第五話 パウジーニ伯爵
今日はジーノとファビオ君が学校へ、ビーチェは領主のパウジーニ伯爵家へ勉強しに行っているので、修行はおやすみ。
バルはラ・カルボナーラでナリさんと仲良く仕込み作業をしたいところですが、この日はウルスラを連れて領主事務所へ登録と、家探しに付き合うことになりました。
領主事務所はパウジーニ伯爵家の隣にあり、ウルスラは滞りなく登録を終了。
住所は決まっていないがすでに住人になっているバルが保証人になり、カーマネン国籍の証明書を持っていたからです。
ついでに上級魔法師と上級薬剤師の登録もしました。
これらはヴィルヘルミナ帝国の資格証を持っていたので、すんなりと。
事務所の受付係には大層驚かれましたが……
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領主事務所の事務室には、パウジーニ伯爵が定期的な事務点検のために来ていました。
その時、ウルスラを受け付けていた係は勤続三年目の職員フェリチータさんっていうんですけれど、彼女が伯爵のデスクまで慌ててやって来ました。
「は、伯爵ぅぅ!」
「何だねフェリチータ。騒々しいぞ」
「かなり変わった外国人の方が住民登録をしに来られたんですぅ!」
フェリチータさんはそう言って、バインダーに挟まれた用紙をパウジーニ伯爵に見せました。
「ほう、どれ――」
伯爵は難しい顔をしながらジーッと用紙に書かれていることを読んでいます。
(ウルスラ・ユーティライネンか―― うーむ、名前はどこかで見たような聞いたような。確かにうちの国では見慣れない名前だが、ほう…… 国籍:カーマネン国か。珍しい)
「はあ!?」
「伯爵、どうされたんですか?」
「この現在年齢:七百四十六歳ってのは何だ!? ふざけているのか? ちゃんとチェックしろ!」
「そうおっしゃられましても、ご本人が間違いないと言うので…… ううう……」
フェリチータさん、伯爵に怒鳴られて半べそかいてますが、ロッカ族の年齢なので本当なんですよね。
(はあ…… 他に書いてあることはなんだ? 住所が空欄…… まだ住居が決まっていないのか? ということは領地内に住んでいる保証人がいないと登録出来ないから、一体誰だ?)
「ぐはぁぁぁっ!?」
「どどどどうされたんですか!?」
(保証人:ヴァルデマール・リンデグレーン! 勇者さまあ!? ということは……)
バルの希望で勇者である事を隠して生活をしているので、正体を知っているのはこの街で伯爵だけなんです。
「ぐふぅぅぅぅ!!!!」
「伯爵うぅぅぅ!?」
(ヴィルヘルミナ帝国の上級魔法師SSSSSSSSSSクラス、同じく上級薬剤師SSSSSSSSクラス!! なんてこったあ!! そういえばあのウルスラ・ユーティライネンというお名前、大賢者様じゃないかあああ!!)
伯爵、バルの名前を見つけたことに続いて用紙に書いてあるウルスラの資格を見て衝撃を受けていました。
冗談みたいなクラスですが、Sが八個でオクタプルS、十個でディカプルSと読むんですよ。
世界で何十年に一人いるかいないかの上級魔法師や薬剤師でもSSS(トリプルS)が上限ですから、ウルスラが常識を遙かに超越しているのかわかるでしょう。
「おいっ!! フェリチータぁぁ!!」
「はぃぃぃぃぃぃ!?」
「この用紙の内容は、他の者には知られてないだろうな!?」
「私が受け付けて、いま直接伯爵へお渡ししましたあ!」
「よろしい! 何が何でも絶対に口外しないようにな! で、二人はどうした?」
「今し方、出て行かれました!」
「すぐ追いかけて連れ戻せええ!! 屋敷へご案内するんだああ!!」
「はぃぃぃぃぃぃ!!」
テンポ良く事が進み、フェリチータさんは右手を挙げて威勢良く返事。
彼女は事務所を飛び出してバルたちを追いかけて行きました。
伯爵とフェリチータさん、案外良いコンビかも知れませんね。
