第七話 ビーチェとスカート/夜の妖しいお店へ

 パウジーニ家にてバルがビーチェを吹っ飛ばした後は何事も無かったかのように、ビーチェたちは昼食後に講義の続きが行われました。

 バルたちはラ・カルボナーラへ帰り、ナリさんのまかない食を食べてからウルスラの新たな住居である地下室のために小物の買い出しと、パウジーニ家へ戻り地下室のお掃除。

 バルが珍しく見た目若い美女を連れているものだから、街の人からは「おまえの愛人か?」と冷やかされていました。

 地下室のお掃除はほこりを取る魔法があり、ものの数秒で終了。

 暗い地下室の灯りはウルスラが魔法の光球を数個作り、ベッドやデスクなどの家具は不要になっている物をパウジーニ家から譲ってもらいました。

 あとはメイドさんにベッドメイキングをしてもらい、その日のうちに住むことになりました。

 そして部屋が完成した様子を、パウジーニ伯爵夫妻が見に来ました。

 バルはトイレにでも行ってるのか、いませんね。


「おお! 地下室がこうまで見違えるとは思いませんでした! さすが上級魔法師のウルスラさんですな」


「まあ、本当ですわね……」


(へー あの人が伯爵夫人かあ。意地悪オバサンかと思ったけれど、そういう感じには見えなくて優しそう。でも化粧が濃いし凄いドリルカールね。お嬢様が言ってた通り、おっぱいデカッ!?)


「伯爵、このような良い部屋をご提供頂きありがとうございます。奥様、初めまして。ウルスラと申します」


 ウルスラは夫妻にお礼と挨拶を言いました。

 彼女はふと何かを思い出したようにテーブルを見ました。


(そうそう。ちょうど良かった。夫人にはあれをあげましょう)

「それで奥様へお近づきの印に、これをどうぞ」


 ウルスラはテーブルに置いていた白いソーマの小瓶を手に取り、夫人に手渡しました。


「あら、何かしら」


「これは私が作ったソーマの美容液なんです。毎日のお風呂上がりにお顔や手に馴染ませて使って下さい。私も毎日使っていますよ」


「まあ! ウルスラさんってお化粧をしていないのに肌がとても綺麗だと思ったら、そういうことなのね! 有り難く使わせて頂くわ!」


「どういたしまして。明日の朝起きたらきっとびっくりですよ。お気に召しましたら二本目以降は奥様にだけお安く譲りますので」


「そ、そうなの? 楽しみだわ。うふふ」


(チョロいもんだわ。年増の女性を取り入れるには化粧品が一番ね。強めの魔力を込めているから売るときは高価に設定しているけれど、材料はそこらの森で採れる草と店で買えるお茶用の麦だから原価は麦代だけ。金のなる木ね)


---


 その頃ビーチェは、今日の講義が終わりルチアに見送られて帰ろうとしてました。


「えー、ズボンがまだ乾かないんだあ」


「仕方ないですわ。次までそのブラウスとスカートは貸してあげますから、そのまま帰りなさい」


 メイドからまだ洗濯が仕上がっていないと聞いたビーチェは、不満顔でルチアと玄関ホールへ向かっていました。

 そこへ、ビーチェが口を利かないよ宣言したバルがトイレから戻るところに鉢合わせました。

 この話って都合良く鉢合わせますね。


「あっ」


「ぷんっ じゃあね、ルチア」


 ビーチェはバルを無視してスタスタと玄関から外へ出てしまいました。


「あー、今日だけってもあいつ本当に口を利かないのかな」


「バル様。がさつなあの子でも女として成長しているんですよ。意外なところでナイーブだからわたくしもびっくりしましたけれど…… 言葉にお気を付け下さいまし」


「あ ああ…… わかったよ、お嬢様」


「もう、ルチアってお呼び下さいませ。うふふ」


 と言いながらルチアさんは、またバルの腕にべったりとしがみついています。

 バルは本気にしていませんが世話になっているパウジーニ伯爵家なので無碍にも出来ず、その父親も止めようとしないので彼は困り果てています。

 年の差婚を狙っている様子は無いものの、バルはナリさんのことが好きなのにいまだ告白できないヘタレなのでこの先どうなることやら。


---


 バルのことで不機嫌なビーチェは、家へ帰るのにパウジーニ家の門へ向かっているところでした。


(うーん…… この格好で道を歩いていたら街の人にも笑われちゃうかもな…… ジーノが帰ってくる前にさっさと帰って着替えたい。よーしっ 屋根伝いでダッシュしようか!)


