第四話 お色気賢者ウルスラ

 ビーチェとジーノがジャイアントボアを狩ってきた数日後、アレッツォの街道を一人の女性が手ぶらで歩いていました。

 グリーンにギラギラと光る長い髪の毛、上着の胸元は閉めているものの豊かとわかる胸、そしてミニスカから伸びるスラッとした美しい脚。

 明らかにガルバーニャ人とは見た目が違う人種のうえに、旅人らしからぬ容姿をしていました。


「ふーん。ヴァルデマールがいるっていう噂を聞いてこの街に来てみたけれど、思ってた以上に田舎ねえ。

 ちょっと聞いてみたいけれど、見えるのは旅人ばかりで地元の人間が見当たらない……」


 その女性はキョロキョロと人を探しながらそのまま街道を歩いて行きました。

 むしろ街行く人に見られているのはこの女性で、珍しい髪の色と、ミニスカなんてこの街では娼婦しょうふぐらいしか履かないのですから。


(あっ あそこにいるお兄さんが地元の人っぽいわね。聞いてみるか……)


 彼女が見つけたのは、酒屋の前で馬車の荷台に酒樽を積んでいる若い男でした。


「えーいよっこらせと」


「ねえそこのお兄さん。ちょっと聞きたいことがあるんだけれど」


「わっ びっくりした! あの…… 何かな?」

(何? 外国人のねーちゃんが急に声を掛けてきたけれど、すっげえ美人だな。何そのミニスカ…… うわわわ)


「この街にヴァルデマールって男がいると思うんだけれど、知らない? 外国から来ててもう四十半しじゅうなかばになってるはず」


「ヴァルデマール…… 知らないなあ……」


「ヴァルとも呼んでるんだけど」


「ヴァル? うーん…… もしかしてバルのことかい? 外国訛りだからよくわからなかった」


「いるの!? 彼はどこ?」


「ああ、ウチが酒を卸しているところでね。ラ・カルボナーラという店がこの街道を進んだ先にあるんだ。そこで働いているよ」


「そう、わかったわ。ありがと。ふふ」


 彼女は酒屋の男の頬を軽く触ってから別れました。

 白くて長い指の、美しい手でスルッと。

 そうしたら彼の顔はもうだらしないほどデレデレに。

 たぶん女慣れしてなさそうだから、外国人の美女にそうされたら無理もないでしょうね。


(へぇー、ヴァルってこの街に住んでるんだ。あれから二十五年も経ったんだね)


 謎の美女。実はかつてバルと一緒に戦っていた勇者一行の一人で、長寿命少数民族ロッカ族の女性。名をウルスラといい、世界最強クラスの賢者なんです。

 理由はわかりませんが、二十五年ぶりに会うバルを訪ねてアレッツォへ来たのでした。


---


 その頃のラ・カルボナーラ。

 バルたち三人は森へ修行しに、ファビオ君は学校へ行っており、ナリさん一人で仕込み作業をしていました。

 そこへウルスラが訪ねてきました。


「こんにちは」


「いらっしゃいませ。ごめんなさい、まだお店は開けてないんですけれど」


 ナリさんもウルスラの容姿にびっくりしていました。

 外国人というだけでなく、モデルのように背が高く、抜群のプロポーションの女性が普段このお店に来ることはまず無いですからね。


「ああ、客じゃないんだ。この店にヴァル……、いやバルという男が働いていると聞いてね。訪ねてきたんだよ」


「バルならうちの子たちと森へ修行しに行ってますけれど……」


「へえ、そうなんだ。すぐ帰ってくるの?」


「ええ…… いつもならあと一時間くらいしたら帰って来ます」


「じゃあそれまでここで待たせてもらえる?」


「バルのお知り合いということなら、構いませんよ」


「んじゃ、遠慮無く。私、ウルスラっていうの。よろしくねお姉さん」


 そう言って、ウルスラは窓際の空いている席へ長い脚を組んで座りました。

 角度によってはぱんつが見えそうですが、気にする様子はありません。


(バルの知り合いが訪ねてくるなんて初めてだけれど、あの人って昔のことを全然話してくれないのよね。

 それにしてもウルスラさんって若いのに、とても貫禄があるわね……)


