんですね。


「むんっ」


 メリッサ先生は空から馬たちを見定め、眼力でにらむように魔法を発動する。

 それは犬猫以上の高等動物に言うことを聞かせる魔法。

 これで馬は盗賊たちの言うことを一切聞かなくなりました。


「うわっ 馬が! ギャァァァ!!」


 馬が暴れ、盗賊の残った三人はみんな落とされてしまいました。

 髭面首領以外の二人はビーチェがその場でぶん殴って気絶。

 メリッサ先生は地上に降り、四人でその首領を取り囲みました。


わたくしたちを襲うなんて、運が無かったですわね」


「た、助けてくれ!」


 首領は足腰が立たず、たじたじと後ずさりをしています。


「助けるわけないでしょ。今までずっと悪行を積み重ねてきたんでしょうから」


 ルチアは首領に手をかざすと、魔法で全身麻痺をさせバタッと気絶してしまいました。


「ああー、思っていたよりあっけなかったですわね。わたくしの活躍がこれだけなんて」


 ルチアさんはがっかり顔。

 意外に好戦的だったんですね。


「ビーチェもジーノもこんなに強いとは思いませんでした。さすがバル様の弟子ですね」


「いやあ、ははは」


「俺たちに掛かればこんなものだよ。フッフン」


 ビーチェは頭を掻いて照れ顔、ジーノはドヤ顔でふんぞり返っています。

 美人のメリッサ先生に格好良いところを見せられてジーノはご満悦。

 ルチアさんは他の十四人にも全身麻痺の魔法を掛け、当分目覚めないようにしました。


「さあジーノ。この先の街モンターレ(Montale)へ連れて行くから、こいつら全員を一人一頭ずつ馬の背に乗せなさい」


「えー、何で俺だけ?」


「こんな臭いやつらを女のわたくしたちに触らせる気?」


「――あ…… はい……」


 ルチアに言われ、ジーノはにおいに耐えながら渋々と盗賊たちを馬の背に乗せていきましたとさ。

 その様子を見てメリッサ先生は苦笑いをしています。


(ごめんねジーノ。実は魔法で人を浮かせることも出来るんだけれど、さっきの動物制御魔法をモンターレまで使い続けないといけないから魔力量が不安なの……)

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