 ビーチェは門を出て、屋敷の外壁へ駆け上がり街道沿いの屋根が低い店舗を見つけたらそれを目掛けて飛び上がりました。

 あとは屋根伝いにぴょんぴょんと進むだけでものの数分もしないうちにラ・カルボナーラまで到着。


(やー、帰った帰った。早く着替えよーっと)

「お母さんただいまー!」


「おかえり」

「おう、おかえり」

「お姉ちゃんおかえり!」


「あ…… もう帰ってたんだ……」


 学校が早く終わったのか道草食わずに帰ったのか、ジーノとファビオ君はお店の中にいました。

 家族にはともかくジーノに笑われないか気が気でありません。


「まあ、どうしたのそのスカート?」

「――」

「お姉ちゃんすごーい!」


「ああ…… いや、はは。ちょっと服汚しちゃって、ルチアにちょっと借りたんだよ」


「可愛いしよく似合ってるわね」


「ありがとうお母さん!」


「ボクも似合ってると思うよ!」


「ファビオもありがとう。嬉しいなあ」


 家族に褒めてもらってビーチェは満足げな笑顔をしていますね。

 肝心のジーノはさっきから無言で彼女を見ています。どうしたんでしょう。


「バルったらこれ見てクスクス笑ったんだよ。アタマ来ちゃう」


「まあそうだったの。それは良くないわね……」


「――なに? ジーノも笑うの?」


「いや…… 何というか…… そのスカートがすごく似合ってて可愛いから…… 俺びっくりしちゃったよ」


 と、ジーノは頭を掻いて照れながら言いました。


「え? あっ……」


「あらあら。うふふ 良かったわねビーチェ」


 ジーノの思わぬ言葉にビーチェのほうが余計にびっくり。

 彼はビーチェ以外の女の子には慣れなくて、学校にいる女の子たちが可愛い格好をしていても遠くから見るだけでした。

 それが今日は身近なビーチェが周りの女の子よりさらに可愛い服を着ているので、嬉しかったんでしょうね。ふふふ


「そ、そうなのか。あははは…… あり…… あり…… ありが…… とう……」


 ビーチェもジーノも顔を赤くしてデレデレ。

 もうバルが笑った事なんてどうでも良くなってそうです。

 これで二人は急接近するのでしょうか。


---


 ラ・カルボナーラ開店後。


「バル! 二番テーブルステーキチャーハンセット二つねー!」


「あいよっ!」


 いつも通りのお店でした。

 バルは訳が分からず、隣で調理しているナリさんに話しかけていました。


「ビーチェのやつ、明日まで口を利かないって言ってたから仕事にならないかと思っていたのに、どうしたんだ?」


「さあどうしてでしょうね。うふふ」


 やっぱりバルが揶揄からかっていたことは忘れていました。

 ジーノが褒めてくれたことがよほど嬉しかったんでしょうね。


---


 こぼれ話。お店が閉店して片付けが終わり、そろそろ寝る時間のことでした。

 ビーチェが何かを聞こうとナリさんの部屋へ行ったら……


「ねえお母さん! あたしのズボンどこにあるか知らない? 明日履くやつ…… え?」


 ビーチェが見てしまったもの……

 姿見に向かって、なんとナリさんがブラウスとプリーツスカートを試着していました。

 ルチアさんがビーチェに貸してくれたあの服です!


「あの、お母さん?」


「あらビーチェ。サイズが心配だったけれどちょうどいわ。お母さんも着てみたくなって…… まだ捨てたものじゃないわね。うふふ」


「――」


 自分のお母さんが何も疑問に思わず着ているので、さすがにビーチェも固まってしまいました。

 ナリさんがいくら若く見えると言ったって、三十七歳が二十代後半に見えるかどうかですよ?

 十代後半の女の子が似合う服ですよ?

 もっともマニアにはウケそうですけれど、もしバルが見たらどう思うんでしょうね。

 相変わらずの天然ナリさんでした。


---


 もう一つこぼれ話。

 その晩、バルはコソコソ出掛けようとしています。

 なぜバルが一軒家の一人住まいなのか、その一つの理由がこれからわかります。


 アレッツォは田舎街ながらも、宿場町ですから見かけ以上に賑わっています。

 宿場町ですから当然アレですよアレ。

 昔の日本で言う遊郭ゆうかく(娼館)があるんです。

 バルは常日頃溜めているものを発散しようと、時々遊びに行っているんですよ。

 ナリさんという人がいながら…… まあ何も手を出せていないんですけれどね。

 いくら世界最強クラスの男でも、まったくこっちの方面はしょーもない男です。


 バルの家は、ジーノの家がある同じ裏通り。

 キョロキョロと人目に付かないかを確認し、持ち前の俊足で一目散に娼館へ向かいました。

 小さな街ながら三軒が街道の裏の裏通りに分散している娼館。

 その中の一軒である薔薇の館カーサ・デレ・ローゼ(casa delle rose)へバルはやって来ました。

 街の法律で客引きや女の子は表に出ず、中に入って女の子を選ぶようですよ。


(今日は誰にしようかなあ。むふふ)