「ねえねえお姉さん! 名前なんて言うの?」


 数分ほど店内はナリさんが調理をする音だけ響いていましたが、ウルスラは突然尋ねてきました。


「アンナリーザと言いますが…… 皆にはナリって呼ばれています」


「ナリさん! もしかしてバルの奥さん!?」


「えっ? えっ? ち、違いますううう! バルはお店で調理を手伝ってもらったり、子供たちの面倒を見てもらっているだけですう!」


「そうだったんだあ。でもその顔見たらバルのこと好きそうだよね」


「ううう……」


 ナリさん、慌てふためいて応えてましたが図星みたいですね。顔が真っ赤です。

 五年間、両人とも未だに告白をしていないのは何故なのか知りませんが、こんな純粋なお母さんというのも珍しいですよね。


「それじゃあ旦那さんは?」


「いません。夫は十年前、野盗に殺されてしまいました……」


「そっか…… 悪いこと聞いたね」


「いえ…… それから五年間は大変だったんですが、バルが来てくれてからは子供たちが彼に懐いて、お店も手伝ってくれて売り上げがずっと上がりました。感謝してもしきれません」


「そんなことになってたんだね。へえ、あのバルがねえ……」


 それから二人は無言で、ナリさんは一生懸命仕込みを続け、ウルスラはテーブルに頬杖をついて、昔のことをしみじみと思い出していたのでした。


---


 ウルスラがお店に来てから一時間余り経ちました。

 バルは修行を終えたビーチェとジーノを連れて街道を歩き、間もなくお店に着こうとしている時です。


「ハハハ。やっぱり川で水浴びしたほうがいいなジーノ。全然臭くないぞ」


「ビーチェったらあれからずーっと離れた場所で水浴びしてんだよな。――って、どうしたのバル? 難しい顔をしてるけれど」


「ああ、僅かに嫌なオーラを感じてな。いや、敵じゃないんだが」


「ふーん」


(あのオーラと魔力…… 強大だがグッと抑えているのがわかる…… まさかあいつが? いやそんはなずはない。二十五年も経ってヴィルヘルミナ帝国から遙かに離れたこんな田舎に来るわけがないぞ)


 そう思っているうちに、ラ・カルボナーラの前に到着してしまいました。

 ビーチェとジーノが先に入り、バルは店先で躊躇ちゅうちょしています。


「お母さんただいまー! あれ? もうお客さん? 店開けてんの?」


「ううん、バルのお客さんが遠くから訪ねてきてるの。バルはどうしたの?」


「ああっ なんか外で突っ立ってるよ。おーいバルぅ! お客さんだってよ!」


 ビーチェがバルを強引に後押しすると、バルは渋々店内に入りました。

 バルはすぐに、座って待っているウルスラを見つけました。


「――やっぱりウルスラだったか……」


「ええー うーん…… バルなの?」


「そうだよっ」


 ウスルラはバルの姿を見て少し考える表情をしてました。

 二十五年ぶりの再会ですからね。


「あ ああ あああ…… うひゃひゃひゃひゃ! ふ、老けてるううう!!」


「久しぶりに会ったのに人を見て大笑いとは、随分失礼なやつだな!!」


「だってだってだってえ! あんなに可愛かったのに、超おっさんになってんじゃん! いーっひっひっひ!」


「ぬっ くく……」


 ウルスラは椅子に座りながら、久しぶりに見たバルの老けっぷりに腹を抱えて大笑いしていたので、彼は青筋を立ててました。。

 笑いながら脚もぴろげているので黒いぱんつが丸見え。

 ジーノはそんなところをガン見していました。

 よく見えないけれどあれ絶対Tバックですよ。

 若い男の子には目の毒ですね。


(わっ あの緑色の髪のお姉さん、すっげーぱんつ履いてんな。あれが噂に聞く大人のぱんつってやつなのか。ビーチェが履いてる姿なんて想像出来ないぞ)