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次は家探しをしようと、ブローカーがいる街唯一の小さな店へ向かって街道を歩いていたバルとウルスラ。
そこへ後ろから二人を呼ぶ女性の声が聞こえてました。
「バルさまぁぁぁぁ!! ウルスラさまぁぁぁぁ!! お待ち下さぁぁぁい!!」
「ん? 俺たちを呼んでいる……」
振り向くと、さっき受け付けをしていたフェリチータさんが、運動神経が鈍そうな走り方をして一生懸命追いかけていました。
「バルさまぁぁ!! あっっ!?」 バタッ
「なにやってんだあの子は?」
お約束のように、彼女は盛大に転んでしまいました。
その姿を見ていたたまれなくなったのか、二人はすぐに彼女の元へ走って向かいました。
「ううう…… 痛たたたた…… ああっ!? 眼鏡が割れちゃったあ!! うわーん!」
フェリチータさんが起き上がると、転んだ拍子に眼鏡を落として割れたことに気づいて大泣きしてしまいました。
怪我をして物まで壊れたりすると、自分自身がとても不幸に感じますよね。
「おい大丈夫…… には見えないな」
「あらあら、怪我をしちゃって…… 手と膝を擦りむいてる。女の子は綺麗な肌でいたいよね」
ウルスラがしゃがんで自分の手をフェリチータさんの患部に当てると、瞬間的に治って細かい傷まで消えたどころか、膝周りにあった子供の時の小さな古傷まで治ってしまいました。
「えっ ええ!? こんなに早く治るんですか!?」
中級の回復魔法だと擦り傷でも完治まで数分かかることがあるので無理もありませんね。
「あと眼鏡も直さないとね」
ウルスラがフェリチータさんの壊れた眼鏡を手に取り、魔力を込めました。
するとひびが入ったレンズと、地面に落ちている欠けたレンズが合わさり、完全に元通りになってしまいました。
分子レベルで結合させるので綺麗に元通りになるわけですが、処理が重く大量の魔力消費があるので誰も彼もが出来ない意外な超上級魔法です。
ウルスラであれば何のことはありません。
「め、眼鏡が…… ええ!?」
フェリチータさんは目の前で起きたことに理解が追いつかず、目をぱちくりさせていました。
「こういうことはあんまりしないから、内緒にしててね。絶対に」
ウルスラはそう言いながら、眼鏡をフェリチータさんに渡しました。
「はいっ はいっ はいっ なんとお礼を申し上げたら良いやら! ありがとうございます!」
彼女はコクコクと
あんまり四方八方で超上級魔法を使ってしまうと人がドッと集まってくるので、念を押して口止めしてもらってるんです。
それに今日はウルスラの機嫌も良いんでしょうね。ファビオ君の可愛さのお陰でしょうか。
「それで何で俺たちを追いかけてきたんだ?」
「あのっ 伯爵がお呼びなんです。至急お屋敷の方へお越し下さい!」
「ええー? 伯爵かあ。面倒くせえなあ」
「そこを何とかお願いします! また怒られちゃいますぅ!」
フェリチータさんは何度もペコペコと頭を下げてお願いをしています。
その様子を、街道を行き交う人々がジロジロと見ているのをバルは気になって――
「ああもうわかったから。まあ伯爵には世話になってるから行かないわけにはいかんよな」
「ありがとうございます! ありがとうございます!」
彼女はまたペコペコと頭を下げ、来た道を先導してバルたちを案内しました。
ほうほう。フェリチータさんの後ろ姿、なかなか良いお尻をしてるじゃないの。
バルは興味が無いのか、ウルスラと何か話しているようですよ。
「ねえバル。伯爵ってなんなの? あなた何かした?」
「何もしてねーよ。五年前にこの街へ来た時から、ちょいと世話になってるんだよ。魔物や盗賊の退治で毎月金貰ってるし、家もタダで貸してくれてるしな」
「ええ!? ずるーい!」
という話をしているうちに、パウジーニ伯爵家の屋敷に着いてしまいました。
玄関ホールへ入ると、若いメイドさんが数人とパウジーニ伯爵がお出迎え。
「「「「「いらっしゃいませ、バル様、ウルスラ様」」」」」
(え? バル…… 何これ?)