「いらっしゃいませ。いつもありがとうございます」


 年輩のベテランボーイが出迎えます。

 接客は紳士的ですね。

 バルは常連なのでそわそわせず、ボーイの案内で真っ直ぐ受け付けへ向かいました。


「今日はどのコースにいたしましょう」


「うむ。ロングコースで頼む」


「それでは四万リラ頂きます」


 バルは淡々と、受け付けと会計を済ませました。

 田舎のせいか、ロングコースでもリーズナブルだそうですねえ。

 私はよく知りませんけれど。


「では奥へどうぞ」


 お店の奥の部屋には女の子が五人並んで座っていました。

 二十代の若くて胸が大きい子ばかりで、熟女好きの店ではありませんね。うぷぷ

 在籍の子はもっと多いのですが、お休みだったり接客中のようです。


「バルぅ!? 久しぶりー!」

「あーん、そろそろあたしを選んでえ!」

「今晩は私と熱い夜を過ごしましょうよ」

「私、最近入りましたミーナといいます! よろしくお願いしますぅ!」

「今日はバルの好きそうなランジェリーを着けてるの。見てくれるかな」


「うーん…… 今日はせっかくだからミーナちゃんといきたいところだが―― やっぱりビビアナちゃんかな」


「うれしい! じゃ、行きましょ!」


 バルは二番目に声を掛けてきた黒髪ショートヘアの子を選び、そのビビアナちゃんに腕を組まれてさらに奥にある小部屋へ連れて行かれました。

 私はおじさんに興味がありませんからこの間は放っておきますね。


---


 約二時間後。

 バルはビビアナちゃんに腕を組まれて戻ってきました。

 顔はデレデレ。うわーっ いやらしーっ

 どんだけ満足したんでしょうか。


「今日はありがとね。ちゅっ」


「ああ。楽しかったよ」


 ビビアナちゃんへ手を振ってお別れを済ませたところで、僅差きんさで同じように後から出てきた客がいるようです。

 ボーイの配慮で女の子と一緒の時は他の客とかち合わないようにしてるんですね。

 その客はずいぶんな大男で、彼にはミーナちゃんが腕を組んでいました。


「今日はありがとうございました。またよろしくお願いしますね。ちゅっ」


「うへへ。ミーナちゃん最高だったよ」


 まったく男って救いようが無いですね。

 ミーナちゃんが奥へ帰った後、受付前でその男とバルは目が合ってしまいました。


「あっ オヤジぃ!」

「むう? ああっ!?」


 なんと、先日ジャイアントボアを解体してもらった精肉店ペトルッチの主人でした。


「おまえさん、相変わらずやってんな。ガハハッ」


「オヤジこそ怖いかーちゃんがいるのによくここへ来られるな」


「かーちゃんは夜寝たら朝まで絶対に起きないからな。時々かーちゃん相手しても物足りないからここへ発散しに行くわけよ。若い子はいいよな! バンッ」


 と、ペトルッチの主人はバルの背中を叩きました。

 ある意味娼館ではペトルッチの主人の方が強者のようですね。

 絶倫オヤジめえっ


「で、オヤジは今日誰を選んだよ?」


「バカ言え。親しい仲でも相手にした嬢の名は教えないってのがマナーだ。もっともこの小さな街じゃ俺とおまえさんは間違いなく兄弟になってるがな。ガハハハッ」


「オヤジと兄弟と思うと萎えてきたな……」


 何言ってんだこいつら?

 それから、ペトルッチの主人は悠々と、バルはカサコソと帰って行きましたとさ。


---


 こぼれ話三つ目。

 翌朝、パウジーニ伯爵夫妻の寝室にて。

 伯爵と夫人のマリーカさんが目を覚ましたときのことでした。


「ふわぁ…… あなた、おはようございます……」


「――おはよう。……ん? んんん? おまえどうしたんだその顔は!?」


「どうしたんだって…… 何かしら?」


「すぐ鏡で見ろ!」


「――はい…… 何だか肌がペタペタ吸い付くよう……」


 妖しいネグリジェを着たマリーカさんは自分の顔を触って不思議に思い、ベッドから起き上がってHカップのお胸を揺らしながら鏡台へ向かいました。

 そして鏡で自分の顔を見るなり……


「ひーひゃっはーああああ!!??」


「お、おい……」


「なんですのこれえええ!!?? お肌が二十歳の時みたい? いえもっと? それに気になってたシミが全部消えてしまいましたわあ!!」


「あの美容液ってそんなに強力だったのか…… だがそういうソーマの美容液があったら国中どころか世界で噂になっているはずなのに、全く聞かない。何故だ?」


「あなた! ウルスラさんは絶対に手放してはいけませんよ! こんな物が出回ったら、ひと瓶で一千万…… いえ、一億でも世の女性が買い求めに押し寄せますわ!」


「それほどの物だったのか…… かえって危険かもしれないな」


---


 その頃、ウルスラがいる地下室にて。

 寝ている時はすっぽんぽんなので、起き上がったら白いローブを着ています。

 彼女も朝は鏡台に向かってまめに肌のお手入れ。

 小瓶からソーマの白い液体を手に取り、ペタペタと顔に馴染ませていました。


(あれ? これが普通の美容液のソーマだよね…… 昨日夫人に渡したソーマって……)


「あっ」


(あれは実験で作ったやつだった。魔力を込めすぎて効果が強力になりすぎたから失敗作だったのを捨てるの忘れてた。ま、いいか毒じゃないし。後で普通のと交換してもらおう)


 こぼれ話が長くなってしまいました。

 次回はビーチェたちが港町へお出かけします。

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