「ねえバル。このお姉さん誰なの? 外国の人?」


「そいつの名はウルスラ。このガルバーニャ国の遙か北にあるカーマネン国出身でな。長寿命のロッカ族だ。そんな姿でも七百歳超えのスーパー婆さんなんだぞ」


 ビーチェが尋ね、バルが超おっさんと言われたお返しにそう答えました。

 そんなこと言われたら私もスーパー婆さんじゃないの!


「はーい、ウルスラだよ。スーパー婆さんだなんてひどーい」


 そのスーパー婆さんは、ぶりっこ口調で自分の名をビーチェたちに紹介しましたた。

 彼女の怒ってないその様子は、昔バルとよくしてた口げんかのこともあって、軽くあしらっているだけのようです。


「ひえー! すっげえ」


「二十歳ぐらいにしか見えないよ」


「うふふ、二十歳みたいだなんてその子ってい子ねえ」


 ウルスラはジーノの言葉に気を良くしたのか、スクッと立ち上がるなりジーノをギューッと抱きしめました。

 彼女は高身長なので抱きしめやすく、ジーノの顔はウルスラの豊かな胸に挟まれてしまいました。

 これは伝説の◯ふぱ◯ではありませんか!


「おうっふ ふがふがっ」

(な、何!? おっぱいってこんなに柔らかかったの!? それに香水つけてんのか滅茶苦茶良い匂いがする…… はふ…… 幸せおっぱい……)


「んんんー! スゥハァー… 若い男の子の香りっていいねえ」


「あああっ!?」


 ウルスラ、ジーノの体臭を嗅いで…… ちょっと変態ですね。

 わ、私もそういうの嫌いじゃないんですけれど。ゲフゲフン

 そしてビーチェはウルスラに抱かれているジーノを見て怒り心頭に発す。

 ビーチェはウルスラの元へ駆け寄り、ジーノを彼女から奪い取るように、後ろから抱きかかえました。


(おおお! 背中に当たってるこここれは…… ビーチェのおっぱい!! いつも見てたこいつのおっぱいも、こんなに柔らかかったんだ…… ナリさんといい、近頃はおっぱいに縁があるなあ…… へへへ)


「こいつはあたしのだ!」


「へえー? その子、あなたの恋人?」


「あああいいいちちち違う! こいつは…… そう! ペットだ!!」


(ええ…… 俺ビーチェのペットだったの!?)


「そうなんだあ、うっふっふっふ。ペットなら尚更ギュッと抱きしめてあげないとねえ」


「ああああにゃにゃにゃにゃにを……」


 ビーチェは誤魔化そうと思わずペットと言ってしまいましたが、ウルスラの返し方は流石に年の功なんでしょうかね。

 ビーチェは余計に顔真っ赤になってしまいました。

 ナリさんは苦笑いしながらこちらを見て調理しています。


「おいおい、ウルスラ。大人なんだから揶揄からかってやるなよ。こいつらはビーチェとジーノと言ってな、俺の教え子だ。結構強いぞ」


「バル、あたしこいつ嫌い」


「あらー、バルの大事な教え子ちゃんに嫌われちゃったあ」


「はあ…… で、どうして今になってここへ来たんだ?」


「たまたまこの国まで旅をしててね。王都にある酒場でさあ、たまたまあなたの噂話を聞いちゃったわけよ。それでたまたま街道を進んでいたらこの街に着いちゃって、たまたま見かけた酒屋のお兄さんに聞いたらビンゴってことなの」


「ああそう…… たまたまね。俺って王都にまで噂されていたのかよ……」


 本当に偶然なのかわかりませんが、この田舎の街に世界最強クラスの人物が二人も集まっちゃったということです。

 何か波乱の匂いがしますが、バルが住み始めてからは、森には大型の魔物が、畑や街には小さな魔物が時々出るくらいだったので、せっせとバルや自警団が退治していましたからとても平和だったんですよ。