(ああ、気にするな)
「ようこそ。ささっ こちらへ。フェリチータ、ご苦労だった。仕事へ戻ってくれたまえ」
「あ…… はい」
(ええ? 伯爵が頭を下げてるなんて…… このお二人、どういう方たちなのしかしら。もっと偉い侯爵様? ううん…… そんな感じには見えないけれど……)
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フェリチータさんはいつもの伯爵と様子が違うので疑念を持ちながらも、用が済んだと言うことで事務所へ帰って行きました。
二人は応接室へ案内されソファーに掛けると、年増のメイドさんがお茶を出した後に伯爵は人払いをさせました。
「急にお呼びだてしてしまい申し訳ありません。バル様、ウルスラ様」
「それは良いけれど…… 様はいらん。『さん』でいい」
「はは、承知しました」
伯爵はこの街でバルの正体を知っている唯一の人なので、こんなに腰が低いんですね。
「それでバルさん。ウルスラさんはお仲間の大賢者様でお間違えございませんか?」
「それが聞きたかったのか。ああそうだよ。ロッカ族のウルスラ・ユーティライネンだ」
「よろしく、伯爵さま。ふふ」
「やはり…… そうでございましたか! ロッカ族とはどんな…… あっ!?」
「お察しのようね。私これでも七百歳を超えてるの」
「そうだったんですか! 昔、何かの本で読んだ覚えがありましたので……」
(ああ…… あの年齢は本当だったんだ。フェリチータに怒鳴ってしまって申し訳ないことをしたな。後で謝っておこう)
ウルスラはここでも脚を組んでドカッと座っており、悩ましい美脚をさらけ出しています。
対面に座っている伯爵の視線はチラチラそちらに向いていますが、ウルスラはそれを意に介していません。
年長者の余裕なのか、伯爵に媚びさせるためわざとやっているのか、はてさて。
「ウルスラさんは、この度どのような目的でこの街にお住まいになるのですか?」
「えー、うーんと。この国の王都でバルがこの街にいるっていう噂を聞いて、見つかったからしばらく
(とってもキュートなファビオ君を見つけたからって言えないじゃーん。あと数年してイケメン君になったらあわよくば……)
ウルスラ、とても
「そういうことでしたか」
「そんなつまらない話より、今日は私の家探しをしたいから早く終わらせてくれないかしら?」
「ほうほう。どのような物件をお探しですか?」
「ソーマを作ってそこらの街や王都にも売りに行きたいから、ソーマを作ったり保管するために地下室がある家がいいなあ。住居は小さくてもいいけどさ」
「おいおい。この田舎にそんな広い地下室がある借家なんて無いぞ。農家や
確かにバルの言うとおりですよね。
しかし伯爵はそれを聞いてピクッとし、すぐに応えました。
「地下室!? ウルスラさん、もしよろしければ当家の空いた地下室をご利用になりませんか? 広いですから住居部屋としても十分使えます。食事を付けて、お風呂もご自由にお入り頂けますよ」
「本当!? でも家賃お高いんでしょ?」
「いえいえ、無料で構いません! ですがソーマについてお願いが……」
「へえ、それは何なの?」
「実はその…… 当家で小さな薬剤店を経営しておりまして、この領地内ではソーマを作れる薬剤師がおりませんので一般の薬を売るか他の街から高いソーマを仕入れて売るしかないんです。それで、ウルスラさんのソーマを安く仕入れられないかと……」
「うーん……」
「ああそういえばこの街にいなかったよな。だから足下見られて他の領地の薬剤師が相場よりくっそ高いソーマを売りつけているんだよ。ソーマは使用期限が短いからもっと遠くの安いところを探せても、買い占めが出来ないしな」
「領民のためにもどうか、よろしくお願いします!」
伯爵はウルスラに向かって深々と頭を下げました。
バルが言うようにパウジーニ伯爵領の領民は高価なソーマを買わざるを得ないので、とても負担になっているんですね。
私腹を肥やしたい訳で無く、領民のためならと言う気持ちであればと伯爵の誠実さをバルとウルスラは感じました。
(可愛いファビオ君がいる街なら、街が元気だったほうが良いよね)
「いいわ。その条件で受けることにする」
「ありがとうございます! ありがとうございます! ありがとうございます!」
伯爵は座りながらその場で何度もペコペコと頭を下げていました。
その何度か頭を上げた瞬間に、ウルスラのパンチラを見ていたんですけれどね。
本当に、男ってどうしようもないです。
「でも食事はいらないわ。貴族のカタッ苦しい食事は苦手なの。外で食べるから」
(それは建前で、夕食をここで食べたらファビオ君に会えないじゃない! 夕食は絶対ラ・カルボナーラで食べることにするわ!)
「はあ、そうですか。ではそのように……」
そういうわけで、ウルスラはパウジーニ伯爵家の地下室へ住むことが決まり、街の薬剤店へ自作のソーマを卸すことになりました。
でも決まったばかりでパウジーニ伯爵家のご家族にはこれから承認してもらえるかどうか。どうなっちゃうのかしら。
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