「ただいまあ! あれ? みんな何してるの? あっ 初めて見るお姉さんだ。こんにちは! ニコッ」


「は…… ははは…… ばふうっ こ、こんにちは……」


 ウルスラは、帰宅したファビオ君の天然スマイルを見るなり、鼻血が出て卒倒してしまいました。

 婦女子キラーファビオ君の笑顔に掛かれば、世界最強クラスの賢者でも歯が立たないんですね。

 ショタ好みの気があるんでしょうか。


「バルぅ! ここここんな可愛い男の子、誰なの!? ねえ!」


「ナリさんの息子、ビーチェの弟のファビオだ。いいか? 手え出すなよ。出したらぶっ飛ばすからな」


「わかったわよ…… 見るだけ…… いや、握手だけ許して…… 私、ウルスラっていうの。よろしくねファビオ君」


 ウルスラはゆっくり手を差し出し、ファビオ君と無事に握手が出来たのでした。

 バルとビーチェに警戒されながら――

 バルがぶっ飛ばすと言える彼らの仲というのもすごいですが……


(可愛いお手々…… 今日は手を洗うのやめよ)


「よろしく、ウルスラさん ニコッ」


「よ、よろしく…… ばふうっ…… ――ねえバル。私、決めたわ」


「何を決めたんだよ」


「私、この街に住むことにしたわ!」


「「「「ええええーーーっっ!!??」」」」


 ウルスラはファビオ君の笑顔にすっかり魅了されてしまい、その衝動でアレッツォの街に住むことを決めてしまいました。

 当のファビオ君だけは何故そんなことになっているのかわからず、ただ笑顔を振り撒くだけでした。


「あのう、楽しいところ悪いけれど、そろそろ開店準備をするからよろしくね」


「「はーい」」


 ナリさんがそう言うと、ビーチェとファビオ君は着替えにさっさと上に上がり、ジーノは帰宅しました。

 彼は自分の服についたウルスラの残り香をクンクン嗅ぎながら。

 バルとウルスラはまだ店内に残っています。


「ねえねえバル。どこに住んでんの? 泊めてよ、ねえ」


「俺んちはベッドが一つしか無いからダメだ」


 そうそう。バルのお家はこの街の領主からタダで貸してもらっている小さな一軒家なんです。

 なぜタダなのかは話が進みますとわかると思いますが、このお店がある街道沿いには裏通りがあって、店の真裏にあるジーノの家の隣の家にバルが住んでいるんですよ。都合が良いですね。


「にゅふふふ…… ベッド一つで一緒に寝ても良いんだよ」


「ダ・メ・だ! 誤解されてしまうことを言うな」


 ナリさんは素知らぬ顔で調理をしてますが、聞き耳を立てているようで気になって仕方が無いようです。可愛いですね。


「取りあえず何日かはそこらの宿に泊まっておけ。それから家探しと住民登録を手伝ってやるから」


「はーい、ありがと。ふふ」


 斯くして、大賢者ウルスラ・ユーティライネンは数日後にアレッツォの住民になったのでした。

 で、その数日の間に……


---


「キャーッハッハッハ! バルどうしたの? あんたが作ったチャーハンって料理がすっごい美味いんだけど!」


「ちょっと黙って食え! 脚閉じろ! 酔っ払いめ!」


 ウルスラは次々とパスタやチャーハンを頼んで食し、酒を浴びるほど飲んでいました。

 ミニスカからパンチラしまくりなのに、周りの男性客はドン引きしているようです。

 そんなウルスラをバルは何度もいましめてました。

 当然ビーチェは彼女をさげすむ目で見ていましたが、お金は毎日きちんと払ってくれるし、バルが対応してくれているのでその場は何も起こりませんでした。

 ただ、お酒は三杯までとバルに制限させられてしまいました。

 この先、ハチャメチャな話が始まりそうですね。

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